これは、天河とはまったく関わりのないほぼオリジナルです。ナキアさまおよび「嵐」あるいはひねもすさんのファンの方には不快感を与えるかも知れません。そのような方は読まないことをお勧めします。
ナッキー☆ヒネモスファイト
せまくるしい自室で、侍女が一人悲嘆にくれていた。
侍女の名前は、ヒネモス・ヒネスモ。紀元前1375年バビロニア生まれの15歳。気だての良い縫い物上手。幸か不幸か、バビロニアの名家に生まれた彼女は、ナキアの乳兄弟(乳姉妹?)兼侍女として、遠く離れたヒッタイトまでついてくるハメになっていた。 その彼女が、自室で何かを手に、悲嘆にくれている。
「ごめんね、桜井くん・・」
手にしているのは、アイドルグループ「嵐」のメンバー、桜井翔くんの応援うちわ。彼女は桜井くんのファンだった。もちろん、コンサートには一度も行ったことがないが、友人に頼んで買ってきてもらったものだ。
辛いとき、苦しいとき、泣きたいとき。ヒネモスはうちわをそっと出して語りかける。
そうすれば、いつも桜井くんが「負けるな!」と笑いかけてくれた。時々は、歌って踊ってもくれた。
桜井くんのことは、本当に好き。アイドルに対する憧れじゃないと、信じていた。
だけど、今日その自信が揺らいだ。
「桜井くん、ヒネモスを許してくれる?」
桜井くんはぺったりとうちわに張りついたまま爽やかな笑顔を浮かべていた。
今日はハットウサの第二神殿前で市が立った。食べ物や装飾品を売る第一神殿前の市とは違って、こちらの市はかなり珍しいモノが売っている。薬草や、生薬などだ。なにに使うのか分からない怪しげな動物の檻が並んでいる。
ヒネモスはフードをかぶって、その中を一人歩いていた。
カエルをぶら下げた商人が話しかけてくるが、慌てて進む。
本当は、こんな所へは来たくなかった。
けれど、ナキアさまの命令だ。買ってくるもののリストを握りしめて、蛇の檻や吊されたトカゲの干物の間を見まわす。
「クマの胆・・・イモリの黒焼き・・」
首尾良く買い付ければ、それを抱えて帰らなければならない。後宮に届けさせることは出来るだろうが、目立たないようにというのが厳命だ。
最近のナキアさまは、みょうな薬品調合に凝っている。健胃剤はなかなか評判がいいので、得意になってさらにいろいろなモノに手を出そうとする。
昨日、後宮の侍従長に飲ませていたのは、タツノオトシゴから作った薬だった。ヒネモスにはよく分からないが、自信のない男性に効く薬なんだそうな。
ナキアさまは小金をためるのに命をかけておられる。
ヒネモスはため息をついた。
だいたい、実家のバビロニア王家がもう少し羽振りが良ければ、ナキアさまだって大手が振れるのに。
新米の側室に後宮予算の割り当ては少ない。宴会に着る衣装や宝石は、皇帝の目を引くためにも力を入れなければならない。
高貴なバビロニアの血を誇りに思っているナキア王女は、今ではせこい小商人に成り下がってしまわれた。
後宮女官の縫い物仕事を請け負って、ヒネモスに押しつけるのはまだいい。
困ったのはみょうな薬物実験に手を出して、おまけにそれの実験台になれという。
絶対いやだった。
効くのは確かかも知れない。けれど、ヒネモスはその材料を知っていた。
いまや、「バビロン印(ナキアの登録商標)の美白クリーム」は主力商品だが、それを顔に塗りたくっている貴婦人方はその材料が「馬のいばり」であることを知らない。
控えめな言い方をしてしまった。「いばり」がなにかは辞書で調べて欲しい。
とにかく、ヒネモスは怪しげな市場を心沈ませながら歩いていた。
「娘さん、熊の胆をお求めかい?」
声が大きかったのか、一人の商人が話しかけてくる。
「あ、はい。新鮮なのを・・」
振り返ったヒネモスの前に、巨大な熊が横たわっていた。
まさか・・。
「よしきた、とれたてだよ!!」
商人は言うと、威勢良く熊の腹にナイフを突き立てた。
どばっ!!
くらっ!!
血が飛び出すのと、ヒネモスが目を回すのは同時だった。
いくらなんでも、年頃の娘の前で・・。
「おっと、大丈夫かい?」
大きな手がヒネモスの身体を支えた。その手が暖かいと感じたのは、貧血を起こしたせいか?
「お嬢ちゃん?」
心配そうな顔が、大好きな桜井くんに似ていると思ったのは、もうすでにヒネモスが落ちていたからだった。
恋に。
「あ・・?」
目をぱちくりとさせたヒネモスの顔を見て、若者は商人に言った。
「こんなかわいいお嬢ちゃんの前でそれはないだろ、おやっさん」
「いや、すまないね、新鮮なところを見せたくって・・」
若者の顔にはそばかすがあって、おまけに金髪で目の色は茶色だったけど、ヒネモスには桜井くんの生き霊が現れたかのように思われた。
ああ、なんてそっくり!!
うっとりと見上げるヒネモスに、商人が布で包んだ熊の胆を差し出した。
「はいよ、娘さん」
交渉もせずに言い値を払いながら、ヒネモスは「桜井くん」の顔を見つめ続けた。
「ありがとうございます」
「え?オレはなにもしてないけど・・」
「いいえ!」
血のにじむ包みを胸元に抱えながらヒネモスはかぶりを振った。
「なんてお礼を言ったらいいのか・・」
「だから、なにもしてないから、礼なんていいって」
「これからあなたのことを『桜井くん』って呼んでいいですか?」
「はあ?」
ヒネモスは、我ながらなんて大胆なコトを言っているのだろうと、頬を赤らめた。
「ありがとう、『桜井くん』!!」
「いや、オレはそんな名前じゃないって・・」
血塗れの手を伸ばして、ヒネモスは神殿裏の丘を指した。
「じゃあ、明日昼にあの丘の上で!!」
「へぇっ!?」
相手の返事を待たずにヒネモスは身を翻した。
「さようなら、『桜井くん』!!」
最初からなにもかも知らせるのは良くない。恋の駆け引きは、謎めいた印象を与えた方が勝ちだった。
素早く計算するヒネモスは、すでに恋を知った「女」だった。
「・・・なんだ、ありゃあ・・」
「結構な身分のお方のようだがね?さっぱり分からんわ」
若者と商人が、人混みに紛れて行く背中を見送っていた。
後宮の自室に引き上げてから、ヒネモスは泣いた。
返ってきてナキアに「言い値を払うなんて馬鹿じゃないの!?三分の一まで値切るのがバビロニア王女の侍女の務めでしょ!?」とぶたれたのが悲しかったからではない。
過ぎる青春のほろ苦さが切なかったのだ。
「ごめんね、桜井くん。女はね、遠くの思い出よりそばにいてくれる人を選ぶものなの・・」
うちわの桜井くんは、爽やかな笑顔を崩さなかった。
いいよ、ヒネモス。そばにいてやれなかったオレが悪いんだ・・
その笑顔はそう言っているような気がした。
ヒネモスは涙をぬぐった。
「うん、桜井くん。わたし『桜井くん』と幸せになるね」
今までどうもありがとう。
つぶやいたヒネモスの後ろで、扉がたわんだ。
「ヒネモスッ!!お前、侍女のくせに伺候しないなんてどんなつもりっ!?」
ナキアが、ふた蹴りめで扉を破壊した。
さっと、隠したつもりだったが、やはり見られた。
「お前、いま何を隠したの?」
「か、隠してません・・」
声が震えた。
「これから調合をするというのに手伝いもせず・・およこしっ!」
ナキアのスピードに勝つのは、どだい無理な話だった。なにしろ、河を遡上する鮭を素手でつかみあげる人間が相手だ。
桜井くんの爽やかうちわは、ナキアの手の中にあった。
「あら・・これは・・」
しげしげとナキアが、うちわを眺めた。
ヒネモスは身を縮めた。
「お前・・桜井のファンなの?」
衝撃だった。ナキアが「嵐」のメンバーを知っているなんて・・。
「お前は趣味が悪いわねえ」
馬鹿にしたような声に、ヒネモスはきっと顔をあげた。
「では、ナキアさまは誰がお好きなんです?」
「ふん、私か?そうだな・・「嵐」では・・大野かな」
大野くん!?
一番ナキアに似合いそうにない(他の誰でも似合わないだろうが)メンバーだった。
「ど、どうしてです?」
ヒネモスの声が上ずったのは仕方がなかった。なにか、よこしまな想いが隠されているように感じたからだ。
「きまっておろう?あいつなら、パシリに使えそうだからな!」
案の定よこしまなことを口にしながら、ナキアはせせら笑った。
手の中のうちわを床にたたきつけると、足で踏みにじる。
「お前、くだらないことをしている暇があったら、薬を作るのを手伝うのよ」
言うと、壊れた扉の残骸を踏み越えた。
「さっさとおいで!!」
言い捨てて去るナキアの声を聞きながら、ヒネモスは呆然とうちわを拾い上げた。
顔の真ん中のあたりがこすれて破けていた。
「桜井くん・・」
なんて酷いことを。
ナキアさまは間違っている。
「大野くんは・・パシリにはならないわ。あんパン買いに行かせたって、ジャムパン買ってきそうだもの・・」
つぶやきながら、そっと桜井くんの顔を撫でた。
運命は、過去の男の面影を捨てろというのだろうか?
きっと、そうだった。
「私・・『桜井くん』とこれからは一緒に生きていくわ・・」
決意が、浮かんだ。
翌日、丘の上に『桜井くん』は来なかった。
さらに翌日、バビロニアにあてて書簡が送られた。
ヒネモスが友人に、再度うちわを買ってきて欲しいと依頼する文章だったらしい。
おわり
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