星空を見上げて

 
                         by 仁俊さん


「今日は一段と星がキレイね!」
「ああ、そうだな」
 王宮の中庭で夜空を見上げている小柄な后を抱きしめようと、背後から腕をのばす。
 けれども暑がりのユーリは、その私の腕を鬱陶しげに払いのけて距離をとった。
「もう、カイルったらすぐにくっつこうとするんだから!」
 少し怒ったような表情。
「イイじゃないか、夜は涼しい」
 そう、火の季節とはいえ、乾いたアナトリア高原の夜は日中の暑気も抜けて過ごしやすい・・・ハズだ。
「私にもお前と同じ星を見せてくれないか?」
 再度つかまえると、少しむずがりながらもユーリは大人しくなった。
 そうそう、そうこなくては!
 昼間はずっと遠ざけられていたのだから、な?
「天の川もすごくキレイ・・・七夕、今日にすれば良かったかなあ?」
 少し甘味を帯びた声。しっとりした肌の感触が心地よい。
 ここで涼やかな風のひと吹きもあれば・・・。



「カイル!」
 ハッとして振り返ると、コワイ顔をした母上がいた。
 ベッドの縁に腰掛けて寝室の窓から見える星を眺めているうちにボーっとして・・・
 どうやらボクは、またチカラを使ってしまっていたらしい。
 人前では使わないように気をつけているんだけどな。
「ごめんなさい、かあ様。ボク・・・」
 素直に謝ると、母上は困ったような顔をしてボクを許してくれた。
「無意識なら仕方ないわね。でも、今みたいなチカラの使い方は危険なのよ」
 他に人はいない。
 この国の第3皇子であるボクの部屋に無断で入ることができるのは父上と母上だけだ。
「今みたいな、って。ただ風を起こすのとは違うの?」
 やさしい腕に抱きすくめられながら、ボクは疑問を口にした。
 スッと体を離し、視線の高さを合わせて正面から向き合う。
 それで、母上は何か重要な事を告げようとしている、ということがボクにもわかった。
 ひとつ呼吸を整えてから、母は語りはじめる。
「大きく違うの。未来を視ることは、すごく危険なことなの」
 ・・・女の子が隣にいた。小さくて、やせっぽちの女の子。
「どうして?」
 ・・・父上も、母上も、ザナンザもいなかった。
「人は未来のすべてを視ることはできないの。中途半端に未来を覗き見て、目の前の不幸を避けようとばかりする人は、もっと不幸になるのよ」
 ・・・あれはボクの未来?
「わかんない。でも、コワイよ!」
 言い知れぬ恐怖に包まれた気がして、ボクは心底おびえていた、と思う。
「では、忘れてしまいなさい。わかるようになるまで」
 ポン、ポンとボクの背中を叩く母の手。
 そのリズムがやさしく心に響く。
「忘れる?」
 足元から這い上がってくる不安をなだめるように力強く、うなずく母の顔。
 まっすぐに見つめてくれる瞳が、たのもしく思える。
「そう、忘れるの。いつか思い出すまで。いい?」
「うん!」
 やわらかく微笑む母上の姿が、ボンヤリと滲んだ・・・。



「カイル?」
 怪訝そうな声に、ハッと我に返る。
「今の風、カイルだよね?」
 どうやら無意識のうちにチカラを使ってしまったらしい。
「子供の頃の悪いクセだ。母上には、よく叱られた」
「ヒンティ皇妃様に?」
 斜め下から見上げる瞳。
「そう、今ぐらいの風なら見逃してくれることもあったが・・・本当にキレイだな」
 大きく見開いた瞳の中に、銀河が映っている。
「何よ、話をそらして!それでも口説いているつもり?」
「そうだが?」
 笑いを含んだ声で答えると、ユーリがプッと吹き出した。
「もう!・・・いいから星をみよう、星!!!」
 今ならわかる。
 チカラの使い方の違いも、使ってはいけない理由も、すべて。
(感謝します、母上!)
 私は空を見上げた。




          (おしまい)

      

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