ひねもすさんの奥座敷1600番げっとのリクエスト「矢ガモになって帰ってきたユーリとカイルのそのあと」(いや、こんな書き方じゃなかった気がする)タイトルまでつけて頂きました!
「睦言」
包帯がとかれると、下から象牙色のなめらかな肌が姿をあらわす。発熱のためか浅い呼吸に合わせて上下する背に、痛々しく引き裂かれた傷がある。
傷は、新たな盛り上がりを見せて、血の色を残している。
敷布の上に横たえられた肩は、思う以上に細くて華奢だ。
その背に、鋭い刃を突き立てたのは、私だった。弟を、ザナンザを殺した男を糾弾するために、ユーリ自身が望んだこととはいえ残酷な仕打ちを与えた。
医師が傷口に薬を塗ると、意識のないはずの唇から、かすかな悲鳴がもれた。
あの時、震えながら私の肩を噛んだ姿を思い出す。この小さな身体に、どれだけの決意を秘めていたのだろう。
短い叫びと、崩れる身体。頬には涙の痕が残った。
皇妃の奸計を暴くためだけに、気力で意識を保ち続けた。それの糸が切れたとき、残されたのは謝罪の言葉。
愛し抜いて元の世界を忘れるほどに幸福にすると、自分自身に誓ったのはいつのことだろう。
誓いも虚しく、私はユーリに試練と苦痛ばかりを与えている。
医師が、経過の順調なことを告げる。傷が癒えれば熱も下がり、やがては目を覚ますだろうと。
また隠されてゆく傷跡を、布の上から見つめながら思う。
失うことの恐ろしさを知った。
永遠に失われたのだと考えたときに、世界を呪った。
国の未来も、民の幸福も、あふれ出た暗い奔流に巻き込まれそうだった。
けれど、おまえは帰ってきた。
再び手にしたときに、二度とは失えないと思った。
扉が閉まる音とともに、二人きりになる。
むき出しの肌を指でなぞり、肩に口づける。
「ユーリ、聞こえているか?」
返事はない。苦しげな寝息だけが聞こえる。
「こんな目にあっても、おまえは私のそばにいてくれるか?」
黒髪に指を絡める。
意識がないからこその告白をする。
「私が愛すれば、おまえは私の元を去らないでいてくれるか?」
故郷を捨てて、家族をすてて。
「愛している、ユーリ」
望めばなんでも与えよう。だから、そばにいて欲しい。
私が闇に堕ちないように、その笑顔で導いて欲しい。
「おまえは、私を愛してくれるか?」
泥のように胸を満たす想いを、受け止めて欲しい。
「愛している」
なめらかな肌に指を滑らせながら、いつかこの身体が歓喜の声で受け入れてくれることを願う。
愛している。
なんど繰り返そうとも、この睦言はおまえには届かない。
終
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