あわあわぱわー

                  by千代子さん


「かあさま、かあさま!!おじさま、すごいの!!」
「じゃぐじーなの!!」
 身体から湯気を出して駆け込んできた息子たちは、息せき切って母親に目の前の奇跡を伝えようとした。
「ジャクジー?」
 マリエの髪を梳いてやっていたユーリは、それを侍女に託すとタオルで息子たちの濡れたままの髪を拭きながら、
「ザナンザ叔父さまがジャグジーなの?」
と聞き返した。
「そうなの、あわがね、お風呂でぶくぶくって出てくるの!!」
 興奮しっぱなしのピアは頭の上で踊るタオルが煩わしいらしく、首を振りながら母親の服を握り締めて叫んだ。
「新しい機能がついたって聞いてたけど、ジャグジーだったのねえ」
 ユーリはかねてから、ジャグジー風呂があれば身体もほぐれて気持ちいいのにと考えていたから、サイボーグザナンザの新しい機能が便利だなとは思ったものの、考えてみれば夫以外の男性と一緒に入浴できるはずがなく、あたりまえのことに気づいてひとり苦笑した。
「すごかったねぇ、おじさま! ピア、もう一度おじさまとお風呂入ってこようよ!!」
「うん!!」
 確かに、この時代の風呂といえば沸かした湯を浴槽に満たすだけのものだから、湯の底から沸きあがる泡など珍しいに違いなく、デイルもピアも拭いたばかりの髪が乾かないままもう一度湯殿へ駆け出して行く勢いだった。
「だめよ、ふたりとも。叔父さまのことも考えないと。また明日になさい」
「だってぇ、すごいんだもん!」
「だもん!!」
 唇を尖らせて反抗の意を示した兄たちを見てか、マリエが突然叫んだ。
「マリエも、おじちゃまとおふろ、しゅる!」
 頭を預けていた侍女の手を振り切り、母親の腕を取って、
「マリエもじゃーじーなの!!」
と上手く聞き取れなかったのであろう、兄たちの言葉を真似た。
「マリエちゃんは今日は父さまとお風呂入るんでしょ?父さま、お待ちになってらっしゃるわよ」
 ユーリはふわふわした髪をなでて柔らかく宥めたが、マリエは誰に似たのか断固として首を縦には振らず、地団駄踏んで、
「や! じゃーじーなの、じゃーじなの!!」
とあたりかまわず叫んだ。
「マリエ、いいかげんになさい!」
 いくら防水加工ザナンザでも、子供たちの相手は応えるだろう。まして、マリエは一度風呂に入れば、アヒルだ、お船だ、シャボン玉だと大騒ぎして、髪を洗うのも一苦労なのだから、いままで両親と一緒か、兄たちとは別に入るかでなければてこずって大変なのだ。
 ザナンザなら上の息子たちも任せられるし安心なのだけれど、何度も風呂に入る手間を取らせるのは忍びがたい。
「やあだぁ、じゃーじーするのぉ!」
 泣きべそをかきはじめたマリエにユーリは優しく、
「それなら明日、一緒にお風呂に入ってもらおうね。今日は叔父さまもお休みになったから。マリエちゃんは今日は父さまと一緒にお風呂にしようね」
と宥めているうち、侍従の声で前触れがあって、カイルが顔を覗かせた。
「なにかあったのか?」
 来るのが遅いので様子を見にきた父親に泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、マリエはとりあえず泣き止んで、
「じゃあ、あしたね」
と涙のあとの残る頬で言った。

「いいですよ、かまいませんから」
 次の日、大好きなお風呂セットを抱えたマリエを、ユーリはザナンザの前に押しやった。
「ごめんなさいね、ザナンザ皇子。どうしても聞かなくて…」
「いえいえ、とんでもない。新しい機能ですからね、みんなに楽しんでもらわなくちゃ」
 ザナンザは心持ち胸を張ってマリエの手を取った。
 上機嫌のマリエはユーリそっくりの笑顔で、ザナンザにアヒルのおもちゃを手渡した。
「これ、あひゆしゃん! おじちゃまにかしてあげゆね!!」
 木製のアヒルのほかにもうさぎや魚のおもちゃを次々に取り出して見せながら、
「じゃーじね、おじちゃま、じゃーじーね!!」
と飛び跳ねる姪っ子を軽々と抱え揚げ、ザナンザは踵を返した。
「それでは、お預かりしますよ」
 ユーリはふたりの後ろ姿を見送りながら、次は息子たちの風呂をカイルに頼もうと目論んで、その仕度のために小走りに部屋へと戻っていった。
 一方、子供部屋ではデイルとピアが父親に向かって一生懸命に叔父の機能のすばらしさを語っていた。
「でね、泡がぶあーって出てきて、すっごかったの!」
 背中に当てると気持ちいいよ、というデイルに負けずとピアも、
「あわあわのおふろになるの!!」
「でねでね、強さもちょうせつできるっておじさま言ってた!」
「そう、つよかったりよわかったりするの!」
 カイルはピアを膝に乗せてデイルを横に座らせて、いちいち頷いて聞いていた。
「そんなに気持ちいいのか?」
 夕べ、ユーリからジャグジーがどういうものかは聞いたが、泡の噴射する風呂など想像もつかず、子供たちがこれほど興奮するものならば自分も一度、弟にそのジャグジーとやらをやって見せてもらおうかと思った。
「ああ、よかったカイル、ここにいたの」
 捜したのよ、と言いながらユーリは小脇にカイルと息子たちの着替えを抱えていた。
「今日、デイルとピアのお風呂お願いね」
「ああ」
 それは夫婦の間のごく普通の台詞で、カイルも着替えの入った篭を受け取ると、ちょっと廊下のほうを眺め、
「もうそろそろマリエも上がるころか?」
とユーリの顔を見た。
「うん…そうねぇ…」
 いつもならさんざんおもちゃを散らかした上にひとつひとつを洗ってやる『ままごと』をし終えて、逆上せかけて出てくる頃合、とユーリも計算しており、上がったらすぐに身体を拭いて連れてくるよう湯殿の外で待機している侍女に告げてあった。
「あ、マリエだよ」
 デイルが耳聡く、ユーリが首をかしげているうちにドアのほうを指差した。
「かあしゃまぁ〜!」
 廊下をぱたぱたと走る音がしたかと思ったら、案の定、髪の毛をぬらしたままのマリエが飛び込んできて、母親の膝にしがみついて、
「しゅごかったの! じゃーじー、あわがぶくぶくって!!」
 後から慌てて侍女がタオルを広げながら駆け寄ってくるのを笑ってユーリは制し、マリエの髪から水分をふき取ってやった。
「そう、よかったわね」
「でしょ、すごかったろ!!」
 同じ興奮を分け合った兄にマリエは駆け寄って、デイルの手をぶんぶん振り回した。
「にいしゃま、マリエ、あしたもおじしゃまとおふろしたいの〜」
 小躍りでもしはじめそうな娘にカイルも笑いながら、
「そんなにすごかったのか?」
と自分がこれから体験する期待も込めて微笑み、頭を撫でてやった。
「マリエ、あひるさんを忘れているよ」
「あら、ごめんなさい、ザナンザ皇子!」
 マリエのお風呂セットを抱えたザナンザが戸口に顔を覗かせると、子供たちはいっせいにその周りを取り囲み、ザナンザを部屋の中まで導いた。
「悪かったな、ザナンザ。マリエが面倒かけて」
「いいえ、兄上、なかなか楽しかったですよ」
 ユーリが運んだワインを受け取って、カイルとカップを軽く合わせたザナンザは膝の上によじ登ったデイルの髪を撫でながら頷いた。
「ジャグジーって気持ちいいのよね。カイルにも付けてくれればいいのに」
 マリエを寝間着に着替えさせながら、ユーリは本当にそれを望んでいるかのようにうっとりしてカイルに笑いかけた。
「ばかを言うな」
 冗談、と笑いあう大人たちを眺めていたマリエは、なにかとても大切なことに気がついたように、ユーリに向かって叫んだ。
「とおしゃまは、じゃーじーできないの、どうして?」
 もちろん生身の人間だからよ、と説明するにはマリエは幼すぎ、一瞬、座に沈黙が下りたそのとき。
「だって、とおしゃまのほうがおっきいのに!」
 マリエはさもあたりまえのことだと言わんばかりに叫んだ。
「じゃーじーでるの、おじしゃまよりもとおしゃまのほうがおっきいの。だからとおしゃまはもっとすごいのかなぁ、じゃーじー!!」
「そうそう、父さまのほうがおっきい!」
「ピアもそう思うの! じゃぐじーできる? とうさま!」
 はしゃぐ子供たちと相反して、ほぼ固まりつつある大人たちの中で、カイルはぼそりとつぶやいた。
「ザナンザ…泡がでるのは……どこからだ?」
「……それは…言えません」
 ユーリは目線を下げていてはいけないと思いながら顔を上げるに忍びず、しかしどうしてもカイルの腰元に目をやってしまった。
 黙り込んでしまった大人たちの周りで、子供たちばかりがはしゃいでいる。



             おしまい

      

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