月光

               by yukiさん



 
イシュタルが昇る。
 いつか昇るのものとは思っていてもいっそ永遠に昇らなければと願っていた。
 それでも無情にもイシュタルは輝く。
 あれも今頃同じように見上げているのだろうか。
 それとも無心に眠っているのだろうか。
 もう二度と見ることの出来ない姿を思い描けばこぼれるような笑顔が目の裏に浮かぶ。
 指に絡めた黒髪はやわらかで、磨き上げられた黒曜石のような瞳にはわたしの姿が映しこまれる。
 力を入れれば壊してしまいそうなほど華奢な肢体はしなやかにたわみ折れることを知らない。
 目を開ければ忘れることなど出来ない肌のぬくもりが残っている。
 腕に抱いて眠っていた頃寝息に混じり親を求めるのを聞くと胸が痛み、必ず還してやろうと自分に誓ったのを思い出す。
 けれどそんな誓いも崩れそうになる。
 還った世界でおまえはどう過ごすのだろうかと考ればふつふつとどす黒い感情が沸き起こる。
 おまえはその微笑を誰に向ける?
 その唇で誰に愛を囁く?
 わたしの知らない世界でどんな表情を見せる?
 胸元から小さな書簡を取り出せば満ちゆく月の光にくっきりと翳が浮かび上がった。
 きっと初めて書いただろう書簡。
 刻み込まれたふたつの言葉。

『さようなら』

 そして

『愛しています』

 今も定期的に書簡は届けられるが無機質な文面で報告が書き連ねられているだけで、あれからの書簡が添えられることは無い。
 慣れぬ楔形文字で丁寧に書かれた文字。
 以前見た練習用の粘土板からは想像もつかないほど上達していた。
 一体いつから練習していたのだろう?
 日本に還るというのにどうして覚えたのだろう?
 わたしに想いを伝えたいからなのか?
 おまえが真実伝えたいのはどちらの言葉なのか、月の光に照らしても陽の光にかざしても浮かび上がらせることが出来ない。

 何故神はおまえを遣わせた?
 何故手離さなければならないのが分かっているのにこんなにも想いが募る?

 暁の中に姿を消していくイシュタルを眺めながらもう二度と昇らなければいいと願うのは罪なことなのだろうか?



                     
END

     

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