星の降る夜

                                by ハマジさん



「皇子、こんなところで何してるの?」

 満天の星明りの元、中庭でなにやら作業をしている後姿に窓から声をかける。
 今日は雲ひとつ無い夜空。月明かりは無いがそれでも星だけで充分明り取りにはなる。

「何してると思う?」

 問いかけたユーリは逆に問いかけられた。
 窓枠に肘をついてユーリはマジマジと彼が手に持っているものを覗いた。
 左手には小さな黒い石。右手には小さなナイフと布。

「石を磨いてる?」
「そうだよ。これは何だと思う?」

 さらに問いかけ。
 ユーリは眉間に皺を寄せ、少し考えたフリをする。

「う〜ん、なんだろ?降参。教えて?」
「降参するのが早いな。どこかで見たことないか?」

 本当に考えてるのか?
 苦笑しつつその小石を見せる。先は尖っていて、根元は丸く抉られている。

「なんかの道具…?う〜ん。言われてみればどっかで見たことあるような…」

 相変わらず額に皺を寄せて腕組みして考えるユーリ。
 しかしあっさりとその答えを言われてしまった。

「矢尻だよ」
「あ!あの矢の先についてるあれ?矢についてないからわかんなかった…」

 言われてみればわかる。確かに見たことのある道具だ。
 最近三姉妹に剣や弓などの使い方を教えてもらっているユーリである。

「矢につける前はこんな形なのさ」

 ユーリは手渡されたその矢尻を興味深げに見ている。
 ここでは全てが手作りなんだとわかっているはずなのにあらためて実感する。

「で、これをこうやって結べば…」

 そう言って矢柄になる細い棒を取り出しその矢尻をあてがう。

「あ!本当に矢だ!」
「そうだよ。やっと見慣れたものになったかい?」

 自分にとっては見慣れた道具にいちいち驚くユーリ。
 くるくるとよく変わる表情は見ていて飽きない。

「パーツだけだとわからないもんだね。
 そういえばほうれん草もおひたしじゃないのを見たときはわかんなかったな」

 人差し指を唇に当ててそう呟く。
 日本にいたときも調理実習でぐらいしか料理をしたことなんて無い。
 いつも出されたものをそのまま食べていただけ。
 元がどんなものだったのかなんて考えたことも無かった。
 そしてそれを作ってくれた人にわざわざ感謝したことも。
 それが当たり前の日常だと思っていたから。
 不意に襲ってきた寂しさを誤魔化すためにユーリはわざとはしゃいだ声を出した。

「それって巻くの難しい?」

 ユーリの声のトーンが不自然に上がったことに気づいた。
 しかしあえて聞かなかったフリをする。
 こちらが気を使えばユーリがますます居た堪れなくなるだろうから。

「やってみたいか?」
「うん!」
「じゃあ手伝ってくれ」

 言われるとユーリは今までいた窓辺から戸口に回りこみ、中庭に出てきた。
 並んでベンチに座り、いくつかの矢柄と矢尻を手渡される。
 それを巻きつけるための糸も。

「よ〜し!頑張るぞ!」






 しばらくしてユーリが苦々しそうな声を出した。
 またもや眉間には皺がよっている。

「う〜ん、上手く巻けない…」

 見よう見まねで巻いてみてもなかなか固定されない。
 しかも巻き方もただ単純に巻きつけるだけではなく、結構複雑だ。

「私の巻き方にはコツがいるんだよ。ここをこう押さえて」
「むむむ…」

 隣に並んで同時に作業をしながら巻き方を教える。
 一人一人巻き方が違うからこれが標準というわけではないけれど。
 巻きやすくなるように全ての矢尻の基部には抉りを加えてある。

「そしてこう留めて出来上がり」
「出来た!」

 全く同じ動作で巻きつけた。今度こそ完璧!そうユーリが思った矢先。
 矢尻から手を離すとポロリと零れ落ちた。

「あれ〜〜〜???」

 情けない声を上げるユーリ。
 あたしってここまで不器用だったっけ…。そう思ってちょっとがくっと肩を落とす。

 すると背後から大きな手が伸びてきて、ユーリの手を取った。
 後ろから抱きすくめられるような形になり、ユーリの鼓動は一瞬跳ね上がった。
 そんな鼓動に気づいているのかいないのか、全く気にするそぶりも見せずに熱心に矢尻の巻き方を教える。

「ほら、ここの部分をこうしてあてがって」
「う、うん」

 まだまだ免疫の無いユーリは心臓をバクバクさせながらされるがままに手を動かす。
 ユーリの肩の後ろから端正な鼻筋と柔らかそうな明るい金の髪が覗く。
 間近に見るとやっぱり綺麗だな…。
 そんな風にユーリが思っている間も説明は続く。

「ここをぐっと力を入れて押さえて固定するんだ」
「こ、こう?」
「そう。そして巻きつける。そのときもこの手は離さないで」

 抉りに沿って糸を巻きつける。
 しっかり抑えて固定した矢尻に施していく独特の巻き方。
 先ほどまでは上の空だったユーリの目も真剣みを帯びてくる。
 何重にも巻きつけて最後に巻きつけた糸の下にまた糸をくぐらせ、結びつける。
 今度こそ手を離してもビクともしない。

「やった!できた!」

 思わず勢いよく振り返ると肩に顔を寄せていたザナンザの鼻とぶつかった。

「あ、ご、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ…」

 自分たちの距離が妙に近いことにあらためて気付き、パッと離れる。
 ユーリが顔を真っ赤にするのでつられてザナンザまで照れてしまった。

「そ、それにしても皇子もこういう事するんだね。偉いね」

 照れ隠しの為か妙に早口になってしまう。
 カイル皇子ならこんな時すかさずからかい混じりに触ってくるのに。
 見た目はよく似てるけど性格は全然違うんだな。
 口調は早口なのに思考は妙にのんびりなユーリであった。

「偉くなんかないさ。私のは趣味みたいなものさ」

 ザナンザは既に気を取り直している。
 元来、ザナンザとて伊達に年上キラーの異名を取っているわけではない。
 だからこれぐらいではいつもは照れもしないのだが。
 逆に今までの相手は百戦錬磨のマダム達であったので、一瞬ユーリの初々しさに当てられてしまったのかもしれない。

「こうして一つ一つ手入れすることで願を込めているようなものだから」
「願?」
「ああ、この武具の一つ一つが兄上のお役に立てるようにとね。
 照れくさいから兄上には秘密だけど」

 悪戯っ子のように人差し指を唇に当ててウインクするザナンザ。
 自分よりずっと年上なのになんだか可愛い。
 弟ってこんな感じなのかな…。

「…ザナンザ皇子は本当にカイル皇子が好きなんだね」

 ベンチの上に立てた膝を抱えて上目遣いにザナンザを見る。
 少し冷かしがちにニヤけながら。
 するとそんな口調のユーリに気づいてか、ザナンザは声を立てて笑った。

「ははは。好き、というのは少し違うかな」
「どう違うの?」

 冷かしたのは自分のほうなのに逆に笑い飛ばされたユーリは少しふてくされる。
 しかしザナンザはユーリをからかうでもなく、淡々とした口調で話す。

「兄上は私たちみんなの理想なんだ」
「理想? カイル皇子とザナンザ皇子の理想の治世が同じってことじゃなくて?」
「もちろん、兄上とは同じ志を持っていると思っているよ。
 だけど兄上は私とは違う。大きな重圧をたった一人で背負っているんだ。
 それは私には肩代わりできないものだし、兄上も誰かに背負わせようとはしないだろう」

 矢尻を巻いていた手を止めてまっすぐ前を向いて話すザナンザ。
 その淡々とした口調からは感情を読み取ることはできない。
 しかしその眼差しは切なくなるほど真剣だ。
 ユーリはそんな彼の横顔をじっと見つめる。

「でもザナンザ皇子はカイル皇子の片腕と呼ばれているんでしょう?」
「確かにね。でも所詮は片腕さ。
 もちろん全力でお役に立てるよう努力はしていくけれど」

 自分を卑下する訳ではないが過大評価もしていない。
 自分の宿命は生まれ落ちたときから定められている。
 皇子として生まれはしたが君主を望める立場ではない。
 だからもしもその兄が自分の運命を呪うことがあったとしても身代わりになることはできない。

「兄上は稀有な方だ。人の上にたつカリスマ性があり、理想を現実にする力もある。
 そして権力に溺れない強い精神力があり、謀略に飲み込まれない知性を兼ね備えている」

 自分にも他人にも弱音も吐くことはこの先もずっと無いだろう。
 そう思っていた。
 兄が自分の信念を曲げ、側室を娶ったと聞くまでは。

「兄上と同じ世代に生きることが出来た奇跡に感謝しているし、
 お側にいられることを光栄に思っているよ」

 この娘がいつか兄の隣に肩を並べて立つ日が来るのだろうか?
 それとも兄の言う通り、期間限定だからこその愛情なのだろうか。



 語る口調に少し熱っぽさが加わったザナンザに、ユーリは暖かな視線を向ける。
 聞いている自分までもがなんだか嬉しくなってくるザナンザの告白。
 先ほどのからかい口調とは違い、感嘆と感動が混ざったように呟く。

「…やっぱりザナンザ皇子はカイル皇子が大好きなんだ…」


 あらためてそう言葉にされると気恥ずかしいザナンザ。
 照れ隠しのためか、逆にユーリをからう。

「そういうユーリはどうなんだい?」
「え・・・、あ、あたしだってカイル皇子の役に立ちたいと思ってるよ」
「そういう意味じゃないよ。わかってるだろ?」
「えー・・・あー・・・っと」


 そんな二人に近づく人影が。
 心なしか憮然とした表情をしている。

「二人で何をやってるんだ?」
「兄上…」「カイル皇子!」

 背後の窓から突然声をかけられた。
 ザナンザとユーリ、二人仲良く声を上げて振り向いた。
 二人が必要以上に驚いたのを見て、ますますカイルの表情がこわばる。

「ザナンザ皇子に矢尻の巻き方を教えてもらってたの!」
「……顔が赤いぞ」

 別に疚しいことも無いのになぜだか焦るユーリ。
 そんなユーリの焦りっぷりからますます勘ぐるカイル。
 誤解しているとわかっているけれどフォローしないザナンザ。

「な、なんでもないよ! もう寝るね! オヤスミ!」
「おい! 待て、ユーリ!」

 ユーリは居た堪れなくなり、脱兎のごとく逃げ出した。
 ザナンザはニヤニヤ笑いがとめられない。

「ザナンザ…」
「ユーリの言ったとおりですよ。矢尻の巻き方を教えていたんです」

 しれっとしているザナンザ。
 普段沈着冷静なカイルがユーリ一人に振り回されている姿を見るのが楽しくて仕方が無い。

「ふん、まあいい。後でユーリからじっくり聞きだすさ」

 強がるカイルにさらに追い討ち。

「…ユーリは可愛いですね」

 含みのある言葉を投げかけてカイルの反応を見る。
 案の定カイルの片眉はピクリと上がり、こめかみに青筋が浮かぶ。

「何が言いたいんだ?」
「別に。言葉の通りですよ。では兄上、おやすみなさい」
「おい! お前までなんだというんだ! おーい!」

 カイルが戸口に回りこむよりも先に中庭を突っ切り逃げるザナンザ。
 明るい笑い声だけがこだましていた。

 ポツンと取り残されたカイルの目に満天の星の光が妙に染みる。
 嫉妬と疎外感に苛まれる今夜の彼には最愛の二人からの思いは届かない。

     

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