ハットウサにて・・・まろ日記



 ハットウサの自宮にて、ハレブ知事にして現皇帝の兄君であらせられるロイス・テリピヌ殿下は出かける支度をされていた。
 本日は王宮でのごく内輪の宴だ。出席するのは正妃に側室、残念ながら赴任先に置いてきた子どもたちは連れて行きたくてもつれて行けない。
「ハットウサに遊びにいらっしゃってね」
と、皇妃は書簡を送ってこられた。
 一人っ子の皇太子を従兄弟たちと遊ばせたいと考えているのだろう。あれは弟帝に似て、聡明な皇子だと殿下は思う。
 その証拠に、抱き上げると、皇太子はいつも羨ましそうに殿下のおひげを引っぱるのだった。もしかしたら、自分の髭を生やしたいのかもしれない。
 しかし、今だ弟には髭が生えず、皇妃も毛深いたちではなさそうで、それは無理かも知れないと殿下は悲しく思った。



「イシュタル様はおぐしを伸ばされましたな」
 宴席でふと気づいて殿下は声をかけられる。
「そうなんです、はねて困ってしまって」
 美しく着飾った皇妃は、なぜか皇妃のための玉座には腰掛けずに、皇帝の膝の上にいた。
 まあ、ごく内輪の宴会だからそういうこともあるだろう。しかし、もし陛下が私にも同じ事をせよと望まれたら困ってしまうな、と殿下は思われた。
 なにしろ、妃は合わせて7人もいるのだ、一度には乗せきれない。
「これはすぐに髪を切りたがるから困っているんですよ」
 皇帝が鼻の下を伸ばして、皇妃の髪に指をからめる。
 以前、父皇帝の宴席でまだ側室だった皇妃に会った時には、髪は一つにまとめて上げられているだけだった。もちろん、その時でも充分に美しかったが、今豊かな艶のある黒髪を複雑に編み込んでいる姿にはえも言えぬ艶めかしさがある。
 同じ事を感じたのか、正妃が口にする。
「こう申してはなんですが、以前のイシュタル様はお美しいとは言ってもどちらかというとお可愛らしくていらっしゃたのが、髪を結い上げますとしっとりと落ち着いて人妻の色気を感じますわ」
「色気ですか?」
 皇帝は満足そうに皇妃の身体を撫で回した。
「姉上ほどの落ち着きがこれにも出てくると嬉しいのですが」
「どうせあたしはじゃじゃ馬ですよぅ」
 皇妃がつんと顔を背ける。その初々しい仕草に笑いが漏れる。
「おお、そうだ!」
 殿下はうなずかれた。
「では、私がことほいでひとつ詠みましょう」
「まあ、それは素晴らしいわ!」
 妃達が口々に褒めそやす。

−−−−−すめろきの くろかみもひげも ところづら
                      いやとこしえに さかえあるかな−−−−−

(皇帝陛下のおそばで、皇妃の黒髪も私の髭も 野に生える蔦のように 永遠に伸びて 栄えることでしょう)


「まあ、素晴らしい!」
 正妃は瞳を潤ませて言った。
「イシュタルさまのおぐしだけではなく、殿下のお髭もこの国に栄えをもたらすものなのですね」
「いや、すこし気負いすぎかな?」
 殿下は穏やかに微笑まれた。
「やはり兄上のご趣味は風雅ですね」
 皇帝は腕の中の皇妃を満足げに見た。皇妃は困った顔をする。
「でも、あたしってそういうの得意じゃなくて」
「恥ずかしがることはないさ。色気と同じように自然に身につく」
「では、次はわたくしが」
 正妃がゆっくりと詠じ始める。

−−−−−ぬばたまの くろかみおひげ おふるのは 
                         きみがみやいに ちとせほぐとぞ−−−−−

(漆黒の黒髪もお髭も長くなれと願うのは、皇帝陛下の王宮を千年栄えよと祈っているからなのです)



「おお、素晴らしいね」
 殿下は軽く拍手をされた。さぞや皇帝は満足されただろうと、視線を向けると、そこでは満足そうに皇妃に抱きついてしきりに口説いている皇帝の姿があった。
「ヤダって、カイル!」
「もっと色っぽくなりたいんだろう?」
 正妃が困ったように殿下にささやく。
「お気に召さなかったかしら?」
「いや、そういうことはないだろう・・・」
 殿下はためいきをつくとそっと詠まれた。


−−−−−こひすれば いかなひとにも あらむとも
                         いやとこしへに まどひぬるかな−−−−−

(恋は、盲目)



                              おわり

     

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