伸長

                      by千代子さん

 この日、サイボーグ・ウルヒはしばらくぶりにカルケミシュのナキアの宮へ戻ってきた。
 それというのも死神博士の研究所へメンテナンスのための定期検診にしばらく行っていたからで、ウルヒは土産もののmサ屋のカステラをナキアに差し出しながら、
「この度はわたくし、以前とは比べ物にならないほどの機能をつけました」
と心持ち胸を張った。
「ほう、して、その機能とはどのようなものかえ」
 ナキアはカステラの包みを引き裂きながら、ウルヒにはあまり関心なさそうだった。
「はい、では早速お目に…」
「おばーちゃま!!」
 ウルヒがその新機能を見せようと服に手をかけたとき、ぱたぱたと小さな足音がして金色の毬のようなものがナキアの膝にしがみついた。
「おお、来ておったのか。母さまには内緒じゃろうな」
「うん! おばーちゃまのところには行かないよって言って出てきたの!」
「よしよし、いい子じゃのう。しかしウルヒよ、おばあちゃまではないぞ、ナキアさまじゃ」
「はあい」
 肩まで伸びたふわふわの金髪の少年は、話からすればナキアの孫であるらしく、サイボーグ・ウルヒにとっては初対面であった。
「あ! ナキアさまいいもの持ってるね。ボクにもちょうだい!!」
 ちいさなウルヒはナキアの膝の上のカステラに気づいて手を伸ばしたが、すぐに、
「だめじゃ、これはわたくしのものじゃ」
と大人気なくちびウルヒの手の届かない高さまで持ち上げてしまった。
「えー、ケチ! だったらボクもナキアさまに日光甚五郎煎餅持ってきたけど、あーげない!」
「なに!? 甚五郎煎餅!? おまえいいもの持ってるのう、一枚およこし」
「うん、母上さまが『おばあちゃまのところに行くんだったら多めに持っていきなさい』って言うからたくさん持ってきたの。でないと食べられちゃうからって」
「あの嫁め……」
 ナキアはアレキサンドラの不敵な笑い顔を思い浮かべた。きっとちびウルヒがこちらへ来ることを見澄ましていたのだろう。
「よし、ならば分けっこしよう。おまえが5枚よこしたらわたくしは一切れやる」
「それってコウヘイなの? ナキアさま」
「カステラのほうが分厚いからな」
「あのー…ナキアさま…」
「…なんじゃ、ウルヒ、おまえはまだ居たのか」
 すっかりその存在を孫によって掻き消されていたサイボーグ・ウルヒは、低頭して、
「わたくしめの新機能はご覧に入れなくてよろしいので?」
と伺ってみた。
「それはまたあとでじゃ。いまはこのちびウルヒとお八つを食べねばならぬ」
 言い捨てるとナキアは孫と一緒に部屋を出て行ってしまった。
 ナキアさまもお祖母君ともなられるとやはり変わられると思い、ウルヒは少し寂しかった。
 そんなウルヒの肩をそっと叩いたのは、ナキアの侍女であった。
「じつはわたくし、楽しみにしておりましたのよ」
 侍女は興奮気味にウルヒを見つめた。その目は妙に血走っている。
「ザナンザ殿下はコンポスト機能をつけられたとか。わたくし、ウルヒさまにもその昨日があればどれほど台所が楽になるかって思って」
 これですっかりごみの問題は解決したわ、とその目にあふれている環境にやさしい侍女は、いますぐにでもウルヒにものを食べさせようという気力に満ちていた。
「いいえ、侍女どの。わたくしが着けたのはそのような機能ではなくて…」
「あら、違いますの?」
 あからさまに肩を落とした侍女だったが、すぐに立ち直って、
「なら、太陽発電で電気が作れるお体になったとか?」
と聞き返すと、ウルヒは神妙だった。
「いいえ、このたびのわたくしの新機能は……」


「ずるいよ、ナキアさまあ。これじゃボクが損してるじゃないの」
 ちびウルヒは唇を尖らせて抗議してみたが、そこは百戦錬磨のナキアにかかっては、その人生の半分にも満たぬ子供のことで、
「そう見えるのはおまえの目が肥えておらぬからじゃ。もうちっと大きくなれば判るからのう」
と言われれば引きさがらずを得なかった。
 たしかにカステラ一切れを煎餅五枚と交換しようと言うのだから、大人のすることではないのだけれど。
「もういいや、ボク、お庭で遊んでくるからね!」
 口いっぱいにカステラを頬張ったちびウルヒは、言うが早いか裸足のまま駆け出して行った。
 ナキアは「猫の額」という中庭だが、そんなことはなく、それだけに子供にとってはなかなかに広い。
 ちびウルヒは池の魚を眺めたり、スグリの実を舐めたりしながらふと足を止めた。
 見れば大きな木の下で、ナキアの侍女と先ほど広間にいた長い金髪の男とがなにかこそこそと話をしている。
「ヒネモス!」
 ちびウルヒは侍女の名前を呼んで近づき、
「なにしてるの?」
と二人の顔を同時に覗き込んだ。
「まあ、ちびウルヒさま、ちょうどよいところへおこしあそばしました。いまからこのウルヒさまの新機能を見せていただくのですよ」
「ウルヒ?」
 不思議そうにちびウルヒは金髪の男を見上げた。
「さあ、ウルヒさま! ちびウルヒさまのおん前でございますよ、はりきってえ〜〜〜!!」
 侍女はどこから出したのか両手に旗を持ってふりはじめた。
「では…」
 少し照れながら服を脱いで、ウルヒは叫んだ。
「ちちげストーム!!」
 その瞬間、ウルヒの胸から金色の糸のようなものが飛びだしたかと思うと、木のてっぺんあたりまで舞い上がった。
「ウルヒさま…そ、それは…」
「はい、わたくしの新機能はこのように……」
 ウルヒは次に両手を高く上げて、
「わきげボンバー!!」
 そう叫ぶと両脇から勢いよくうねったものが飛び出し、ちびウルヒと侍女の目の前を掠めていった。
「…このように、自分の身体の毛を自由自在に操れることなのです!」
 さらにウルヒは続けて叫んだ。
「すねげトルネード!!」
 いまやすっかり毛糸だま並みに毛むくじゃらと化したウルヒは、ちびウルヒに向かって自身満々に、
「それでは最後にとっておきの秘儀をお見せいたしましょう」
とにやりとした。
「秘儀! サンダーマウンテン!!」
 叫ぶなりウルヒは、かつて皇帝陛下のおん前で曝した姿そのままに宙に舞い上がった。
「どうですか!? こうすると空も飛べるんですよ!!」
 ふらふらならぬ、ふわふわしたウルヒは宙でいろいろなポーズを取って見せた。
 が、しかし、観客の目の付け所は別にあったらしい。
「…ウルヒさま、相変わらずお小さい……」
 思わずぼそりと呟いた侍女の言葉を聞き逃さず、ちびウルヒはやや興奮気味に、
「ねぇヒネモス、ウルヒって女なの!?」
と侍女の袖を掴んだ。
「なにごとじゃ、これは」
「ナキアさま!」
「ちびウルヒがどこに行ったのかと思って様子を見に来てみれば…なんじゃ、あれはウルヒか?」
 煎餅の袋を抱えたまま、毛むくじゃらで宙に浮いたウルヒを見上げたナキアは、ふと気がついた。
「ウルヒよ、そんな機能よりも先に付けてもらうものがあるじゃろう」
 煎餅をバリバリ言わせながら呟くナキアの後ろで侍女も頷き、そのナキアの服の裾をしきりに揺さぶってちびウルヒは当然の疑問のように、
「ナキアさま! ウルヒって女の人なの!?」
と叫んだ。
 宙に浮いたままの毛むくじゃらウルヒは、これでナキアさまも誉めてくださる、と感無量であったという。


                …おわり♪

     

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送