千代子さん、奥座敷にて2200番のキリ番げっとのリクエスト。「大奥版、天河」。資料を見ると言っておきながら、なにも調べなかった手抜き作です。


大奥からの逃亡。



「これ、顔をあげなさい」
 そう言われて、ユーリはおずおずと顔をあげた。
 目の前には、口を利くことなどかなわないと思っていた、御年寄(大奥の総元締め。女官長のようなもの)ハディの局がいる。
「・・・御年寄さま・・」
「その呼び方はやめなさい」
 ぴくりとハディの局のこめかみが痙攣したが、そのまま続ける。
「ユーリの中臈、あなたは確か商家の出身だとか」
「はい、日本橋の八百屋です」
 行儀見習いに大奥に出仕しているユーリの実家は、日本橋一、いや江戸一の大店だった。 実家が裕福なために、武家の出身ではないが、身分は御年寄につぐ中臈だった。
「では、名誉なことです、あなたは上様に召されました」
「・・へ?」
 一瞬なんのことか分からず、ユーリは口を開けた。
 上様というのは、八代将軍カイル・ムルシリだ。若くて実力があって美形なので人気者だが、女にだらしないと評判だった。
「・・・口をとじなさい」
 言われたとおりにユーリは口を閉じた。
 召される、の意味は分かっていた。
 どうして、あたしが??
「よく分かってはいないようですね?あなたは御台さまに仕える立場、昨日御台さまのもとに上様がおいでに折りに、お目にとまったのです」
「お目にって・・一度だけ、厠の前で・・」
 昨日のユーリの仕事は、手水番だった。将軍がトイレから出てきたときに手に柄杓で水をかける役である。
「そう、身も心もさっぱりされた上様はあなたがお気に召したのです」
 そんなめちゃくちゃな。
「あの、私お手つきになるんでしょうか?」
 花嫁修業のために大奥に来たのに、これではお嫁に行けなくなってしまう。
「そうです。名誉なことです」
 全然名誉ではなかった。大奥にはお手つき中臈がいっぱいいる。将軍は女にだらしがないのだった。
 これは、やばい。
 ユーリは思った。今晩のうちに逃げてしまわなければ。宿下がりをした後に「縁談が決まった」とでも言えばいいだろう。
「はい、それでお召しはいつ?」
「今夜です」
 なんですって!?では、すぐに逃げないと。
「あ、では・・」
 腰を浮かしかけたユーリの両腕をむんずとつかむ者があった。
 見れば、将軍付きの中臈が、両脇にとりついている。
「・・・リュイの局さま、シャラの局さま・・」
 珍しくも双子の中臈が、にっこりと微笑んだ。
「「大丈夫、お支度は私たちにまかせて!!」」
 同じ顔で、同じ声で、同じトーンで二人は言った。
 まかせたくない。
 でも、離れない。
 たらりと汗を流すユーリに、ハディの局が微笑みかける。
「あなたは商家の出だから、作法が分からないことがあるでしょう。私たちが支度をしてあげましょう」
 いりません。
 言いたかったが、言えなかった。相手は武家だ。無礼者と切り捨てられるかも知れない。
 有無を言わさず湯殿に引きずられながら、ユーリは声にならない悲鳴を上げた。


「良いですか、寝所では一言も発してはいけません。それが作法です」
「・・・」
 髪を櫛けずられながら、ユーリはうんざりとうなずく。
 さっきから何度も風呂に浸けられ、全身擦りあげられたので気力が萎えていた。
「それを確かめるためにも、寝所の外には宿直の中臈が控えています」
 それは、つまり、ふすま一枚隔てた場所に、一晩誰かがいるということなのか?
「さらに、次の間にも寝ずの番がおります」
 次の間って、すだれ(御簾のこと)一枚向こうにか??
「夜具を並べて添い伏しもおりますから、声をだすなどと・・」
「ちょ・・っと、いったい何人まわりにいるの!?」
 思わず訊ねてしまった。
 ハディは、話を中断させられたので、露骨にいやな顔をした。
「・・五人です」
 それでも、上様の寵愛を受けるかも知れないユーリに対して、一応は答える。
「・・・・・・五人・・・」
 いやだった。なにがなんでもイヤだった。
 好き者の上様の相手もイヤだが、衆目の中でそんなことをするのがさらにイヤだった。 逃げるしかない。
 お店はお取りつぶしになるかも知れないが、逃げるしかない。
 おとっつあん、おっかさん、ごめんなさい。
 ユーリは日本橋あたりにむけて手を合わせた。
「ユーリの中臈?」
 ハディが不思議そうにユーリの拝むあたりを見上げる。
「何を拝んでいるのです?」
 決意を知られてはならない。
「今晩のことを感謝しているのですわ」
 ユーリはわざとらしく微笑みつつ、作戦を練った。
 寝所に向かう途中の渡り廊下から、闇に飛び込む。
 あるいは、寝所に入る寸前に武器の所持を調べるために小部屋で衣類改めをする、その時に。
 いっそ、寝所に入ってからの方が良いかも知れない。
 ユーリは動きやすい小袖一枚、ほかの女中は動きづらい打ち掛け姿。
 寝所に男は近寄れないはずだから、迫り来る(?)将軍さえかわせば、逃げられるはずだった。
 町内一の俊足と呼ばれた脚が、こんな時に役に立つなんて。
 膝の上で拳を握りしめながら、ユーリは奥歯を噛みしめた。



「どうぞ、こちらに・・」
 ふすまが背後で閉まった。寝所にはいくつもの灯火が点されていたとはいえ、だだぴろく薄暗い。遠くに、絹の夜具らしきものが敷きのべられているのが見えた。
「よく参った」
 声がしたような気がした、がその時ユーリは駆けだしていた。
 部屋を斜めに横切ると、ふすまに体当たりを喰らわせる。叫び声がしたが構わなかった。 小石の敷き詰められた中庭に飛び降りると裸足で突っ切る。
 座敷に駆け登り、廊下を疾走し、長局(宿舎)に飛び込むと、わずかの私物を抱えて勘定口に走った。
 大奥の侵入は難しいが、脱出はそうでもない。
 下着一枚に近い小袖姿で、塀をよじ登り乗り越えると、掘に身を躍らせた。



「・・・で、逃げて来たんだな?」
 父親である大店の旦那は言った。
「うん」
 泥だらけで髪もほつれて破けた着物が半裸に近い格好で、ユーリは得意げにうなずいた。
「・・・お前は・・大奥に行儀見習いに上げれば少しはおしとやかになるかと思っていたのに・・」
 父親の目には涙が浮かんでいた。
「このままでは、我々はお取りつぶしどころか、さらし首だ・・」
 呻く旦那の後ろで、一人の男が膝を進めた。
「旦那、あっしに一肌脱がせてくだせえ」
 ものすごい格好で町をさまよっていたユーリを、この店のお嬢さんだと見抜いて連れてきた火消しの親方だった。
「一肌って、どう脱ぐね?」
「幸いお嬢さんの姿は誰にも見られてねえ、このままあっしがお嬢さんを預かりやす。
旦那は城中からの御下問には知らぬ存ぜぬで通してくだせえ」
 ユーリがいなくなったのはあずかり知らぬことと、しらをきり通せと言うのか。
 突然消えてしまった娘は、神隠しにあったことにでもするのだろうか。
「・・・上手くいくかな?」
「お嬢さんさえ見つからなければ」
 旦那は深いため息をついた。上手い手とも思えないが、他に方法はなかった。
「・・・たのんだぞ、ほ組の親方・・」



「あたしね、まといって持ってみたかったの!!」
 言いながらユーリがまといを持ち上げる。かなり重い。
「おっと、お嬢・・いや、おユーリちゃん、あぶねえ」
「大丈夫だって!!」
 すっかり町娘の身なりに身を包んだユーリが、けらけらと笑って、大の男でも苦労するまといを振り回そうとした。
 持ち上げるのは何とかなるが、やはり振り回すとなると上手く行かない。
「きゃあ!!」
 案の定ふらついて倒れ込む。
「うわっ!!」
 まといが倒れたさきで声が上がった。
「おユーリちゃん!!」
 火消し達が駆け寄る。
 助け起こされたユーリは青ざめた。
「ご、ごめんなさい、あたし火消しの命のまといを地面に落としちゃった・・」
「いや、落ちてないね、受け止めた」
 まといが勝手に立ち上がった・・と見せかけて、その後ろから、男が姿をあらわす。
 重いまといを片手で支えて。
「・・ありがとう、お侍さん・・」
 男の腰の刀を見て、ユーリがつぶやいた。どこかで見たような顔だと思ったのは、気のせいか?
「ありがとよ、あんた見かけない顔だな、誰だい?」
 親方がまといを受け取りながら訊ねる。
「私は、旗本の三男坊で、ムルシリ田カイル之進だ。よろしくな」
 とってつけたような名前で、男はユーリに微笑んだ。


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