anaさん奥座敷にて53000番のキリ番ゲットのリクエストは「泣く、もしくは涙」ひねって見せかけて正統派・・・とか?


Tears



 男の人が泣くのを初めて見た。


 小学校の時に、先生が言った。
『男が泣いていいのは、女房が死んだ時と財布を無くした時だけだ』
 それから、大学を出たての新任の若い女の先生は「昔からこう言うけど、男だって女だって泣きたい時に泣いていいんですよ」と真面目な顔でみんなを見渡した。
 隣りに座っていた男の子が「そんなの格好悪くて泣けるかよ」とつぶやいたのも覚えている。
 男だって女だって、泣きたい時に泣いてもいいけど、我慢しなきゃいけないときには我慢しないといけないんだと思う。 あたしはノートにその言葉を写しながら考えた。
 泣いていい時は本当につらい時だけ。
 そんな時には思いっきり泣いて、普段はにこにこ笑っている大人になりたいと思った。


 けれど、あたしはずいぶんと泣いた。
 悔しくて、悲しくて、思い通りにいかなくて。きっと大人になれてなかったからだ。
 そんなあたしの涙をいつもぬぐってくれたのはカイルだった。
 泣きたいだけ泣いていい。
 背中をなでるカイルの手のひらはいつもそう言っていた。
 どうして私の前で我慢する必要があるんだ?
 あたしはカイルの胸に頭をもたせかけてまぶたを閉じる。熱い涙が次から次へと盛り上がってくる。
 どうして、こうなんだろう。どうしてもっと上手くいかないんだろう。
 それから少し恥ずかしくなる。
 こんなに泣くなんて、子どもみたいだ。
 きっと顔も腫れていてみっともない。
 カイルはきっとあたしのことを子どもっぽい、なんて思ってる。
 顔を上げられないあたしの髪をすきながら、カイルは静かに言う。
「気がすんだか、ユーリ?」
 そっと顎をもちあげて真っ赤になっているはずの瞳をのぞき込む。
 胸が痛くなるような、綺麗な微笑みを浮かべる。
「元気になれるか?」
 あたしはぐしゃぐしゃの顔のまま、うなずく。
 どうすれば、上手く行くんだろう。あたしたちに何ができるの?
 二人はようやく話し始める。カイルの腕で泣くことで、あたしは進んでいくパワーを手に入れていたのかも知れない。


 あたしは時々たずねた。
「ねえ、カイル。カイルはどんな時に泣くの?」
 お父さんが亡くなった時も、ザナンザ皇子が旅立った時も、あたしが見たのは血の気がなくなるまで唇を噛みしめたカイルの姿だった。
 泣いた自分が照れくさくて、手の中でグラスを転がしながら。
 カイルは余裕たっぷりに笑う
「さあな、どんな時だと思う?」
「分かんないよ」
 むくれるあたしに、カイルは少しおどけてみせる。
「皇帝が泣き虫ではしめしがつかない」
 あたしが出会う前のカイルはどうだったんだろう。
 出会った時には、もう大人だったけど。
 キックリは笑いをかみ殺しながら言う。
「陛下は負けず嫌いでいらっしゃいましたから」
 あたしは、あたしたちの長男を見て納得するしかない。
 こけて膝をすりむいても、デイルは歯を食いしばって涙をいっぱいにためて言う。
「痛くないよ、泣いてないもん」
 格好悪いと思ってるの?
 じゃあ、あたしはいつも格好悪いところばっかり見せてるね。
 そんなの不公平だと思わない?
 本当は、あたしはカイルに言いたかった。
 泣いていいんだよ、あたしの前では。



 男の人が泣くのを初めて見た。

 あたしの手をつかむと、カイルは頬に押しあてる。
 だんだん冷えていくのが分かるあたしの指に、熱いものが触れる。
「カイル、泣いてるの?」
 あたしは精一杯に瞳を見開く。
 カイルの顔は光の中でよく見えない。
「泣いてなどいない」
 あたしは少しおかしくなる。だって、こんな時に強がるなんて。
 カイルの涙があたしの手首を伝う。
「ねえ、カイル知ってる?」
 あたしは話し続けるのが苦しいので、胸の中でたずねる。
『男が泣いていいのは、女房が死んだ時と財布を無くした時だけだ』
 こんな言葉、知ってる?
 やっぱりあなたは余裕たっぷりに笑うのかしら?
『皇帝が泣き虫ではしめしがつかない』
 あたしはあなたがしてくれたように、あなたを抱きしめたかった。
 他の誰にでもなく、あたしの前だけでは肩の力を抜いて欲しかった。
 あなたは男が泣くなんて格好悪いって言うかしら?
 そんなことは全然ないよ。
 だって、あなたの涙はこんなにも愛おしいもの。


 ねえ、カイル?
 ──────泣いてくれてありがとう。

    

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