The Dream of the Darkness
「伸びたな」
シーツに広がる髪に指をからめながらつぶやくと、うっすらとまぶたが上がった。
「伸ばせって、言ったじゃない」
かすれた声が恨みがましく応える。寄せられた眉が苦悶に似た表情を作る。
「似合わないから、いやなのに」
「似合わないことはない」
頬に張りついた髪を指先で払ってやる。
ちょうど肩を過ぎるぐらいにまで伸びた髪は艶を放ち、汗ばんだ肌に絡みつく。
首筋に絡んだ髪をかき上げると、そのままうなじを持ち上げて口づける。
まるで溺れる子どものようにすんなりと伸びた腕がしがみついてくる。
唇から頬を経て露わにした白いうなじをきつく吸い上げる。
「・・・だめ」
ほとんど力の抜けた身体が弱々しい抵抗を示す。
「髪をおろしていれば見えないさ」
「だから伸ばせって言ったの?」
「違う」
汗を含んで重みを増した髪を指に巻きつかせる。毛先が持ち主の意志の強さと同じように、ぴんと跳ね上がる。
「伸ばした姿も綺麗だろうと思ってだ」
「綺麗なんかじゃないよ」
困ったように背けた顔を指先で撫でると、細い首筋から白く広がる胸元まで伝わせる。
象牙のような、と形容される柔らかな風合いをもつ肌は、今は奥に秘めた情熱を浮かび上がらせて淡く染まっている。
「綺麗だ」
二つの盛り上がったふくらみを掌中に収めて、ささやく。
「そんなこと……」
言いつのる言葉を封じるように、その間に口づける。両の手の下で鼓動が速まるのが分かる。
投げだされていたかかとがシーツの上をすべった。
「私の言葉が信じられないか?」
指先に力を込めてやんわりと二つの丸みを持ち上げる。
言葉にならない吐息がユーリの唇から漏れた。
立ち上がった頂点を指の腹でなぶりながら、肌に唇を這わせていく。
熱を帯びたふくらみの真下を吸い上げると、しなやかな身体が震えた。
「ここは、見えないからいいだろう?」
ぽつりと咲いた朱だけでは飽きたらず、丹念に舌先でなぞる。
こうしてこの肌の柔らかさを貪れるのは己だけの特権だとさらに確かめるように。
赤ん坊のように無垢な肌はどこまでも柔らかく、汗の奥の甘さに酩酊する。
気づかぬうちに、夢中で肌を彷徨っている。
「カイル・・・」
呼ぶ声に懇願が混じる。見上げれば泣き出しそうな顔。
「綺麗だよ・・・自分で認めてごらん」
震える胸元から両の手にすっぽりと納まる細い腰へと手を滑らせる。
無駄のないしなやかな腰つき。
この形が幼いと言ったのは誰だろう。その者はここがどれだけ妖艶な動きをするのか知らないのだ。それを誰にも見せるつもりもないが。
「さあ、ユーリ」
もどかしげにすり寄せられる膝に手をかけて促す。
見下ろしたユーリはわずかに体を反らせて、肩で荒い息継ぎを繰り返している。
いつの間にか離れた腕がシーツに投げだされ、指先でいくつもの皺を寄せる。
呼吸のたびに上下する肌の上には、鮮やかに花弁が散らされている。
艶を持った唇が、何度か言葉をこころみて息を吐く。
「ユーリ?」
名を呼びながらもその姿に目を奪われる。黒髪がこれほどまでに肌の美しさを際だたせるものだとは。
細い首筋や薔薇色の頬に、濡れた色の髪が張りついて、まるで、いくつもの意志を持った指先がユーリの肌を犯しているように見える。
きつく閉じられたまぶたが責め苦に耐えているように震える。
その姿を見つめていればせっかく握った主導権さえ投げだしてしまいそうになる。
一つ息を吐くと膝の下に手を差し入れて持ち上げる。肌に口づけんばかりに顔を近づけて囁く。
「さあ、認めて」
自分の負けを。
ぱらりと頬をなにかが掠めた。ユーリが頭を振ったのだ。舞った黒髪がゆるやかな残像を描いた。
短い言葉が吐き出される。
「・・・いやっ・・・」
意地を張る拒絶がなぜか快い。素直に頬を染める女とは違ったしなやかさ。己の優位性に気づいているのかいないのか。
勝負を投げるつもりなどない。髪に触れながら身体をおし進めた。
「いやなら、認めさせるまで繰り返そう」
動きにつられるように切れ切れの声が上がる。愛しい身体を抱きしめながら、髪を梳く。
「綺麗だ、とても」
額から伝った汗が髪の上にこぼれる。
「誰よりも綺麗だ」
身動きのたびに滑る髪に、目を奪われながら。
愛しい女に蜘蛛の糸のように、優しく絡め取られてゆく。
おわり
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