世界の終わりに君を想う
byハマジさん
「ねえ、今日クラスのみんなで飲むんだけどどう?」
気が早い半袖のカットソーを着たクラスメイトが彼に話し掛けた。
彼女の後ろには彼女によく似た服装の友達が二人ほど。
共に彼と同じクラスだが、いまだに彼は彼女たちの名前すら知らない。
「いや・・・、遠慮しておくよ」
ちょっとしょんぼりと肩を落とす女の子。
後ろに控えていた彼女の友人が呟く。
「やっぱり人付き合い悪いよね・・・」
「ばかね。彼、飲み会なんかに参加したことないわよ」
一浪して入学した奈美子は念入りにマスカラを塗りなおしている。
「入学してから一度もよ?友達もいないみたいだし」
恵美は授業中はかけていたメガネをはずし、鏡を見て鼻にめがねの跡がついていないかどうかチェックしている。
「あ〜あ、残念。彼結構タイプなのに」
京都で大量購入してきた脂取り紙を取り出した真由美はオデコと鼻の頭の脂を念入りに取る。
再来週からはテスト週間に入るため、夏休み前に予定されている飲み会は今夜が最後なのである。
テスト終了時は取っている授業によってバラバラなので打ち上げは開かれそうにない。
彼氏のいない3人は今夜が夏休み前に彼氏を作る最後のチャンスと意気込んでいる。
「そう?なんだか暗そうじゃない?」
派手な目鼻立ちに似合ったダークオレンジの口紅を塗りながら奈美子は言った。
「あの物悲しそうな瞳がちょっといいな〜って。
なんか影があるって感じじゃない?」
真由美はリップは塗らずにグロスで艶を出すだけにしている。
先日見たテレビで叶姉妹が言っていたメイク術を参考にしているようだ。
「そうだけど・・・。ま、いいじゃん。行こ!遅れちゃうよ!」
集合時間を携帯のアラームに設定してあった恵美が二人をせかす。
「「あ〜ん、待ってよ〜!」」
とある地方の国立大学史学部に一浪はしたけれど合格した氷室聡。
入学して約3ヶ月、クラスメイト達は週末ごとに開催される飲み会で親睦を深めている。
しかし氷室は一度も参加したことがなく、今だにクラスの誰にも打ち解けていない。
大学受験を終えた開放感を味わうこともなく、地元を離れ、初めての一人暮らしに浮かれることもない。
高校に入ってからと同様に黙々と勉強に打ち込んでいた。
「人付き合いが悪い・・・か・・・」
ひとり残った教室で今日の授業の要点をまとめていた氷室は先ほどのクラスメイトの言葉を反芻する。
不意に笑みがこぼれた。自嘲気味の笑みであった。
昔は勉強なんか放り出してよく友人と遊びまわったっけ・・・。
学校の成績も最悪でよく高校に受かったもんだと担任に泣かれたこともあった。
何時からこんな風になったんだ・・・?
わかりきったこと。あの時からだ。
あのまだ雪が残る春の初めから。
彼女と出遭ったのは中学の入学式のことだった。
その頃から「○○が可愛い」とか「△△と付き合いたい」とか言っていたけれど、まだまだ自分には関係ない話だと思っていた。
実際に女の子っていうものはわけがわからない生き物だったし、男同士でつるんでいた方がよっぽど気が楽だった。
しかし、そんな女の子の中でも彼女は比較的付き合いやすかった。
さばさばした性格、女の子とは思えない行動力、何より、他の女の子みたいに集団でつるんで行動したりしないところが気に入っていた。
外見もちょっとクセのある髪が上手くまとまらないと言ってずっと短くしていた。
背も小さくてやせっぽっちで。うちの小学生の弟と全然変わらなかったので、ずっと気の合う男友達のように思っていた。
中学2年の体育祭の実行委員に二人して選ばれて、あの頃夜遅くまで教室で打ち合わせしていた。
準備の為の買出しに出かけたりして、週末もよく二人で会うようになっていた。
そのことをクラスの男子にからかわれて怒り狂っていたのを覚えている。
顔を真っ赤にして必死に「ただの友達だよ!」と弁明する姿を見て、笑ってしまいならも少し胸が痛んだ。
その時はその胸の痛みの正体がまだ自分でもわからなかったけれど。
3年生の春、修学旅行の準備に追われる放課後、彼女が顔を赤くして教室に戻ってきた。
どうしたのかと訊ねてみると「・・・なんでもない!」と言って走り去っていった。
クラス1の事情通にこっそり賄賂を渡して聞いてみた。
そいつが言うにはどうも他のクラスの男子に告白されていたらしい。
そういう自分もこの時期になって何度か女の子に呼び出された。
しかし、まさか彼女にもその波がきているとは思いもよらなかった。
彼女はなんて返事したんだろうか・・・。
そのことが気になって夜も眠れなかった。
その時になって初めて気がついた。自分が彼女に恋をしていることに。
今まではただの友達、いや、むしろ男友達のように思っていたのに。
いつのまにか自分の中で女の子になり、そして好きになっていたなんて・・・。
眠れずに過ごした明くる朝、思い切って本人に聞いてみた。
うじうじ悩むなんて俺らしくもない!
わざと明るく、なんでもないように話し掛けた。
「よう、昨日他のクラスのやつに告られたんだって?」
彼女はギョッとしてうろたえている。
「な、何でそんなこと知ってるのよ!」
顔を真っ赤にする彼女に平常心を失いかけたが、努めて何気なく話を進める。
「噂でさ・・・。それで、どうなんだよ。そいつと付き合うのか?」
口調はからかい口調でも目がどうしても真剣になってしまう。
「そ、そんなこと氷室に関係ないじゃない!」
カバンを胸に抱き、プイっと後ろを向いてしまった。
「関係ない!?」
一瞬声を荒げてしまった。予想以上に背を向けられたことにショックを覚える。
「・・・そうだな。俺には関係ないことだよな。聞いて悪かったよ。
でもどうしても気になったんだ。じゃあな」
彼女に背を向けられていることが辛くて、自分からその場を去ろうとした。
しかし彼女は慌てたようにこちらを振り返った。
「待ってよ!
・・・断ったよ。付き合えなくてごめんなさいって・・・」
一瞬彼女の言った意味がよくわからず、自分は相当間抜けな顔になっていたに違いない。
背を向けていた彼女が振り返っただけで小躍りしたい気持ちだったから。
「えっ!?なんで・・・?」
喜び含んだ声で俺は彼女に問う。
先ほどとは打って変わってこぼれる笑みが止められなかった。
「そんなこと知らない!とにかくまだ誰とも付き合ってないから!」
真っ赤になって走り去っていく後姿を見ても、さっき背中を見せられた時のような絶望感はない。
彼女の答えから、自分に都合のいい想像をしてしまう。
自分のために他の男からの告白を断ったのではないだろうか・・・。
昨日まで彼女への恋心ですら自覚していなかったくせに自覚した途端妄想は膨らむ。
関西地方への修学旅行では、グループ行動が義務付けられていた。
女子グループの彼女とは二人で行動する機会はなかなか見つけられなかった。
2日目の夜、担任の先生と一緒にクラスのみんなと甲子園まで野球を見に行った。
あまり人気のない組み合わせの試合でイマイチだと思っていたけど、ホームチーム側の応援団の近くに陣取ったおかげでチームは負けていたにも関わらず皆はおおはしゃぎだった。
さりげなく彼女の隣を陣取った俺はある計画を実行してみようと思っていた。
隣の彼女は試合の成り行きに興奮して身を乗り出していた。
スポーツが大好きな彼女は初めて本物の球場で見るゲームに集中していた。
そんな彼女を横目で見ながら、こっそり手を握ってみた。
一瞬ビクッと体を震わせた彼女だったが、顔を赤らめ、俯きながらそっと握り返してきた。
その瞬間、周りのみんなが立ち上がった。
気がつけば目の前にワンバウンドしてきた打球が。
とっさに彼女は俺の手を離し、それをキャッチした。
それはその日の勝負を決めた逆転のホームランボールであった。
周りからは拍手喝采、俺だけが少し残念な気持ちでいた。
修学旅行後は本格的に受験勉強に取り組まなければならなかった。
二人ともあまり成績優秀な方ではなかったので一緒に勉強しても残念ながらなかなか成果は上がらなかった。
仕方なく自分はゼミに通い、彼女はお姉さんに勉強を見てもらうという夏休みを過ごすことになってしまった。
会えない日々が続いたときは電話でもいいから声が聞きたいと思った。
思い切って彼女の家に電話した時、彼女だと思い込んでしばらく話していたら、それは彼女の妹だった。
情けない話だけど、それから暫くこちらからは電話できないでいた。
ようやく受験も終わり、後は卒業を残すのみとなった。
結局二人そろって同じ志望高校に無事合格した。
合格したことももちろん嬉しかったが、高校に入っても彼女と一緒にいられることの喜びのほうが大きかった。
今ではなんとなくクラス公認の二人という感じになっていたけど、本当は肝心なことがまだ言えないでいた。
だから卒業間近な日曜日、一緒にスケートにでも行こうと誘った。
「もう思いっきり滑っても大丈夫だろ」
受験勉強で運動不足になっていた彼女は二つ返事でOKした。
彼女とスケートに行くのは初めてだったので、本当は少し不純な期待もしていた。
上手く滑れなくて抱きついてきたりしないかな、なんて。
考えてみれば彼女は学校でも屈指の運動神経の持ち主だった。
むしろ彼女の方が上手く滑れたりで、少し自己嫌悪に陥ったり。
それでも久々に二人きりで出かけられたことが単純に嬉しかった。
はしゃぐ彼女の姿を見て心から愛しく思えた。
取り留めのない会話を楽しみながら近くの公園に立ち寄った。
夕焼けが木々を染める最高のシチュエーションで彼女に言うべき言葉を捜した。
昨夜必死で考えたキメ台詞がなかなか頭に浮かんでこない。
高台になっている公園の一番見晴らしのいい場所にきた時、言葉より先に体が動いた。
彼女の背後の木に手をかけ、彼女を間近から見つめた。
夕日を浴びたからだけでなく染まっている彼女の頬を見て、自分が逆光になっていてよかったと思った。
そうでなければきっと自分も彼女と同じぐらい頬を染めていただろうから。
言葉もなくただ見つめあっていたのはほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。
根負けしたのは自分なのか彼女なのか。
彼女が長いまつげを伏せたので俺はそっと彼女に唇を重ねた。
彼女のふっくらとした唇に触れたとき、自分でも情けないほど震えていた。
ふと目を上げると窓から夕日が差し込み教室内を赤く染めている。
長く伸びた影は自分ひとり分だけ。
夕梨、あの時確かに世界は美しく光り輝き、俺は自分が世界一幸せな男だと思ったんだ。
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