ブロッサム・クッキング


【桜餅の作り方(イースタンスタイル)】20個分
材料:白玉粉・・・・・・大さじ2杯
小麦粉・・・・・・カップ1杯
水・・・・・・・・カップ1杯
砂糖・・・・・・・大さじ3杯
こしあん・・・・・500g
桜の葉の塩漬け・・20枚
食紅・・・・・・・少々
@白玉粉は水を少し入れて溶かす。
A小麦粉と砂糖をふるい入れ、残りの水も入れる。
B水で溶いた食紅をほんの少し加えてピンクにする。
Cホットプレートかフライパンに楕円形に流して焼く。
D焼いた方が表になるように、あんをくるくるまいて桜の葉で包む。



「お祖母ちゃんの家に春休みに遊びに行った時、よく作ったのよね」
「はあ・・・」
 わたしは相づちをうちながら、気の毒な料理長を盗み見た。
 新任の料理長は、厨房を訪れたユーリさまの姿に身体を硬くしている。そりゃそうでしょうね、ふつうこんなところに高貴な女性は現れないわ。
 でもね、これからは慣れてもらわないと。慣れるほど長続きするのかが問題だけど。
「で、作ろうと思うんだけど」
「こ、皇妃さまがっ!?」
 半分声を裏返らせながら、料理長が叫ぶ。顔は紅潮し、汗がだらだらと流れている。
「大丈夫だよぉ!」
 ユーリさまは吹き出した。そのお姿はとても気さくで、愛らしい。
 料理長の気分もいくらか楽になったようだった。彼の肩から力が抜けるのが分かる。
「お祖母ちゃんと何度も作ったのもの、安心して!」
 はたしてその経験がどれだけの気休めになるのかしら。
 でも幸か不幸かこの料理長はまだこの先何が起こるか知らないのだ。
「とりあえず、材料を揃えて・・・あ、『こしあん』が無かった!」
「『こしあん』とはどのようなもので?」
 指をしっかり組み合わせながら、料理長はおそるおそる訊ねる。
 なにしろ、ユーリさまは女神さま。人知を越えたものをご存じですものね。
 それをユーリさま自ら教えて下さると言うんですもの、料理長が緊張するのも分かるわ。
 でも『桜餅』がどんなものなのかは残念ながら永遠の謎になるわ。
 予想できるのは、きっと出来上がったのは本来のモノとは全然違うモノってこと。
「あのね、小豆を甘く茹でたのが『あんこ』で、それを裏ごししたら『こしあん』なの」
「小豆、ですか?」
「小豆はさすがにないよね・・・黒っぽい豆ならなんでもいいけど」
「赤えんどうがありますが」
 料理長はかたわらのざるを持ち上げた。赤い艶っぽい豆が入っている。よくスープに使うものだ。少なくとも食べられないものではない。
「少し大きいけど、潰しちゃえば分からないか!」
 なにかを代用で済ませようとするところに問題があるのでは、と一度お教えした方がいいのかしら。
 ユーリさまの傷ついた顔を想像するといまだに実行できないのだけど。仕方がないわ、誰だって生まれた国のことは懐かしいんですものね。
「それと、小麦粉と白玉粉・・・白玉粉もないよね」
「それはどのような?」
「えっと・・・多分、餅米の粉だと思うんだけど、小麦粉みたいなの」
「小麦粉ではだめなんですか?」
 料理長の言葉に、ユーリさまはしばらく頭をひねっていたが、やがてうなずかれた。
「ま、いいんじゃないかな?」
 よくありませんわ。だんだん、もとのモノから離れつつあります。
 けれど長年の忠誠心がのどにつかえて言葉を奪う。
 黙り込んだわたしに気がつかないで、ユーリさまと料理長は相変わらず話し続ける。
「とりあえず、豆を煮てあんこを作る」
「陛下、おそれながら豆は前日より水に浸しておかないと茹でられません」
「そうなの?困ったなあ・・・」
「ユーリさま、今日のところは諦めて・・・」
 わたしはようやく口にした。そう、とりあえず、今日一日、阻止出来るだけでも。
「豆を裏ごしすると仰せられましたね?先に粉にして煮れば時間も短縮できるのでは?」
 よけいなことを料理長は口にする。彼は彼なりに必死なのだろうが、思わず睨み付けてしまった。けれど、料理長の視線はまっすぐにユーリさまに注がれている。
 ユーリさまをそんなに熱のこもった目で見つめるなんて、皇帝陛下に知れたら流罪は免れないわね。
「そっか!それでいこう!」
 ユーリさまはぽんと手を打つと、わたしを振り返った。
「じゃ、そういうことで」
 どういうことだろう?
 でも、なにもかも分かっているという風にうなずいてしまう。
 ユーリさまがあまりに楽しそうに微笑まれるのがいけないんですわ。
「そうですわね、ユーリさま」
 それから思い当たって首をかしげる。
「他に必要なモノはありませんの?」
 もっとなにか足りないモノがあれば、なんとかなるかもしれない。
 今までにこんなことでユーリさまの決意が翻されたことなどなかったのだけど。
 ユーリさまは指を折りながら数え上げる。
「白玉粉は小麦粉でいいとして・・・小麦粉、砂糖・・・は蜂蜜で、水、あんこ・・・は豆を甘く煮る、桜の葉、食紅」
「桜の葉?」
 出たわ!食べ物じゃないものが!!
「塩漬けなの、今からでも間に合うかな?」
 ユーリさまは疑問すらもたない顔でうなずいた。
「新芽が出ているころですわ」
 わたしは城壁沿いの桜の木を思い浮かべながら答える。
 なるほど、あの新芽ならまだ食べられそうだ。柔らかそうだし。
「食紅はどうしよう?ないとお餅が赤くならないよ」
「赤くするのでしたら、豆の煮汁を加えては?」
 今度の料理長は随分と頭が回るらしい。しかし、それがみんなの役に立つとは限らないんだけど。むしろ恨みを買いそうだわ。
 わたしは勢いよく頭を振るって雑念を振り払うと、ユーリさまに微笑みかけた。
「ではユーリさま。わたしは桜の葉を採って参りましょう」
 たとえ結果がどうであれ、ユーリさまのお決めになったことに従うのがわたしのつとめじゃないの。
「いいの?頼んだよ、ハディ!」
 ユーリさまはまぶしいくらいの笑顔でわたしに仰った。
 その場にいたたまれなくなった、というのが正しいけれど、わたしはちょうど良い口実で厨房を飛び出した。



 出たばかりの新芽は小さい。わたしはなるべく柔らかそうなモノを選んで摘み取り始めた。柔らかいものならそんなに苦くはないだろう。
「ハディ、何をしている?」
 手を伸ばした時、ふいに声をかけられて持っていた籠を落としそうになる。
 慌てて振り向くと、不信感もあらわに表情を固くしたキックリが立っていた。
「桜の葉を・・・どうするつもりだ?」
「どうするだなんて・・・」
 実際、このあとどうなるのか(なにが出来上がるのか)わたしも知らない。
 それにしてもキックリのこの勘のよさはなんなのかしら?
 やっぱり皇帝陛下に対する忠誠心?
 そのわりには、陛下が「キックリお前もひとつどうだ?」と仰っても「滅相もない」「おそれ多い」なんて辞退するのよね。
「わたしはユーリさまの御命令で葉を集めているだけですわ!」
 毅然と言い切ってみるが、キックリの目つきは(細いけれど)ますます険しくなった。
「そのユーリさまは桜の葉をどうされるつもりなのだ?」
 聞いてどうするつもりなのかしら?
 ユーリさまは『桜餅』なるものを作る気でおられる。たとえ、キックリが知ったところで、『桜餅』が陛下の前に差し出されることを阻止できるわけでもないのに。
 わたしは胸を張った。開き直ったとも言うけれど。
「ユーリさまが『桜餅』をお作りになるので、その材料の葉を集めていますの」
 どう?なにか言い返すことはある?
「サクラモチだと・・・?」
 キックリは青ざめた。わたしは少しだけ勝った気になった。
「それは・・・阻止できないのか?」
「できません!」
 きっぱりと。言い出したら聞かないお方だって知ってるくせに。
「では・・・」
 今度は顔色を真っ赤にしながら、キックリは言う。
「では、そのサクラモチが・・・その・・・上手くできあがることは・・・」
「ありません!」
 あら?わたしは何を断言しているのかしら?
「美味しくなくてもいい、せめて味付けが不味い程度に手は打てないのか?」
 わたしはキックリが気の毒になった。ほんの少しだけ。
 でも、こればっかりはねえ?今の段階でも『こしあん』は違うモノだし、『白玉粉』だって代用品になってるし・・・。
「さあ・・・それは分かりかねますが」
「ハディ、これには陛下のお命がかかっているのだ」
 キックリは真剣な顔で言った。
 わたしはちょっとむっとした。だって、まるでユーリさまが皇帝陛下に毒でも盛るような言い方ではない?
 ユーリさまは心の底から皇帝陛下を愛しておられて、そのためにわざわざ『桜餅』を作ろうとされているのよ。そのいじらしいまでの乙女心をそんな言い方されちゃ。
「大丈夫ですわ、まかり間違ってもユーリさまが陛下の御身に危害を加えることはありませんわ!」
 わたしはつんと顔を逸らすとキックリに背を向けた。
「ユーリさまをお待たせするわけにはいきませんから、これで」
「ハディ!」
 呼び止められたが、無視した。キックリなんぞ、馬にでも蹴られればいいんだわ。
 それに、今回は料理長の全面的なバックアップがあるんだもの、万が一ってこともあるわね?


 厨房にはいると、煙が充満していた。
「ユ、ユーリさま!?」
 わたしは手で煙を払いながら、奥に突進する。
 かまどにかかった鍋から、黒煙が吹き上がっている。
「あ、ハディ!葉っぱあったぁ?」
 事態をまったく気にするでもなく、ユーリさまが明るく応えられる。
「ユーリさま、鍋が焦げています!!」
 わたしは木杓子を取り上げると、すでに半分が炭化した鍋をかき回した。
 ぶすぶすと音を立てながら、黒っぽいどろりとした物体が鍋の中でうごめく。
 香ばしいを通り越したこの匂いは・・・豆?
「えっ?これって焦げてるの?」
 のんびりとユーリさまは鍋をのぞき込んだ。
「あらら。でも『こしあん』ってこんな感じの色なんだよね」
 そのまま指を突っ込もうとされたので、慌てて止める。
「だめですわ、火傷します!冷めてからでないと」
「え?味見をしたかったのにぃ」
 味見ですか。それは重要ですね。でもこの鍋に指を突っ込むなんて自殺行為ですわ!
「もう少し冷ましておいてから、されては?」
「うん、そうする」
「皇妃さま、これはもう焼けているんではないでしょうか?」
 部屋に満ちている煙に何の疑惑も持たないのだろうか?料理長はパン焼き用の平たい石の上に並べた、なにものかをあおいでいた。
「あ、ひっくり返してみて?」
 ユーリさまはパタパタとそばに走って行かれる。
 本当にかわいらしいお姿で、四人の御子がおありだなんて見えないわ。
 小さな木べらで、石板に張りついた平べったい物体を持ち上げようとして、困ったようにおっしゃる。
「あれ?上手く剥がれない。なんでかなぁ?」
「油を塗っておいた方が良かったのでは?」
「お祖母ちゃんの家では塗らなかったよ?テフロン加工だったからかな?」
 ユーリさまはぶつぶつと呟くと、木べらでがしがしと物体をはがし始めた。
「ハディ、葉っぱは塩漬けにしてね」
「塩ですか?」
 わたしは鉢に水と葉を入れると、塩壺を引き寄せた。
「塩はどのくらい入れましょう?」
「えっと、はっぱが柔らかくなるまでかな?」
 ま?それでは分かりませんわ!
 とりあえず、大さじにひとすくい塩を入れてみる。
「『桜餅』の葉っぱって茶色いんだよね、変色するぐらい入れるのかな?」
 あいかわらずバリバリと音を立てながら、ユーリさまがおっしゃった。
 色が変わるほど?それは随分と大量じゃないかしら?
 わたしは塩壺の塩を全部鉢に入れてみた。確かに葉っぱはしんなりとするけど、色が変わる様子はない。
「なんだか色が違うけど、まあ、仕方ないわね」
 ユーリさまは石板から剥がしたいびつな固まりを皿に載せてやって来た。
「あれ?葉っぱって随分小さいね。もっと大きくないと」
 え?
「申し訳ありません!でもまだ葉は出たばかりであまり大きなものが無くて」
 ユーリさまの期待を裏切ってしまったことに、わたしは恐縮した。
 けれど、お優しいユーリさまはにっこりと笑われた。
「そっか、いいのよ、気にしないで。日本の桜とは違うもんね!大丈夫、いくつか使えば包めるよ!」
 なんてお心が広いのかしら?わたしは涙ぐみそうになる。
 ユーリさまは焦げた鍋を机の上に置くと、これもまた見事に焦げた穴だらけの『餅』の部分を並べた。
「これにこれを載せて、それで巻くのよ」
「どれですか?」
 よっぽど強火で熱せられたのか、『こしあん』はまだぶすぶすと黒煙を吹き上げている。
「こうやって、ね?」
 『餅』の上に『こしあん』を置くと、それを巻こうとされるが、『餅』は焦げてかちかちなのでうまく曲がらない。
「おかしいなあ・・・」
 たちまち『餅』はぼろぼろになった。
「なんでだろ・・・」
 ユーリさまの声に涙が混じる。
 わたしは慌てて、鉢から葉っぱを取りだした。
「ユーリさま、葉っぱでくるめば分かりませんわ!ほらこうやって!!」
 手のひらの上に葉っぱを敷き詰めて『餅』を載せてぐいぐいと握る。
 一瞬、葉っぱは絞って水気をきったほうが良かったかしら、とも思ったけど、べとべとしていないと分解してしまうものね。
「まあ、桜の良い香り!」
 熱せられた葉っぱから、ふんわりと香気が立ちのぼった。
「ほほう、これが『桜餅』ですか、なんとも春らしい食べ物ですね」
 料理長が感心したように言う。
 ユーリさまは目元をぬぐうと、ようやくにっこりされた。
「うん、そうなの。ちょっと見た目は違うけど、これが『桜餅』だよ!」
 もう一つを作ろうとして、鍋に木杓子を突っ込み、ユーリさまは首をかしげた。
「あれぇ?かちかちになっちゃった?」
「ああ、焦げてますね、これはもうダメだな」
 火から下ろしても炭化は進み、気がつけば鍋の中は炭の固まりになっていた。
「どうしよう?」
 たった一つだけ出来上がった『桜餅』を見つめながら、ユーリさまは途方に暮れた。
「また、お作りになればいいじゃないですか!」
「そうですね、次は弱火で」
 わたしたちの言葉に、一つだけの『桜餅』を取り上げると、ユーリさまは残念そうにうなずいた。
「そうだね、つぎにしようか。この一つはカイルに食べてもらうよ」
「まあ、陛下は喜ばれますわ!」
 わたしは本心から声が出た。陛下だって、厨房でのユーリさまの一所懸命な御姿を見たら感動なさるでしょうから。
「あたし、カイルにあげてくる!」
 はしゃいだ様子で飛び出していかれた。本当に、素直な方なんだから!
 料理長は焦げた鍋と『餅』を眺めながら、わたしに訊ねた。
「この、皇妃さまのお作りになられた残りを、味見してよろしいでしょうか?」
 彼は彼なりになにか夢見ているモノがあるんだろう。かわいそうに。
 わたしは表情を引き締めると、重々しく言った。
「よろしいけれど、このことは他言無用ですよ?」
「ありがとうございます!!」
 言うなり、料理長は焦げた『餅』を口に放り込んだ・・・。


                         合掌
  

      

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