Terror Of Losing

                    by Lapisさん

 5日間の沐浴をはじめ、その他、もろもろの神事をこなしてきたユーリとカイルはその夜も皇帝の寝所にいた。
 いつもと同じような、それでいて特別な夜。

 夕食を摂り終え、ユーリは野苺を片手にため息混じりに呟く。
 表情には少し、疲労の色が見える。
「結婚するのもなかなか大変なんだね」
 ふぅ、と息を吐く様子を見てカイルは苦笑した。
「そうだな・・・私もこんなに大変だとは思わなかったよ」
 手にしていたワインを飲み干すとユーリの頬に軽くキスをした。
 そっと抱き上げ、寝台へと向かう。
 その間にユーリもカイルの頬に手を当て、キスをする。


 ふわりと寝台に降ろすと、すぐさまユーリが擦り寄ってきた。
「ん?どうした?」
 柔らかくカイルは尋ねる。
 胸に押し当てていた顔をゆっくり上げると、恥ずかしそうに言った。
「カイルの・・・奥さんになれて嬉しいなと思って・・・」
「ユーリ・・・」
 琥珀の瞳が輝きを増す。
 軽く前髪を梳き、額に、鼻に、頬にキスをする。
 唇に何度かキスが繰り返され、白い腕が首に巻きつくかという刹那、カイルがユーリの手首を捕らえた。
 長袖の夜着が捲くられる。


「カイル?」
 ユーリは少し驚いて、視線の先を見た。
「あ・・・」
 手首にある紫色のアザ。
 水の中に引き込まれそうになった時、つかまれていた手首の・・・カイルの指の跡。


「痛くないか?」
 カイルの言葉に首を振る。
 大丈夫だよ、そう言おうとした時、カイルの顔が手首へと近づいた。
 早く跡が消えることを祈るように、労わるように何度も何度も口付けられる。
「カイル・・・」
 涙ぐむユーリを見てふっと笑うとカイルはユーリに抱きついた。
 自分の胸に抱き寄せたのではなく、まるで子供が母親にそうするようにユーリの肩に顔をうずめた。
 いつもと違う、少し不安そうな・・・弱々しい姿だった。
「どうしたの?」
 問い掛けてできる限り腕を伸ばし、カイルを包み込むようにして広い背中に手をまわした。
 ギュッと少し痛いほどに抱きしめられる。
「んっ・・・カイル?」
「・・・お前を失わずにすんで・・・・・・良かった・・・」
 肩に顔をうずめたまま、聞えるか否かというほどの小さな声で呟いた。


 何があっても離さない-------そう決意していたのはもちろん、
 その一方で万が一のことを考えなかったとは言えなかった。
 皇太后が脱走してから少なからず心の奥底で揺れていた不安・・・
 この世で最も恐れていること・・・
 何にも変えることの出来ない唯一の女神。


 カイルの搾り出すかのような声にユーリの胸はきゅうっとした。
 頭を強く抱きしめる。
 金色の髪にポタポタと雫が落ちた。
「カイル・カイル・・・」
 言葉が出ず、愛しい名前を呼び続ける。
 その声にカイルはゆっくりと顔を上げ、ユーリの涙をすくい取るとじっと見つめる。
 両手で頬を包んだ。
「お前は・・・ここに・・・・・、私の目の前に・・・いるな?」
 二度と、あんな想いはしたくない。
 もう絶対に失う事は出来ない。
 ユーリの存在を確かめるように、愛しむように額を、まぶたを、頬を、唇を指でなぞった。
 2つの黒曜石は再び潤み、何度もうなずく。


「うん。ここに・・・いるよ。ずっとずっと・・・カイルの側にいる・・・・・・」
 声までもが涙を含んでいるようだった。
 ユーリの心をなだめるような優しいキスを繰り返す。
 そんな行為にユーリの涙はどんどんこぼれる。
 いつまで経っても泣き止まないユーリにカイルは苦笑すると、
「泣きすぎだ」
 そう言って唇で涙を掬い取った。
 何度も何度も涙が止まるまで。
「っ・・・て・・好きなの。・・・カイルを愛してる・・・」
「ユーリ・・・」
 カイルは愛しさに目を細めるともう一度きつく抱きしめ、想いを示すかのごとく深く、深くキスをした。


 長いキス。
 まだ唇が触れているほどの距離でカイルは言う。
「ユーリ・・愛してる。ずっとずっと・・・側にいてくれ。」
 それに答えるかのようにユーリは固く抱き付いた。



 そうしてヒッタイト帝国に皇妃が生まれる。



                                  おわり

    

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送