闇の中のあなた

                   by千代子さん



「知ってる? 今日は星祭の日なんだよ」
「星祭?」
「うん、かあさまのお国のふうしゅうなんだって! だから今夜はみんなでお星さまを見るの!」
 ちびウルヒは、まだ明るいうちから楽しそうに空を見上げるいとこのマリエにならって顔を上げた。
「でね、今夜はお星さまどうしが一年に一回だけ会ってもいいですよって言われる日なんだって。だからお星さまにお願いごとをしたらなんでも叶えてくれるって!」
 嬉しそうに瞳を輝かせるマリエを見て、ちびウルヒは天の幾百の星よりもマリエの輝きに勝るものはないと思った。
 今日は年に一度のたなばた、彦星と織姫が出会う日、というものはユーリが子供たちにかたり聞かせたおかげですっかり定着したようだが、その日を皇帝一族の宴の日、と定めたのはデイルが生まれてからだったろうか。
 ちびウルヒが物心ついたときには、すでにハットゥサまで来て星を眺めるのが行事の一環だったから、こうして星を眺めるのは別に珍しくもないが、やはり偶然にもマリエとふたりきりともなると緊張してしまう。
 別に両親もデイルやピアをはじめいとこたちも近くにいるのだから、ふたりきりというわけではないけれど、ちびウルヒにとってはマリエの一挙一動が気になってしまう。
 兄妹中でただひとりの女の子であるマリエのために仕立てた、亜麻色にガラスのビーズを散りばめたドレスはかわいらしく、ちびウルヒは思わずうっとりしてしまった。
「早く暗くならないかしら」
 ね、と微笑まれ、不意うちだったので顔を真っ赤にしたちびウルヒは、夢中で首を縦にふった。



「で、おまえは手も出さずに帰って来たのかね」
 長椅子に寝そべり、侍女にゆったりと風を送られながら、ナキアはちびウルヒを眺めた。
「だあってナキアさま、急に風が吹いて空が曇っちゃったんだもの。お祭りどころじゃなかったの」
 一同楽しみにしていた星祭も、にわかな悪天候で残念なことになってしまい、ちびウルヒは両親とともにカルケミシュに戻って来たばかりだった。
「だってナキアさま、しょうがないよ」
 マリエと天の川を眺められなかったのは残念だが、それでも輝いていたマリエを見られたことでちびウルヒは納得していた。
 それを素直に話すとナキアは目を細めてにんまり笑った。
「やはりおまえはわたくしの孫じゃのう。そうじゃ、女は常に輝いておらねばならん。まあ、相手がカイルの娘というのは問題だがのう」
 最後のほうは独り言のように呟いたナキアは、侍女に耳打ちするとちびウルヒに、
「ならば今宵はわたくしが星祭とやらをしてやろう。夜になったら中庭に来るがよいぞ」

 夕食後、ちびウルヒはナキアに言われたとおり、お菓子と果物、ワインなどを携えて中庭に向かった。
 今夜は新月、月明かりもなければ、いつも焚いてあるはずの道を照らす篝火もどういうわけかなかった。
 共の者は気心知れた側近ひとり、ちびウルヒは父にも母にもおばあさまのところへ行くとだけ告げて来たが、さすがになんとなく恐い。
 いったいおばあさまは何をするつもりだろう? とは思うが、ナキアがすっとんきょうなことをするのはいつものこと、今まで生命に関わることはなかったのだからと妙に大人びたところのあるちびウルヒだが、ようやく明るい中庭に着いたころにはすっかり安堵して汗が吹き出て来るようだった。
「ナキアさま、来たよ」
 ちびウルヒの声になにやら用意をしていたらしいナキアは、侍女にちびウルヒ用の椅子を運ばせ、喉など潤させてから、
「ウルヒよ、よく見ておくのじゃぞ」
 と言って辺りの明かりを消した。
「???」
 期待に胸を膨らませるちびウルヒのまえで、まずはいっせいに蛍が飛び散った。
 篝火を落としている分、闇の深くなったところへ無数に飛び交う蛍は幻想的で、ちびウルヒはしばらくぼうっとしてしまった。
 こんなにきれいな風景なら、きっとマリエちゃんも気に入るかもしれない!
 ちびウルヒはいつのまにか蛍が飛び交う中をマリエと一緒に遊んでいる夢を見ていたらしい。
 目の前で繰り広げられた風景が終わってはっとしてみると、ちびウルヒは手に汗をにぎって喉はからからだった。
 ちびウルヒはナキアの手を握って、
「すごいよ、ナキアさま!! もう一度みせて!!」
 とせがんだ。
「ほう、おまえにもこの素晴らしさが判るかね。ならばこの次はおまえもやってみるがよいわ」
 言うとナキアはかねてから用意させていたらしい衣装を侍女に持ってこさせた。
「???」
 ちびウルヒがものを言う前に、侍女はあたまからすっぽりとその黒い衣装をかぶせると、手足を抜いてちびウルヒにぴったりと着せつけた。
「ナキアさま……これって……」
 侍女が燃えさしの松明につけた明かりの中に浮かび上がったのは、全身黒いタイツを着たナキアと対になっている自分の姿だった。
「さて、最初は明るいところで教えてやろうのう」
 ナキアはちびウルヒの手を取るとまるで軟体動物のように腕を空に舞わせた。
 それは確かに先ほど見た光景で、ふと自分の手元に目をやれば、全身タイツには細かな電球がスパンコールの間を縫うように埋め込まれている。
「さあ、舞うのじゃ、ウルヒよ!!」
 さっきのきれいな蛍はおばあさまだったんだ!!
 ちびウルヒは驚愕の事実に愕然としながらも、それでもどういうわけか舞うのをやめようとは思えなかった。
 こんな姿、マリエちゃんは気に入らないかもしれない……
「ウルヒ!! もっと腰を使わぬか、腰を!! もっと大きく! それではモジモジくんではないか!」
 密かな悲しみに沈むちびウルヒの目の前を、スパンコールタイツに身を包んだナキアが幻想的に飛んでいった。


                        
おわり…

    

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