ナッキー☆パラダイス



「お願いですっ!!」
 ナキアたちを乗せた馬車が門を通ろうとした時、前に飛び出してきた人影があった。
「無礼者っ!」
 すんでのところで馬を停めた御者は怒鳴った。
「この馬車はおそれおおくも、先の皇太后陛下のお車であらせられるぞ!」
「皇太后陛下にどうぞ、お目通りを!!」
 門から走り出してきた衛兵が男の両脇を抱えて引きずった。
「お願いです!」
「いいから、さっさと車をお出し」
 クッションに身を預けたまま、ナキアは不機嫌に言い放った。
「お義母さま、あの男はいったい・・・」
 アレキサンドラが不安そうに振り返る。
 馬車が走り出してもなお、取り押さえられた男は大声で叫び続けていた。



「ああ、まだいたんですか」
 侍女は平然と頷いた。
「まだ・・・って知っているの?」
「アレキサンドラ・・・」
 ジュダは掴みかからんばかりにしている妻を抑えると、真顔で侍女を見た。
「あの男は何者です?」
 侍女は知事夫妻の前にワイングラスを置き、ナキアのあとにくっついてかけだしていったきりのチビウルヒの席にハチミツ湯のカップを置いた。
「数日前からなんですの。ナキアさまとウルヒリン殿下がピクニックに出かけられた先で、急に走り寄ってきたんです」
「ピクニックって、護衛も付けずに?」
 ジュダが眉をひそめた。
「ウチの姫さまはそんじょそこらの男どもより腕が立ちますから」
 侍女は自分のことのように胸を張った。
「ええ、このテーブルなんてまっぷたつですよ?それに、水もお使いになるし。その時だって、泉でウルヒリン殿下に水芸を伝授されていたんですわ」
「なんだかそれもそれで問題よね」
 アレキサンドラがため息をつく。
「で、走り寄ってきたのはなんの用だったの?」
「さあ? お側に置いて欲しいとかなんとか言ってましたね、その後も宮までやって来るし、いつの間にか下働きに紛れ込もうとするし。姫さまに一目会わせて欲しいと、そりゃ熱心に」
「よけいなことを言うでないよ」
 いつのまにか入り口に立っていたナキアは鼻を鳴らすと、部屋を横ぎり知事夫妻に並ぶ椅子にどっかりと腰を下ろした。あとをちょこまかついてきていたチビウルヒも椅子によじ登る。
「あら、姫さまを心配しているのですわ、わたくしは」
 ワイングラスを渡しながら侍女は言う。
「なんですの、あの男、ストーカーっぽくありません?」
「・・・・このようなこと、考えたくはないですけど」
 アレキサンドラがぽつりと言った。
「あの男はお義母さまによからぬ想いを抱いているのではありませんか?」
「かあさま、よからぬおもいってなぁに?」
 ハチミツ湯に口を付けながらチビウルヒが訊ねる。
「ジュダ、大人の話に口を出してはだめだよ」
 父親のジュダが注意すると、たちまち息子は半べそになった。
「・・・つまり、あの男はこの私に懸想しているってことだ」
 ナキアがぶっきらぼうにつぶやく。
「姫さま、それではよけいに分かりませんわ。殿下、あの男はナキアさまが好きなんです」
「「「えええっっ!?」」」
 親子三人の叫びが重なった。
「は・・母上をっ!?」
「素敵っ! 泉のそばでフォーリンラヴですわね!!」
「おばあちゃん! もてもてだねっ!」
 ナキアは憮然とワインをあおった。
「馬鹿馬鹿しい、あんな下賤なものに想われても迷惑なだけじゃ」
「でも姫さま、そうそう邪険に扱うものでもありませんわ」
 侍女は空のグラスにワインを注ぎながら、したり顔で頷いた。
「想いを寄せる者ほど忠誠心が強いかも知れないのですし、幸い頑強そうな男、下働きなりと使ってやっては?」
「下々の分際でこの私にそのような思いを抱くのが間違っている。私は先の皇太后だぞ? 今さら色恋沙汰など」
「あら、お義母さま、人を愛するのに身分の差などありませんわ」
 アレキサンドラはきっぱりと言った。
「あの男とて、身分違いなど分かっているでしょう?それをああやって近づくのはせめて一目姿なりと、一言声なりと耳にしたいと・・・」
 胸の前で手を組んでうっとりと語る妻を横目に、ジュダは真面目な顔でナキアの手を取った。
「母上、確かに母上は先の皇太后という貴い身分ではありますが、そのことで母上がこの先、心を殺して生きなくてはならないとご自分を縛りつけることはありません。
 もし、母上がこの先、心惹かれる男性に出会った場合は、ボクはいつだって母上を祝福するつもりです」
「なんだ、ジュダ? 私に再婚を勧めておるのか?」
「え、やだよっ!」
 チビウルヒが叫んだ。
「おばあちゃんが再婚したら、ボクのおばあちゃんじゃなくなっちゃうんでしょ?」
「おばあちゃんではなく、ナキアさまと言え」
 ナキアはチビウルヒを振り返ると睨み付けた。
「しかし安心しろ、私はたとえこの先ナイスなガイが現れて再婚することになっても、おまえとは遊んでやろう」
「わ〜〜い、ホント?」
 両手を上げて万歳するチビウルヒの頭を乱暴に撫でると、ナキアは肩をそびやかせて知事夫妻を眺めた。
「言っておくが、私は今のところ再婚する気など無い。だいたいなんだ、たかが私に懸想する男が現れたぐらいで大騒ぎするとは。私には昔から言い寄る男なんぞ星の数ほどいたのだぞ?」
「でも、お義母さま、あの人って結構若かったし、それに肩幅もあって力もありそうで、背も高いし、見た目は良かったですわ」
 アレキサンドラはちらりとジュダに視線を走らせると、赤くなって小声で付け足した。
「もちろん、ジュダ殿下ほどではありませんけど」
「えっ・・・いや、そんな」
 ジュダも頬を染めた。結婚して数年、子どもまでいるのに照れている夫婦だった。
「・・・と、とにかく母上、あの男もあのなりだと数日野宿をしていたようですし、一言声をかけてやれば気もすんで立ち去るのでは?」
「そうですわ、若者に美しい思い出を! 尊い美しい方に声をかけて頂いたという思い出は一生彼の胸に残りますとも!」
「なんだ、どうして私がボランティアをせねばならぬ?」
 言いながらもナキアはまんざら悪い気持ちではなさそうだった。


 城門の外にうずくまっていた男が衛兵に連れられてきたのは、ナキアの宮の前庭だった。
 張りだしたテラスの上に、椅子を置いて、ナキアはそこに腰を下ろした。テラスの奥の窓からは知事一家が興味津々で聞き耳を立てている。
「ナキアさまから御下問がある。そのほう、何故ナキアさまをつけ回す?」
 侍女の声が凛と響く。
 地面に平伏したまま、男は声を出した。
「初めてお目にかかったときに、この人だと思いました」
 まあ、とアレキサンドラが物陰で頬を染めた。
「オレ・・・わたしは、ナキアさまのお側にぜひ、置いていただきとうございます」
「結構大胆だな。それに母上より随分と年下だね」
 ジュダがささやく。
「側に置いて、なにをしようと言うのです?」
 侍女が冷たく訊ねる。ナキアは椅子の肘に寄りかかったまま無表情だ。
「わたしは・・・見ました!」
 男はがばりと顔をあげた。
「あなたさまが素晴らしい水芸を演じられているのを! どうかわたしを弟子にして下さい!」
 男はフトコロからぼろぼろの扇子を取りだした。
「はいっ!」
 かけ声と共に、その先からじょぼじょぼと水が流れ出た。
「この通り、わたしの芸は未熟です。親方も私には才能がないと・・・でもわたしは死にもの狂いであなたに学ぶつもりです。
わたしはオリエント一の芸人になって、親方にお嬢さんとの結婚を許してもらいたいのです!! 待ってて、お嬢さん!!」
 ナキアがすっくと立ち上がった。裾捌きも激しく、背を向けると言い捨てた。
「放り出せ!」
「お待ち下さい!」
 両腕を衛兵につかまれながら、男はなおも食い下がろうとした。
「どうか、わたしに芸を! わたしを男にしてやって下さい!!」


 足音も荒々しく通り過ぎて行くナキアを、壁に張りついて見送った知事夫妻はため息をついた。
「お義母さまが目当てじゃなかったんですねぇ」
「ある意味、純愛だったけど」
「やっぱり、おばあちゃんの水芸ってすごいんだ! ボクがんばって覚えよう!!」
「姫さま、お待ち下さい!」
 あとを追って走り込んできた侍女が、したり顔で頷いた。
「それにしても姫さまはショックだったでしょうね。ご自分がまだまだ現役だと思っていたのに、たんなるオブザーバーとしか見られていなかったって」
「おまえっ! 余計なこと、お言いでないよっ!!」
 遠くから飛来したナキアのサンダルが、侍女の頭に見事ヒットした。


                  おわり

    

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