ぬいぐるみ

          by鯉登屋マリリンさん



「お馬に乗るお稽古ですか?ピア殿下」
 そう申し上げようと思ったキックリは、目を疑った。
 うーん、確かに細い目なのだが、それは自分でも知っていることなのだが・・・・・・・・・・・
 しかし、目はいい。遠くの物も近くの物もちゃんとみえる。
 自分ではそう思っていた。
 しかし、これは・・・・・
 自信がなくなってきた。
 どう見ても馬にはみえない。
 目が悪くなったのだろうか。
 そう思って、回りを見回す。
 遠くで、小鳥がさえずっているのがみえる。
 自分の手をみれば、指紋まではっきりみえる。
 うん、遠くも近くも見えているぞ。

 なのに殿下の乗っている物は・・・・・・・
 馬にはみえない。なぜだ?
「おーい、キックリ。」
 カッシュの声が聞こえる。
「ピア殿下がこちらにおみえにならないか?」
 どうやら殿下を捜しに来たらしい。
 振り向いてみれば、カッシュは馬に乗っている。
 馬だ、あれは。確かに馬にみえる。大丈夫だ。
「殿下の乗っている物」に視線を向けると、やっぱり馬じゃない。
 ????????

「キックリ?どうした。」
 馬からひらりとカッシュが飛び降りる。
「顔色が悪いぞ?疲れているのか?」
「いや、そんなことはない。」
「大丈夫か?どうしたんだ。」
「いや、どうも目がおかしくなったらしくって。」

 目がおかしい?
 細いので、どこがどうおかしいのかよくわからんが・・・・ ゴミでも入ったのか?
 いや、ゴミも入れないほど細いよな。
 しかし、まあとりあえず大丈夫そうだし。とにかく殿下を連れて戻らなくては。
「殿下、皇妃陛下が捜してみえましたよ。さあ、馬で私と一緒に行きましょう。」
「でも、カッシュ。これどうするの」
 またいでいる物を指さす。
「ああ、キックリに殿下のお部屋まで運んでおいてもらいますから。」
「うん」
 殿下を馬にのせ、自分もひらりと飛び乗った。
「キックリ、悪いが急いでいるんだ。その魚を殿下の部屋へ運んでおいてくれ。」
「さ、魚?」
「ちがうよ。”鯉のぼり”だよ。」
とピア皇子が憤慨したように言う。
「あっ、申し訳ありません。鯉のぼりでしたね。」
 そのまま、二人は駆け去っていった。


 一人取り残されたキックリは心の中でつぶやいていた。
 ”鯉のぼり”とか言ってたな。
 ”魚”とも言ってたな。
 じーっと殿下の残していった物を見つめる。

 魚でよかったんだ。
 目がおかしくなったかと思ったが、魚でよかったんだ。
 馬が魚にみえるのかと思って本当に驚いた。
 しかし、これってとと丸に乗っているおつもりなのだろうか?


 まっ いいか。
 次々と新しい風習を持ち込む皇妃陛下だ。
 キックリは、鯉のぼりを肩に担ぎ上げると後宮目指して歩き始めた。




※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

 数日後・・・・
「とと丸のいる池にピア殿下が落ちた。」と後宮は大騒ぎになっていた。

 3姉妹によると、ピア殿下は鯉のぼりに跨ったまま、池に飛び込んだらしい。







「キックリ」
「はい、イル・バーニ様」
「端午の節句とは、側近をいじめるためにあるのだろうか。」
「いいえ、イル・バーニ様、男の子の元気な成長を願うためだそうですよ。」
「しかし。」イル・バーニが大きなため息をつく。
「あの有様ではとてもそうは思えないが。」
 イル・バーニの視線の先にあるもの・・・・

 それは、びしょぬれの鯉のぼりを手に「鯉のたきのぼりをしていたの。」と叫ぶピア皇子と侍従長のお説教を食らっている皇妃の姿だった。
 当然、皇帝も仕事をほっぽりだして来ているわけで・・・・・・・・


 イル・バーニは再度大きなため息をつくのだった。


                        おわり

     

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