今夜あなたにワインをふりかけ



 ユーリが舞う。
 細く高い声で歌を口ずさみながら、肩で結ばれていたリボンをするすると解く。
 なめらかな布はたちまち肌の上をすべり落ちてゆく。
 鮮やかなピンクに染まった胸が露わになる。
 小さな手のひらが肌の上をすべっていき、腰のあたりにまつわる衣装にかけられる。
「ねえ?」
 トロンとした目つきで私を見る。
「・・・もっと、見たい?」



 もうすぐお昼時だな。
 私は開け放たれた窓の外にちらりと視線を向けるとそう思った。
 机の上に積み上げられた書類は順調に片付き、残されたモノもわずかだ。
 そう時間もかからずに仕事も終わり、昼時には後宮に出向いて家族で過ごすことも出来るだろう。ユーリは一足先に引き上げている。
 私はまた新たな書簡を引きよせる。
 地方都市からの要請文だ。地方庫の薬草が足りないので送って欲しいとのことだ。
「イル」
 私は顔を上げる。
 薬草を送るのはたやすいが、なぜ足りなくなったのかの報告が欲しい。
 疫病が流行り始めているのか・・・
 調査を命じようとして、私の耳が足音を捉える。
 かなり・・・急いでいるようだが・・・普段から走り慣れている者ではないな。乱れを感じる。
 何ごとかと問おうとして、大声が聞こえた。
「陛下にお目通りをっ!」
 私は思わず立ち上がった。声の主は、おそらく一生のうちで走ったことなど数えるぐらいしか無いのだろうと思われた男だった。
 衛兵が勢いよく扉を押し開いた。
「なにごとだ、侍従長?」
 かなり高齢の後宮侍従長は、衛兵に支えられながらほとんど息が止まりそうな勢いで呼吸を繰り返していた。
「も、申し上げます・・・皇后陛下が・・・」
 そこまで言うと、またヒューヒューと息を継ぐ。
「ユーリがどうしたっ!」
 私は思わず、老人の襟元を掴みあげた。
 乱暴だとは分かっていたが、この男が息を切らせて廊下を走る事態など、よほどのことだ。
「殿下方と・・・『かくれんぼ』をされていたのですが・・・足を踏み外され・・・」
 そこまで聞けば充分だった。私は息も絶え絶えの侍従長を、投げだすと、廊下に飛び出した。
 ユーリ、いったいどこから落ちた!?
 私の顔色はおそらく侍従長よりも蒼白だっただろう。



 後宮の正妃の間のまわりには人だかりが出来ていた。
「どけ!」
 女官達を押しのける。二、三人が押されたことに文句を言おうとして、私の顔を認めて目を丸くした。
「ユーリっ!」
 女性を手荒く扱うのには気がひけるが、この場合は仕方がない。
 戸口に張りついているのをなぎ払うようにして、入り口にたどり着く。
 ユーリ、どうか無事でいてくれ!
 祈る私の耳に、なぜか歌声が聞こえる・・・。
「ユーリさま、いけませんわ、さぁ」
「お召し物を・・・」
 何度も繰り返す三姉妹。
 そして、あの調子っぱずれの歌声はユーリだ。
 ・・・打ち所が悪かった?
 私は、思い切って扉を開いた。
 ユーリが舞っていた。
 ひらひらと布をたなびかせながら、くるりと回る。
 私に気づいたように、ふいに媚びた笑顔を浮かべる。
 細く高い声で歌を口ずさみながら、肩で結ばれていたリボンをするすると解く。
 なめらかな布はたちまち肌の上をすべり落ちてゆく。
 鮮やかなピンクに染まった胸が露わになる。
 小さな手のひらが肌の上をすべっていき、腰のあたりにまつわる衣装にかけられる。
「ねえ?」
 トロンとした目つきで私を見る。
「・・・もっと、見たい?」
 ああ、見たい・・・ではなく!
「ユーリさま、お願いです!」
 ハディが悲鳴に近い声を上げる。
「さ、お休みになって下さい」
 しかしユーリは勢いよく残った衣装も脱ぎ捨ててしまった。
 私はあわてて後ろ手に扉を閉めて、好奇心一杯のギャラリーの視線を断ち切った。
 全裸のユーリは顔も肌も、どこもかしこも真っ赤だった。
「ユーリさま、しばらくお休みになれば酔いもさめます」
 双子が慌てて拾った衣装を巻き付ける。
「やだぁ〜〜」
 なんとも色っぽい声でユーリは身をよじった。
「なにごとだ・・・」
 私は突っ立ったまま力無く訊ねた。
 この部屋に充満しているワインの香り・・・
「へ、陛下っ!」
 私が入ってきたのに気づいた三姉妹は叫ぶと、素早く平伏した。
 その手を離れたユーリは、ふたたび身体をくねらせてストリップを始めた。
「殿下方と『かくれんぼ』をなさっている時に」
「落ちたのは・・・ワイン壺の中か?」
 またしても一糸まとわぬ姿になって扇情的に腰をくねらせているユーリを眺めながら、私は訊ねた。
「はい、すぐにお助けしたのですが、ずいぶんと召されたようで・・・」
「身体に・・・別状はないのだな?」
 ざっと見たところ、ケガなどないようだ。・・・・おっと、あんなところに私の付けた痕があるぞ。
 三姉妹が恐縮している前で、私は普段見ないユーリの姿に見とれた。
 たまには・・・酔わせるのもいいか。
 ほら、あんなポーズ、頼んだってしてくれそうにない。
 ユーリはワインが苦手だと言って、いつもカップに口をつける程度なのだ。
 これからは、口移しでたっぷり流し込もう。
 私は今後の楽しみを思うと、自然に顔がゆるんだ。
 しかし、こいつに露出癖があったとは。
 そこまで考えて、ふと思い当たる。
 ワイン壺は貯蔵庫にあるんじゃなかったか?
 まさか、ここに連れ戻されるまでにも、脱いだりしていたんじゃないだろうな?
 そういえば、あの侍従長の慌てふためき方は・・・
 私はそれを考えただけで不愉快になった。
 ユーリの肌を、しかもこんなに色っぽい姿を他の男が目にする、だと?
「もうよい」
 声がよっぽど不機嫌だったのだろう、三姉妹の肩がびくりと震えた。
「ユーリは私が休ませる」
 言うと、まだ踊っているユーリのそばに近づいた。
「ユーリ」
「うふん」
 うふん、じゃない! 可愛すぎるじゃないか!!
 私は真っ赤に上気した身体を腕の中に納めた。
 ワインの香気が立ちのぼる。
「さあ、一緒に寝所に行こう」
 言っておくが、スケベ心からではないぞ?
「やだぁ」
 ユーリは頭を振った。
「やだもん」
 そして、からだをくねらせる。つんと突き出した胸がふるふると震える。
「やぁ、なのぉ」
 私の腕に手をかけると、艶やかな唇をつきだした。
 ・・・限界だ。
「さ、ユーリ、一緒に行くんだ!」
 言うなり逃げられないように身体を抱き上げる。
 嫌がって身体をよじるのを肩の上に担いだ。
 さあ、抵抗は封じたぞ!
 たとえ相手が三姉妹とはいえ、これ以上こんな姿を他の者の目に触れさせるんじゃない!
 こんな姿を目にしていいのは私だけだ!
「やだぁ・・・おろしてぇ・・・ぐふぅ」
 ユーリはうめき、そして・・・なにか・・・
「きゃあ!? ユーリさまっ!!」
「陛下、息が詰まってしまいますわっ!!」
 三姉妹が叫ぶ。私は背中に広がるなま暖かさに、嫌なものを感じた。
 いや、正しくは、肩から背中にかけてぶちまけられたものに、だ。
 ほぼワインだとは思うが、しかし。
「ユーリさま、全部出してしまえば楽になりますわ」
「さ、どうぞこちらに!」
 しゃがみ込んでげえげえ言うユーリの背中を必死でさすっている三姉妹を見下ろしながら、やはり無理矢理に飲ませるのはやめておこうと思う私だった。

 ああ、背中が気持ち悪い。


                おわり

     

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