酒場でDABADA



 落ちつきなく室内を歩き回っていた私の元にその報がもたらされたのは、夜が深くなった頃だった。
「見つかったか?すぐにここへ」
 勢い込む私の前で、その近衛兵はひたすら身体を強張らせていた。
「どうした?陛下は早くと言っておいでだ」
 キックリが叱責する。
「はい、しかし・・・」
 口ごもる彼の様子に、私は不安になる。
「どうした?なにかあったのか?」
 ユーリに。とたんに、私は息苦しさを覚える。
 だから、あれほど言ったのに。怪我でもしたのだろうか。
「申し訳ありませんっ!!」
 近衛兵は言うと、平伏した。
「お連れしようとは思ったのですが、ずいぶんと召されていて」
「召されて?」
 召されたって、なんだ?・・・・酒か?
 たらりと冷や汗が流れた。
 今日は、近衛隊を除隊して故郷に帰るという小隊長のために送別会を開くとユーリは言っていた。
 あまりかたいことを言って煙たがられてもいけないので、二次会までなら参加しても良いと許可を与えたのだが、それが・・・。
 いや、宴会に酒はつきものだ。それは分かっている。
 だが、ユーリはつき合い程度に口を付けることはあっても、あまり自分からは飲まない方だ。
 なぜなら・・・乱れるから。
「まさか・・・見たんじゃないだろうなっ!?」
「お止めしたんですがっ!!」
 裏返った声で叫ぶと、近衛兵は床に頭を擦りつけた。
 私は目の前が真っ暗になった。
 二人っきりでいるときには全く困らない(むしろ喜ばしい)が、大勢の前だと非常に困るユーリの酒癖は「脱ぐ」ことである。
「どれぐらい脱いだんだっ!?全部かっ!?」
 彼が入ってきた時にかろうじて腰を落ち着けた椅子をけっ飛ばして私は叫んだ。
 ここまで身体を低くしていなければ、胸ぐらを掴んでいたことだろう。
 居並ぶ近衛隊員の前で、ユーリがあのかわいい胸や細い腰や、そのほかもろもろをむき出しにしている様子が目の前に浮かぶ。
 もしかしたら、テーブルの上に登って身体をくねらせているかもしれない。
 やはり酔っぱらった隊員達がやんやと喝采して・・・
 なんということだ!!
 私だってそうそうは明るいところではお目にかかれないものなんだぞっ!?
「ま、まさか、脚を開いたりは・・・」
「陛下っ!」
 いつの間にかキックリが後ろから羽交い締めにしている。
 私は近衛兵を激しく揺さぶっていたらしい。
「イ・・イシュタルさまはっ!」
 がくがくと揺れながら、近衛兵はかろうじて言った。
「からんでおられます!」
「かっ・・・!?」
 真っ暗な視界が、こんどは真っ赤になった。
 からむ・・・私のユーリが他の男と絡み合う・・・。
「しょ、小隊長の髭がおかしいとっ・・・それに店主の持ってきたビールが泡ばかりだとっ!あと、私の酒を断るのか、とっ!」
 ・・・・泡?
「陛下、どうぞ落ち着いて!」
 キックリがささやき、私は近衛兵の肩からかろうじて手を離した。
 泡ばかりとは・・・どういう意味だ?
「つまり・・・イシュタル様は・・・くだをまいておられるってわけだな?」
「はっ!」
 キックリの言葉に、ようやく我にかえる。
 くだをまくとは、つまり「からみ酒」か?
 脱いでいるわけではないのか?
「返杯を断ることもお許しにならず・・・すでに酔いつぶれる者が続出で」
 苦悩に満ちた声で近衛兵は言った。
 憧れのイシュタルが酒乱だと知ったのだから、彼の受けた衝撃はどれほどのものだろう。
 もしかしたら、近日中にまたしても送別会を開くことになるかも。
「・・・どちらの酒場だ?」
 私は喉から声を押し出した。
 とりあえず、脱いでいないのならいい。
 けれど、からんでばかりの酒乱上司も近衛隊の志気に影響する。
 近衛兵が告げた店は、兵士がよく利用するところだった。



 酒臭い。
 私は顔をしかめる。近づいただけで安物のビールが匂ってくる。
 夜も更けたというのに、そこだけ明るい酒場の入り口で、大男がのびている。
 その時、聞き覚えのある声が、回らぬ呂律で響いた。
「あんだよぉ〜聞いてんのぉ!!」
「酔われてますね」
 誰にでも分かることを、キックリが押し殺した声で言う。
「あたしはねぇ、なにも無理にとわぁ、言ってないのよぅ〜聞いてんのぉ?」
 ぼそぼそと何ごとかこたえる男の声がする。
 とたんに、皿の割れる音が響いた。
「聞いてないっっ!!」
「いくぞ」
 私は短くキックリに言うと、酒場に踏み込んだ。
 中はかなり広いはずなのに、蹴倒された椅子や、飲みつぶれた男たちで足の踏み場もなかった。
 中央のカウンターの上に、どっかりと腰を下ろしたのはユーリだ。
 そのまわりの床には、数人の男達が、酔っぱらいの赤ら顔ながら神妙な表情で正座していた。
 説教聞きます体勢とでも言うのだろうか?
「人の話はちゃんと聞きなさいよぅ!」
 ユーリは片手に持った酒瓶をぐいと引きよせた。
 直接口を付けてあおると、袖で口元を拭った。
「いい?ここんとこ、大切なのよぉ〜近衛隊ってのはねぇ、皇帝陛下のぉ」
「ユーリ」
 私は出来るだけ穏やかに声をかける。
 酔ってはいても、私のことを気に掛けていてくれるのかと、ほんの少し目頭が熱くなった。
「あっ、陛下だっ!」
 顔を上げたユーリは、ひらひらと手のひらを振った。
「こうてぇへいかのお出ましぃ〜」
「ユーリ、帰ろう」
 私は男たちを押しのけ押しのけしながらカウンターに近づいた。
 むっと酒臭い身体を抱き寄せようと手を伸ばす。
 ユーリはけらけらと笑いながら身体をそらせた。
「帰ってぇ〜なにすんのぉ?ああ、あれ?」
 あれとはなんだ、あれとは?
 しかし、ユーリはふらつく足でカウンターの上に立ち上がった。
「あのねぇ。陛下ってばね、すっごくスケベなんだよぉ。いっつもこんなこと・・・」
 止めるひまさえなかった。
 はじき飛ばされた肩のブローチがきらきらと軌跡を見せた瞬間に、ユーリの上体を覆っていた布がはらりと落ちた。
 私の目前で、赤く染まった丸い二つのふくらみが揺れた。
「ユーリっ!!」
 とっさに隠そうと抱き寄せた。勢いよく倒れ込んできた身体が、がくんと揺れる。
「うぐっ」
 ユーリが呻く。すでに嫌な予感は的中していたが、胸元から腹にかけて広がる暖かさを無視して、マントでその身体を包み込み。
 ちらりと伺えば、近衛隊と、とばっちりを食ったのだろう酔客はぼんやりとユーリが立っていたはずの場所を眺めていた。
 ほんの一瞬だったから、よく見えなかったと思いたい。
「忘れろ」
 きっぱりと言う。
「あのぅ」
 どんよりとした目つきの男が、のろのろと片手を挙げた。
「なんだ?」
 私は苛々しながら訊ねる。
「・・・寝ても、いいですか?」
「構わん」
 直答だが礼儀などどうでもいい、とりあえず眠って忘れてくれ。
 やれやれと言いながら、床の上の酔っぱらい達はそれぞれに身体を伸ばし始めた。
 腕の中でゲエゲエと嘔吐し続けるユーリの背をさすりながら、今見たものを目覚めた時には忘れていてくれと私は祈るしかなかった。



「いつの間にか、帰ってたのよね」
 不思議そうに、ユーリがつぶやく。
 絶不調の顔をした近衛兵たちがぞろぞろと集まっている。
「ああ、みんな大丈夫?」
 ユーリの声に、むくんだ顔を上げたのは、昨日酒場で見かけた男だった。
「イシュタルさまはお帰りになってたんですね。私は朝、気がついたら酒場で」
「やだなあ、みんな飲み過ぎよ?」
 ほがらかにユーリが言う。起き抜けには気分が悪そうだったのだが、抜けるのが早い。
 いいかげん、自覚してくれ。
 私はため息をついた。
 単なる衛兵交替式とはいえ、この弛緩しきった雰囲気はどうだろう。
 すべては酒が悪いのだ。
 今後は酒を禁止にするか。
「っかしいなぁ?」
 一人の衛兵が首をひねっている。・・・見覚えのある顔だ。もうひとり、やはり店にいた男が寄っていく。
「なんだよ?」
「ほら、あれ」
 その男は皇帝旗を指した。
「なんか、あれが気になるんだよなぁ」
「・・・言われてみれば、オレも」
 そこには、肩に羽根をつけた胸も露わな黄金のイシュタルが染め抜かれていた。
「なんでだろう?」
 はたはたと風と共にイシュタルの胸も揺れる。


 禁酒よりなにより、皇帝旗のデザインを変えることが先決だと私は心に誓った。


                             おわり

            

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