夢恋歌

                     by 琴那さん


 たくさんの泣き声が聞こえる。

 咽び泣く声。
 啜り泣く声。
 叫び泣く声。

 幾人もの香が幾重にも重なって、今までに無い名香を作り上げている。
 悲しみと言う人心を加えたそれは、息を止めても胸の中へ入り込み心臓を締め付ける。

 闇に包まれた後宮・・
 私は自分の部屋を探して、手探りで壁を伝いながらそろそろと歩く。

 ハディも双子も、どこにもいない。
 薄い明かりが漏れる部屋を見つけて息を吐きながら、ゆっくりと進む。
 扉の隙間から見えるのは、人影。

 薄い衣を纏った女の肩が震えている。
 美しく髪を結い上げた女の瞳が怯えている。
 高価な耳飾をつけた女の唇が怒りを露わにしている。

 衣擦れの音。振り撒かれる香。泣き声。



「・・リ・・ユーリ」
 目覚めた時、視界に入るより先に乳香の香りが心臓を掴んだ。
「ユーリ?」
 月明かりの中、琥珀の瞳が私を見つめている。
「・・・カイル?」
 声がかすれる。涙が頬を伝う。
「夢を見たか?」
 涙の冷たさを感じるよりも先に、カイルの唇を頬に感じた。
 右から左へ、睫毛、唇。
 私は目を閉じたまま優しいキスにため息をつく。
「・・夢を見てたの」
 あまりにも悲しい夢を。
「怖い夢なら忘れさせてやろう」
 唇から首筋、胸元。
 目を閉じて、カイルのしなやかな細い指先を思い浮かべると吐息が漏れた。


 途切れがちな意識の中、耳元で衣擦れの音が、聞こえた、気がした。


「アイシテル」
「オマエダケダ」
「ズットイッショニ」

 カイルの指先は絶え間なく愛撫を続け、言葉は惜しみなく耳元に注がれる。
 私は言葉にならない言葉を返しながら、何よりも体が明確な返事をしていた。

 熱い体が、愛されている現実を教えてくれる。

 再度目を閉じた私は両腕で背中から抱きしめられる。
 ゆっくりと呼吸を整えながらも夢の名残が少しだけ蘇る。
 身体は意識を手放したい、けれど頭がそれを阻止する。
 重いまぶたを無理矢理上げる。
 途端に身体を反転させられてカイルの胸の中に抱きしめられた。
「心配するな、お前は何も考えなくて良い」
 微笑みながら髪を優しく撫で付けてくれる。
「・・・うん、なんにも心配してないよ」
 私は笑顔を見せると、ゆっくりと瞳を閉じた。

 カイルがいる事。私がいる事。
 それだけで満足なのは本当。
 何よりも幸せな時間があれば私は強くなれる。

 そう思っていたけれど。

 眠りの淵へ落ちていく感覚と、カイルの体温を交互に感じながら、意識は別の疑問を投げかけてきた。

 いつか会う正妃を私は本当に笑顔で迎えられる?

 後宮に集った姫君たちは綺麗で、華やかで。
 私はついさっきまで幸せだった気持ちが、嘘みたいだった。

 カイルに向けられる視線は甘くて柔らかで。
 私に対するそれは冷たくて厳しくて。


 1人の夜の寂しさに肩を震わせる事は無いのかな?
「ズット イッショニ イテ」
 無くなっていく愛情に怯えた瞳をする事は無いのかな?
「ワタシダケ アイシテ イテ」
 分けられた立場に怒りの言葉を唇にのせる事は無いのかな?
「イツモ オナジモノ ミテイテ」



 夢の中、泣いていたのは自分だったのかもしれない。



                              END

   

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