パンツDEビンタ



「母上が病気って知らせなら聞かんぞ」
 おれの言葉にワセトは真面目に頭を振った。
「違いますよ、将軍。将軍の家令からですよ」
「なんだ、そうか」
 おれは警戒を解いた。ここんとこ、疑い深くなっているよな。
「じゃあ、探していたのが見つかったのか」
「そのようですね」
「こんどのは鈍くさくないと良いが」
 言いながら天幕をめくり上げる。
 地面の上に平伏している少年がいる。
「おい、お前は少しは使えるんだろうな?」
 おれの言葉に不安そうに顔をあげた。その顔を見て舌打ちをする。
「なんだ、これは? 戦場に連れて行けば泣き出して逃げそうな顔をしているじゃないか」
「あの、ボク精一杯お仕えします!」
 まだ声変わりもしていない声が震えながら言う。
 年の頃は12か13、くるくる巻いた短い金髪が一見少女と見まごう顔を包んでいる。
 いわゆる美少年タイプだ。あと数年もすれば酒場や娼館の女たちが放っておかなくなるだろう。
「随従っていうより、小姓ですねえ」
 ワセトが呆れたように呟いた。
「将軍は我が国でももっとも勇壮な武人であられる。遠足気分で戦場にくるんじゃないぞ?」
「前の随従は流れ矢に当たって落馬した。そんな鈍くさいヤツはいらない」
「身軽さには自信があります」
 全く自信がなさそうに、少年は震える声で言った。
「ま、逃げ出したくなったらさっさと逃げ出せ。演習のあいだなら追いはぎに遭う心配はないだろうからな」
 おれは言うとワセトに下がるように手を振った。
「それでは、将軍、これで」
 明日の朝は作戦会議だ。どうせ年寄りの頭の固い将軍どもとまた舌戦を交えることになるんだろうが。
「寝る準備をしてくれ」
「はい」
 素直に少年は言うと、寝具を敷きのべ始めた。
 おれはさっさと皮鎧を脱ぎ、サンダルの紐を解く。
 将軍どもよりなにより、一番面倒なのはホレムヘブのおっさんだ。あいつは王になんかなったもんだから、人の意見に全く耳を貸そうとしない。
 まあいいさ、模擬戦が始まったらぐうの音も出ないほど叩き潰してやる。
 そう考えておれが振り向くと・・・
「なんのつもりだ?」
「え?」
 そこには、おれの簡易ベッドに素っ裸で腰かけた少年がいた。
「あの、お休みになるんでしょう?」
 頬を染めながら悪びれもせず少年は答える。
「ボク、初めてなんです・・・優しくして下さいね?」
 もじもじとシーツの上に指で円を描く。
「なんのつもりなんだっ!?」
 思わず、仁王立ちになる。いや、なんのつもりかは大体分かるのだが、認めたくない。
「将軍にお仕えする・・・」
 少年は耳たぶまで真っ赤になった。
 こいつ、随従の仕事を勘違いしてやしないか?
「おまえ、仕えるって意味が分かってるのか?」
 少年は相変わらず真っ赤な顔のままでうなずいた。
「奥様からよく教えて頂きました」
 奥様と聞いて、俺の眉が跳ね上がる。
「母上がこんどは何を・・・」
「あの、将軍の趣味について奥様はお責めにならないとおっしゃってました! あ、ボクお手紙を預かってます!」
 少年は飛び降りると裸のままできちんと畳んだ衣類の間から書簡を引っ張り出した。おれは無言でひったくると、文面に目を走らせた。
『ウセルや』と、慈愛に満ちた文字は語る。
『お前が結婚したがらない訳が、ある人に教えて頂いてようやく分かりました。 ごめんなさいね、母親なのにあなたのことに気づいてやれなくて。 どんなにか今まで辛かったでしょうね? 私たちはあなたに、結婚して早く跡継ぎをとばかり望んでいました。そのことがあなたを辛い立場に追いやっていたのですね。でも大丈夫、もう無理強いはしません。あなたはあなたの生きたいように生きて良いのですよ? せめてもの償いに、あなたの小姓にジュネを贈ります。 いい子だからかわいがってあげてね。 涙にくれながら、あなたを愛する母より』
 俺の手はふるふると震えた。こんどは・・・男か?一体全体、どうしてこういった誤解が生じたんだ??
「あの、将軍・・・ボクは将軍の恋人になりたいだなんて思ってません。せめて一夜の慰めに・・・」
「ジュネ?」
「はい」
 ジュネ(という名前らしい)はきちんと膝を揃えると座り直した。
「出て行け」
「は?」
「出て行けと言ってるんだ!」
 おれは乱暴に着替えを投げつけた。本当なら今すぐ剣を抜いて切り捨てたいところだが、こいつには多分罪はないのだ。
「あの、ボクのどこがお気に召さないんですか?」
「全部だ!」
 なにが悲しくて男なんか相手にせにゃならんのだ?おれは母上を罵りたい気分になった。
「そんな、言って下さい!ボクがんばって将軍のお気に召すようにしますから!」
 裸のまま抱きついてくるのを振り払う。
「あっ!」
 力のない細っこい身体はたやすく地面の上に投げだされる。こいつは従軍にも向いていない。関節ばかりが目立つ膝小僧に血が滲んだ。
「痛い」
 ジュネは自分で自分の肩を抱いたままハラハラと涙をこぼした。いいから、横座りはやめろ!
「どんなに・・・酷くされても将軍になら・・・いい」
「よくねぇだろっ!? 今すぐ出て行け!」
 おれはジュネの肩をつかむと、天幕から引きずりだそうとした。
「やだやだやだ〜〜〜っ!!」
 じたばたと抵抗するが、おれの足を止めるまでの力はない。
「さっさと出て行け!」
 おれは入り口をかき揚げようとした・・・。
「やはり、ワシのにらんだとおりだった」
 そこにはなぜかしたり顔のホレムヘブが立っていた。
「なん・・だ? こんなところで何をしている?」
 おれには構わず、ホレムヘブはずかずかと天幕に踏み込んでくると、顎に手を当てて満足そうにうなずいた。
「きさまの母から相談を受けたのだが、やはりワシの考えたとおりだったな?」
 半裸のおれは全裸のジュネを羽交い締めにしていた手をふりほどくと、無言でその顎に一発決めた。
「な、なにをする!?」
 吹き飛んだホレムヘブは、驚愕の顔でおれを見上げた。
「おまえか・・・母上におかしな事を吹き込んだのは?」
 おれは怒りに燃えていた。なにもかもがこいつのせいだったんだ。もともととんでもない縁談を持ってきたのもこいつだった。それに考えてみればユーリを手放すことになったのだってこいつが不甲斐なかったせいに違いない。
「ちょうどいい、ここで・・・」
 心の赴くままに殴ってやる。相手がファラオだって構うもんか!
「やめてっ!」
 おれの前に身を投げだしたのはジュネだった。ジュネは裸のままでホレムヘブに覆いかぶさった。あんまり気持ちの良い光景ではない。
 おれは鼻白んだ。
「やめてください、将軍! ボクのためにファラオと争うのはっ!」
「だ、だれがお前のためだっ!?」
 おれの言葉をあっさり無視すると、ジュネはきらきらと光る眼をホレムヘブに向けた。
「だめです、ファラオ。ボクと将軍の間は誰にも引き裂けません」
「なにを言ってるんだ、おまえ・・・」
 今の状況はどう見てもこいつのためにおれとホレムヘブが争っているようには見えないだろう?
「分かった」
 なのに、ホレムヘブはあっさり言うと、その場に座り直した。
「ラムセスよ」
 急にしんみりモードでしゃべり始める。
「母の気持ちを無にするでないぞ。母上は随分悩まれたのだ」
「誰が悩ましたんだ?」
「ワシには分かっていた」
 ホレムヘブはふと遠い目をした。
「おまえが・・・あのナプテラと言ったか? ヒッタイト皇帝の側室を連れてきた時に思ったのだ。なぜ勇名を響かせたおまえがあんな少年のような娘を選んだのか、と」
「少年みたいで悪かったな」
 おれはむっとした。そりゃ、ユーリが色気に欠けていることは認めるが、それを他人に指摘されるのは気持ちの良いことではない。
「しかし、その後、お前が来る縁談をすべて断っていることから思い当たった。お前は少年のようなタイプが好きなのではなく、少年が好きなのだと」
「ちょっと待て」
「いいや、待たない。ラムセス、ワシはこのことには偏見はない。この国の重鎮であるお前に跡継ぎが出来ないことは残念だが」
「待てと言ってるだろう!?」
 おれはホレムヘブの胸飾りをつかんだ。
「どうして邪魔するんですか、いいお話なのに」
「おまえは黙ってろ!」
 ジュネに吐き捨てると、おれはホレムヘブを睨みつける。
「おれは自分の相手は自分で見つける。あんたにとやかく言われる筋合いはない! だいたい、なんでおれがこんなガキを相手しなきゃならねぇんだ?」
「ガキ、が嫌いなのか?」
 ホレムヘブははっと目を見開いた。
「もしかしたら・・もっと大人が好きなのか?・・・ワシみたいな?」
「バカな事を・・・なに脱いでるんだ?」
 急にいそいそと腰巻きをはずし始めたホレムヘブから手を離す。
「ワシは困るぞ? なにしろ妻もいるし、なによりも王だ。お前とは身分が違いすぎる」
「って言いながらなにしてるんだ、あんたは?」
「酷いっ!」
 ジュネが鋭く叫んだ。立ち上がると、おれとホレムヘブとの間に立ちふさがる。
「たとえファラオでも、将軍は譲れません!」
「いいから、さっさと服を着ろ」
 なにが悲しくて、素っ裸な男二人と同じ天幕にいないといけないんだ?
 おれは自分の天幕は放棄することにして、外へ向かった。
「待って下さい、将軍! ボクとファラオとどちらを選ばれるんですかっ!?」
「ラムセスよ、男ならはっきりさせるのだ!」
 無視だ、無視。
 もう一度手をかけると、驚き顔のワセトが立っていた。
「しょ、将軍!?」
「悪いが、そこをどいてくれ」
「一体何があったんですか?」
 背後でなぜか腰に手を当てて立っている全裸のジュネとホレムヘブを認めて顔を引きつらせる。
「おお、ワセトか! 副官のお前なら分かるだろう。ラムセスの好みはワシとジュネとどっちだ?」
「どっちも趣味じゃねえ!」
 吐き捨てるように言った俺に、ジュネの偉そうな声が返ってくる。
「将軍はもっと素直になるべきです!」
 あいつ、いつのまにかずうずうしくなりやがった。
 ワセトは気の毒そうにおれを見ると天幕に入った。
 おれは苦い気分を噛みしめて中から漏れてくる声を聞いた。
「将軍はお二人のどちらも好みではありません」
「なんだとう!?」
「そんなはず、ないでしょ?」
 ああ、ワセト。おれは良い部下に恵まれたよ。上司と母親には恵まれなかったが。
「ラムセス将軍が愛しておられるのは、ヒッタイト帝国の」
 そうだよ、ユーリなんだ、ふられたけどな。別にユーリが好みだったわけじゃない。気がつけば惹かれていたんだよな。だから似たタイプだからいいってわけじゃない。
 そうだ今夜はあいつのところに泊めてもらおう。目頭を押さえたまま、おれはうなずいた。
「カイル・ムルシリ皇帝陛下です!」
「なんだとぉっ!?」
「なんですって!?」
「わたしはこの目で見たんですからね。将軍と皇帝は裸で抱き合ったこともあるんです!」
 得意げにワセトが語るのが聞こえた。
「なるほど、それで合点がいったぞ。皇帝の側室にこだわったのは、好きな相手の好きな者を手にしたいという複雑な感情からだったんだな」
「可哀想な将軍!」
 すすり泣きが聞こえた。
 おれはなんだかこのまま出奔したい気持ちになった。

                             おわり

    

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