花を飾ろう



「うっわ〜っ!きれい〜!」
 馬から降りるなり駆けだしていく姿を見送って苦笑する。
「やはり女の子だな、日ごろは剣を振り回していても」
 丘をおおう低木は今は見渡すかぎり色とりどりの花を咲かせていた。
 こんもりと盛り上がった花の中に、すぐに小さな影は見えなくなる。
「おい、ユーリ?」
 馬を放して見まわせば、くすくすと忍び笑いが聞こえる。
 甘い香りの花々をかき分けると、ユーリは座り込んで何かの作業中だ。
 いつの間に集めたものやら、膝の上から地面の上まで、一面に花がこぼれている。
「そんなに花を集めてどうするつもりだ?」
 花を踏まないようにそっとかき分けて腰を下ろしたカイルを見て、ユーリはにっこり笑ってまた手元に視線を落とした。
 花びらが幾重にも重ねられている。
「これね、くびかざりを作ってるの」
 言いながら、長い草の茎にさっさと花を通していく。
 花綱はみるみるうちに長くなる。芯の草が短くなると、別の一本を結びつける。
 慣れた手際の良さに感心しながら、カイルはあたりを見回す。
 地面のそこかしこに、咲いている姿そのままで花が落ちている。
 この花はひとひらひとひら花弁を落とさず、今を盛りの時にひとかたまりに落ちるらしい。
 明るい陽のあたる地面の上は鮮やかな花の色で彩られている。
 カイルは手を伸ばして花を集めると、ユーリの膝の上に積み上げる。
「ありがとう!」
 目を輝かせて、なおもユーリは花を通し続ける。
 弾んだ声で話しだす。
「ちっちゃいころよく作ったんだよ。近所の公園にもツツジがいっぱい咲いていてね。
 いろいろ遊んだよ。おままごとのご飯にしたり、潰して絵の具にしたり、こうやって首飾りを作ったり」
「ツツジ?」
 ユーリの耳の上にかきあげた髪に一輪の花を挿しながらカイルは繰り返す。
 淡いピンクの花びらは花心だけ濃い赤を刷いていてユーリの黒髪によく似合う。
 陽光の下、明るく咲く花はどこかしらユーリに似ている。
「えっと、ここじゃなんて言うのかな、この花?」
 首をかしげると、せっかくの花飾りがぽろりと落ちた。
「名前は知らないが、知りたければ訊いておこう」
 自分でも不思議な落胆を感じてカイルは花を拾い上げる。
 もういちど、髪をなでつけて花を飾ろうとすると、ユーリは意気揚々と花の首飾りをかかげた。
「ほら、できた!」
 ぱさりとカイルの首に花が触れる。
 淡い色から濃い色まで、様々な赤の花が揺れる。
 ひんやりと香気が鼻腔をくすぐる。
「上手いでしょう?けっこう器用なんだよ、あたし」
 ユーリは得意げに胸を張ると、カイルの指から花を取り上げた。
「知ってる、この花って蜜があるの、こうやって、ね?」
 細い先を口に含む。いたずらっぽく瞳が輝いた。
「ときどき隠れて吸ってたんだ」
 少し頬をすぼめた姿に、笑いがもれる。
 幼いユーリが花に埋もれるようにして瞳を輝かせている様子がたやすく浮かんだ。
「隠れる必要があったのか?」
「だって、お腹を壊したら・・・」
 言いかけるユーリの言葉はカイルの唇で中断される。
 蜜の甘さを探るように、カイルはユーリを抱きしめる。
 ユーリの身体からは花と同じ香りがした。
 すぐに応えて腕をまわしたふたりの間で、くしゃりとかすかな音がする。
 ようやく与えられた一息に、胸元をつかんだままユーリは目を伏せた。
「だめ、くびかざりがつぶれちゃうよ」
 小さな非難の声に、カイルはささやき返した。
「わたしにもくびかざりの作り方を教えてくれないか?」
「皇子に?」
 驚いた顔で見返す頬に口づけると、カイルは花びらを拾い上げる。
 どんな宝石や金で作られた装飾品よりも、この花はユーリを飾るのにふさわしく思えた。
「おまえを飾るために作りたい。わたしよりもおまえの方が似合うだろう。
 この花はおまえに似ているから」
「あたしに?だって、この花って・・・」
 言ったまま、ユーリは顔を赤くして黙った。
 急に視線をはずした姿に、興味をかられて、カイルは身を乗り出す。
「この花は、なんなのだ?」
「・・・言えないっ!」
 背中を向けてしまったユーリは、うなじまで真っ赤に染めている。
 明るいところも、甘いところも、それからこうやって赤くなるところも、ますます花に似ている。
 カイルは満足して小さな身体を引きよせる。


 ────この花の花言葉は『愛の喜び』


        おわり 

     

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