パンチDEデート



「・・・元気そうだな・・・」
 おれは心なしか頬の色つやまでよくなった母上を見下ろした。
 とても死にそうには見えない。
「ウセルや、よく帰ってきたね」
 感極まったように涙を浮かべながら母上は何度もうなずいた。
「危篤だって連絡があったんだが」
 取るものもとりあえず、馬を飛ばして帰ってきた。唯一握りしめていたタブレットを取り出す。
『母危篤、すぐ帰られたし』
 ああ、間違いない。それともおれには知らないところで他に死にかけている母親がいたのか?
「あら、もう治ったのよ、心配をかけましたね」
 嘘つけ!!どう考えても数日前まで危篤だったようには見えないぞ??
 大規模な軍事訓練を行っていた野営地から駆けつけた息子に、母上は慈愛の笑みを浮かべた。
「さあ、遠かったでしょう。少しゆっくりなさいね」
「母上・・・」
 多少剣呑な口調でおれは詰問する。
「いったい、どうしてこんな書簡をよこしたんです? おれは訓練を投げだしてきたんですよ」
「怖い顔をするのね」
 母上は新たにこみ上げてきた涙をぬぐった。
「それもこれも、軍隊なんて殿方ばかりの女性のいない殺伐とした場所で過ごしているからですね 」
「いや・・・」
 軍隊にだって女は何人もいる。それも手っ取り早く潤いを与えてくれる・・・とはさすがに母親には言えないだろう。
 おれは咳払いをした。
「で、仮病を使ってまで呼び戻した理由はなんなんです」
「仮病ではありません!」
 きっぱりと母上は言った。毅然とした表情はやはり元軍人の妻だ。
 感心している場合ではないが。
「わたくしはあなたのことを考えると、この胸が締めつけられるようで夜も眠れませんでした」
 そうして、またほろほろとこぼれた涙をぬぐった。
「可哀想なウセル!」
「なにが可哀想なんですか?」
「だって、あなたったら、落ち着かない女遊びばかり繰り返して、やっと理想の女性を見つけたと思ったら、すでにその方は他国の皇帝陛下の婚約者で、それでも無理矢理さらってきて、どう言いくるめたのか結婚式まで持ち込もうとしたら、土壇場で逃げられたんですものね」
「誰に聞いたんです?」
 おれの強張った顔を見ると、母上はそれはそれは悲しそうな表情で頭を振った。
「ネフェルトですよ、本当に不憫な子。決定的だったのはユーリ姫が、あなたが先の王太后陛下にオモチャにされている格好の悪いところを見て失望されたからなんでしょう?」
「それもネフェルトから聞いたんですか?」
 あいつめ。誰がオモチャだ? 誤解されることを言うな。
 あいつにはふさわしい男を見つけて嫁入りさせてやろうと思っていたが、こうなったら思いっきりデブでニキビ面で水虫持ちでごうつくばりの商人に嫁がせてやる。
「それを聞いて、わたしはあなたがかわいそうでなりません」
 母上は大きな音を立てて鼻をかんだ。
「・・・ご心配おかけしてますね」
 言葉に刺が含まれるのは仕方ないだろう。
 しかし、それと仮病にどんな関係があるのだ?
 母上は涙を浮かべたまま、にっこりと笑った。
「いいのよ、ウセル。母というのはいくつになっても子どものことが心配なんですからね。
お節介かとは思ったけど、あなたのために考えたのよ」
「考えたって・・・?」
 嫌な予感というのはたいていが当たる。当たったところで回避する方法がないのだから始末が悪い。
「もちろん、あなたのお相手ですわ!」
 母上はなぜか勝ち誇ったように言うと、さっと隣の扉を指した。
「ユーリ姫を見ていて、気づいたのです、あなたの好みの女性がどんなタイプか!!」
「なんですって!?」
 叫んだ俺の耳に、地響きが聞こえた。
 どおおおおぉぉん!
 一枚板の扉がたわんでいる。いったい何ごとだ?
「あなたは腕の立つ気の強い姫君が好きなんでしょう?」
「気が強いってそりゃ・・・」
 どおおおおぉぉん!
 ふたたび扉がたわんだ。なにかが外からぶつかっている。
「おい、一体何が・・・」
 言いかけた俺の目の前で、轟音と共に扉がふっとんだ。
 低いうなり声が聞こえる。
 見上げるような・・・何かが立っている。
「レテ姫は、気が強いことで評判ですのよ」
 母上は満面の笑顔で、戸口を振り返った。
「さあ姫、息子のウセルを紹介しましょう!」
 姫・・・? 女なのかっ!?
 おれはうっそりと部屋に踏み込んできた、天をつくような巨体を見上げた。
 胸板は分厚く、その太い丸太ほどの腕はだらりと垂れ下がっている。葬祭殿に立っている石像が歩き出したようだ。
「なにしろ、レテ姫は生後3ヶ月ほどで寝台に忍び込んでいたコブラを握りつぶしたんですよ。たいした腕だとは思いませんか?」
 それは・・・腕が立つとは言わないのでは?
「それに七歳の時に道で突進してきた暴れ牛の首をへし折ったの。今だって、ほら素手で扉を・・・」
 母上はまだ唸っている姫君を振り返ると、にこにこと笑った。
「あの扉は押すんじゃなくて引くんですよ。姫は少し気が短いご様子だけど、大丈夫、ウセルは気の強い姫君が好きなんですものね」
 気が短いのと気が強いのでは違うだろう!?
「母上・・・」
 おれはかろうじて喉から声を絞り出した。
「一体・・・」
 おれの身体がかしいだ。なにかが巻きつけられる。とたんに身体が浮き上がった。
 抱き上げられたのだ・・・・・・姫に。
「ウゥ〜〜セェ〜〜ルゥ〜〜さぁ〜〜まぁ〜〜」
 ナイルに住むナマズのような顔がどす黒く染まっている。喋ろうとするたびに分厚い唇からしゅーしゅーと息が漏れて言葉が不明瞭だ。
「や、やあ、姫」
「まあまあ、レテ姫ったら、真っ赤になって」
 母上はにこやかに言う。そうか、この黒いのは赤面していたのか・・・ってそれどころじゃない!
「姫、悪いがおろして頂けませんかね?」
 女を抱き上げる趣味はあっても抱き上げられる趣味はない。
 おれは腕を突っ張った。手のひらが分厚い胸板にあたる。
 やべっ、初対面の女の胸を触っちまった・・・って胸かよ?
 この感覚は・・・なんというか鉄の板のようだ。
「あなたはあまり豊満なタイプが好きではないと聞いたから、こんなこと言うのもなんだけど、レテ姫の胸は真っ平らでしょう?それにあなたの好きな黒髪で」
 母上は満足そうにうなずいた。
 確かに姫の髪は黒かった。剛毛が密生してタワシのようだったが。
「いぃ〜〜〜やぁ〜〜〜」
 容姿が話題に上って恥ずかしいのか、レテ姫は顔を覆った。当然、俺の身体は床に落とされる。
 姫が身をよじると、寄せ木細工の床板がぎしぎしと音を立てた。
 かろうじて着地した俺に、母上は頭を寄せてささやいた。
「それにあなたが幼女趣味だって聞いたので、この方を選んだのよ。だって、姫はまだ12歳なんですもの!」
「幼女・・・誰が・・・そんなことを?」
 ネフェルトか? ネフェルトのヤツなのか?
 いくら妹でもこれはやりすぎだ!
 母上はかぶりを振ると自慢げに胸を張った。
「いいえ、ファラオからですよ! 陛下はいつもあなたのことをお気に掛けて下さるのね!」
 あのオヤジ! いつか王座から蹴落としてやる!
「それで、陛下自ら仲人を買ってでて下さって、結婚式は来月でどうかって・・・」
 最後まで聞かずにおれは飛び出した。目指すは野営地だ。そこに王もいる。
 訓練の最中に流れ矢に当たっても悪く思うなよ。
「お待ちなさい、ウセル! 婚約発表は・・・」
 母上の声が追いかけてくる。それと同時に地響きも・・・。
「ま〜〜つ〜〜て〜〜〜」
 待つもんか。
 おれはまだ息を切らせている馬の飛び乗ると、思いっきり鞭をくれた。


                    おわり

     

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