さよならを言う気もない



 最後にキスをした。
「なにすんの!?」
 返ってきたのは、心地よい拒絶。
「餞別にもらっておく」
 軽くかわして指を立てる。本当はかっさらって行きたいんだがな。
「ラムセス!!元気でね!!」
 だから、かけられた言葉をおまえの未練だと思っていいか?
 片手を上げて背中を向ける。
 あばよ。
 心の中で別れを告げる。
 どうだ、この引き際・・・・惚れ直したか?



 遠ざかってゆくラムセスの後ろ姿を、ユーリは一抹の寂しさを感じながら見送った。
 もう、逢えない。
 思えば、出会ってからいろいろな事がありすぎたのだけど。
 攫われたこと数回、暴行されかけたこと数回、命を助けられたこと数回。
「将軍は、もうお帰りですか?」
 いつの間にか、かたわらには三姉妹がいた。
「あ、うん・・・このままエジプトに帰るんだって」
「あら、宴席にも出ずにですか?」
「みんな残念がりますわ」
 双子の言葉に、ユーリは怪訝な顔をした。
「みんなって誰のこと?」
「女官たちですわ」
 シャラが答える。
「だって」
 リュイは肩をすくめた。
「ラムセス将軍って、ハットウサに駐留していたころはけっこうマメだったでしょう?」
 そういえば、頻繁に宮に出入りしていたとユーリは思い出す。
「もちろん、王宮にもしっかり顔見せしていて」
「女官達の人気も高かったんですよ」
 なるほど、とユーリはうなずく。
 彼なら、摂政を務めていたカイルのみならず、他の役人達にもぬかりなく取り入ってそうだ。
 そういえば、宮にやってくる時も手みやげを周囲の者に忘れなかった。
「三姉妹も、最初はファンだったんだよねぇ」
 ユーリの渋面とは逆に、歓迎されていたのを思い出す。
「あら、そうでしたっけ?」
 澄ました顔で双子は首をかしげて見せた。
「私たちは、ねえ?」
「ええ、騒いでいたのは姉さん」
 しゃあしゃあと言ってのけるのは、すでに過去のどうでもいい男だからか。
「なに、言ってるのよ!」
 ハディは顔を赤らめた。
「あんたたちだって騒いでたじゃないの、格好いいって」
「あら、でも一番大騒ぎしていたのってねえ?」
「そうそう」
 双子の含み笑いにユーリも吹き出す。
 慌てふためくハディがおかしかった。
「知らなかったよ、ハディってラムセスみたいのがタイプなんだ」
「だれがあんな無礼な男!」
 ハディは吐き捨てるように言った。数々のユーリの危機を思い出したのだろう、顔をゆがめる。
「たしかに、最初はそりゃ、見た目はいいなと思いましたけどね、それだけですわ」
「見た目ねえ?」
 まだ見えるラムセスの背中に目をやりながら、ユーリはうなずく。
 もろもろの確執からの偏見を取り除けば、それは認めざるを得ない。
「そうだね、タッパもあるし、肩幅もあるし」
 エジプト王宮じゃ、随分と若い娘達の羨望の視線を受けた。
「それに、適度に引き締まっているでしょう?」
 ハディは遠くのラムセスの背中を指した。
「今は革鎧をつけているから見えませんけど、背筋の発達がいいんです。
背骨に沿ってくぼみができるのがいいんですよね」
「それに二の腕もよくありません?」
「そうそう、上腕二頭筋と三頭筋が良い具合に張っていて」
 リュイとシャラも勢い込む。
「腕を上げた時に、きゅっと締まる感じがいいんですよね」
「腹筋もちゃんと6つに割れてるし。全体に筋肉質で」
「だけど、ずんぐりむっくりでもなくて」
「ハットウサに来た頃はわりと露出の多い服装だから目の保養でしたわ」
 思わず熱のこもる言葉に、ユーリはおかしくなった。
「なんなの、三姉妹は筋肉フェチなの?」
「フェチだなんて」
「ちょっとこだわりがあるだけですわ」
 言うと三姉妹は、広間からはひたすら直線のために、なおも視界に入るラムセスを親指と人差し指で四角に囲って眺めた。
「う〜ん、でも将軍は完全に及第点ってわけじゃないんですよ」
「まだ、大事な部分がチェック出来てませんもの」
「大事な部分って?」
 ユーリの言葉に、ハディは真剣な顔で声を潜めた。
「尻、です」
「・・・しり?」
「ええ」
 きっぱりうなずくと、三姉妹は大まじめに語った。
「男の(身体の)真価は尻に現れますの。でろんと下がった尻はNGです」
「ええ、形はほぼ正方形できゅっと両脇にくぼみが入っていないと」
「しかも、ニキビやあばたがあるのもダメです。肥満線なんて問題外!」
 まなじりを吊り上げ、拳を握りしめる三姉妹の迫力に、ユーリも思わず真顔になった。
「そうか、ラムセスって腰巻きは外さないから、チェックしようがないもんね」
「ええ、まったく残念ですわ」
 あいも変わらず、ラムセスの後ろ姿が見える。
 言われてみれば、チェックを怠っていたことが心残りな気がして、ユーリはそれを眺めた。



 どれぐらい歩いただろう。本当はひらりと馬に飛び乗って颯爽と発ちたかった。
 だが、ビブロス王宮は城内乗馬禁止である。
 正門までの長い道のりを、ラムセスはひたすら歩く。
 余裕たっぷりに、同じスピードで。
 先ほどから、背中に痛いぐらいの視線を感じる。
 ユーリのやつ、随分と思い入れたっぷりに見つめてやがるぜ。
 いま振り返ったら、落とせるだろうか?
 よせよ、男は引き際が肝心だぜ。


 ニヒルに笑うラムセスは、自分の尻が品定めされていることを知らない。


                  おわり

     

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