あなたへの愛



 今日は、ハットウサから皇后陛下が来るというので、かあさまは大騒ぎだった。
 かあさまはね、皇后陛下が大好きなんだよ。
 ボクはかあさまが大騒ぎしているのをいいことに、おばあちゃんのところへ行こうと思った。
「ジュダ!どこへ行くの!?」
 どうしてすぐに見つかっちゃうんだろう?
 ボクは、お菓子を服の下に隠すと、首を振った。
「おばあちゃんのところへは行かないから」
 なのに、かあさまは腰に手をあてて胸を反り返らせた。
「お義母さまのところは、今日はダメ!ユーリさまをお迎えするのよ?あなたは第一公子なんですからね!」
 好きで第一公子なんかじゃないのに。ボクは悲しくなった。
 だって、弟や妹のまえではいつも「お兄ちゃんだから」って我慢しないといけないんだもん。
「ちゃんと服を着替えて!ほら、顔も洗って!」
 女官の手にボクを押しつけながら、かあさまはお菓子の用意がどうだとか、寝室を整えろだとか次々に命令している。
「かあさま!」
 弟のレオがぱたぱたと走ってくる。
「ああ、レオも着替えてね」
 レオは母さまに飛びつくと、高い声できいた。
「マリエおねえちゃまもくるの?」
 マリエちゃん。
 ボクの胸はどきりと鳴った。
 そうだ、マリエちゃんが来るのなら、おばあちゃんと遊べなくてもいいや。
 なのに、かあさまはあっさりと頭を振った。
「今回は、ユーリさまだけなの。なんでも急ぎの御用があるらしいのよ」
 なあんだ。レオはボクの気持ちを代わりに言った。
「やだな、マリエおねえちゃまが来ないの。レオ、大好きなのに」
 なんだよ、レオったら。
 マリエちゃんを好きなのはボクだって。それもずっと前からなんだ。
 いいよね、子どもはなんでも口にできて。
 かあさまはレオを抱っこすると、女官の腕に預けた。
「また、みんなでハットウサに行きましょうね?デイルさまともピアさまとも遊べますよ」
「デイルおにいちゃまもピアおにいちゃまも好き」
 レオって、せっそうがないなぁ。
 ボクはかあさまがこっちを見てにらむので、いそいで着替えることにした。



「こんにちは、急にごめんね」
 ぽんと馬から飛び降りると、皇后陛下は笑った。
 ボクの頭に手のひらを載せる。
「お出迎え、ありがとう!」
「ようこそいらっしゃいました」
 舌を噛みそうだけど、なんとか言えた。
 ほんとのこと言うと、皇后陛下のことだってキライじゃない。
 いつも頭を撫でてくれるので、ぼうっとしてしまう。
 だって、マリエちゃんとそっくりなんだもん。
「おねえさま、いったいどうされたのですか?」
 かあさまは、いつもの行列とは違う、少ししかいない護衛の人を見ながら訊ねた。
 これだけしかいないのは、皇后陛下の旅行にしては少なすぎるってボクにも分かる。
「じつはね、皇太后さまに」
「おばあちゃん?」
「そう、ジュダくんにとってはおばあちゃんね」
 皇后陛下はボクが大声をあげたことは叱らずに、身体をかがめた。
 ボクと同じ目の高さになる。
「知事殿下にとってはお母さま、それから皇帝陛下にとっても」
「義理ですけどね」
 かあさまの言葉に、皇后陛下は少しだけ肩をすくめた。
「バビロニア王室から、ナキアさまあてだと思われる贈り物が届いたのよ。こちらに直接お贈りすればいいのに」
「やっぱり、幽閉中だから、はばかったのでは?」
 かあさまの言葉に、ボクはうなだれた。
 おばあちゃんは、昔悪いことをして「幽閉」されている。
 カルケミシュ城内は自由に歩けるけど、旅行なんかはだめだ。
 ボクはおばあちゃんといろいろ遠くに行ってみたいと思っているのに。
 かあさまのお国の温泉に入りに行くとか、おばあちゃんだって嬉しいと思う。
「どうも、先々代のバビロニア王妃の遺品らしいんだけど。先の王妃さまが亡くなられた折りにでも整理していて見つかったのね」
「お義母さまのご生母にあたられるかたですね、お若くして亡くなられたという」
 おばあちゃんのかあさま?ボクにとってはひいおばあちゃんだ。
「細工のいい宝石で献上という形にはなっているけど、おそらくナキアさまにと思われたのでは」
 皇后陛下の目は少し淋しそうだった。
「皇帝陛下も早くに母上を亡くされているし、あたしにも母親はいないし、ね?きっとナキアさまだってお寂しかったと思うのよ」
「おばあちゃんに渡すの?」
 ボクはつま先だって、お付きの人が差し上げている箱をながめた。ボクの両手だとちょうどぐらいの箱だ。
「そう、お渡ししないと」
 ユーリさまはボクの手をぎゅっと握った。
「渡してくれる?」



 皇后陛下とおばあちゃんの間に、昔なにがあったのかボクは知らない。
 分かるのは、おばあちゃんが皇后陛下を(ついでに皇帝陛下も)嫌っていて、いつも悪口を言ってるってこと。
 もっとも、おばあちゃんが誰かをほめるのって聞いたことがないけど。
 だから、この箱をボクから渡してって、皇后陛下は言ったんだと思う。
「なんじゃ、ウルヒ、遅かったな?」
 おばあちゃんは中庭でおやつを食べているところだった。
「あんまり遅いからもう来ないと思って、おまえの分はないぞ?」
 めざとくボクの持っている箱を見つける。
「なんだ、それは?」
「おやつじゃないよ」
 ボクはどっこいしょと、テーブルのうえに箱を置いた。
「おば・・・ナキアさまにあげようと思ったの」
 急にこんなものを持っていっておかしく思われない?
 そう聞いたボクに、皇后陛下はう〜んと腕組みをした。
 そうね、不審がられても困るわね。あたしからだって知ったら、受け取らないとか言うだろうし。
 皇后陛下っておばあちゃんと仲が悪いはずなのに、おばあちゃんの性格をよく知ってるなぁ。
 あ、仲が悪いんじゃなくて、一方的におばあちゃんが嫌っているのか。
 そうだ、と、皇后陛下はぱちんと指を鳴らした。
 いい考えがあるわ、こう言うの。
「う〜んとね、ケイロウノヒのプレゼントだよ」
「敬老の日だとっ!?」
 なのに、おばあちゃんは眉をつり上げて怖い顔をした。
「私が老人だと言うのか??」
「ええっ!?」
 ボクはびっくりした。
「ケイロウノヒってお年寄りのことなの?」
「誰が年寄りじゃ!」
 おばあちゃんは怒りながらも、箱を開いた。
「だって、だってボクが聞いたのは違うことだったよ」
 一生懸命にいいわけするボクの前で、おばあちゃんは箱から綺麗な首飾りを取りだした。
 気に入らなければ投げてやるって顔つきだ。
 けれど、急におばあちゃんは変な顔をした。
 なんていうのかな・・・初めて見る顔。
 おばあちゃんはぎゅっと首飾りを握りしめた。
「ウルヒよ、おまえの聞いたのはどんなことだ?」
 今怒っていたはずなのに、その声は静かだった。
 ボクは、なんだかおばあちゃんが泣いているみたいに思った。
 お年寄りって言ったことが悔しいの?
 ボクはおばあちゃんをいじめてしまったような気になって、うなだれた。
「あのね、『いつまでも元気でいてね』って贈り物をする日だって・・・」
「そうか・・・ウルヒ」
 おばあちゃんは急にすごく優しい声で言った。
「これは、私の母が気に入っていたものだ。つけてはくれぬか?」
 目の前に、綺麗な首飾りが差し出される。
 青い石や、赤い石。こんなに立派なのは、かあさまだって持っていない。
 ボクは首飾りを受け取ると、膝に手をそろえて座っているおばあちゃんの後ろに回った。
 首飾りがチャラチャラと音を立てた。
 金具を止めるのは難しかったけど、きちんとつけられたと思う。
「できたよ、ナキアさま」
 ボクは前から首飾りを見ようとした。
 なのに、おばあちゃんはくるりとボクに背を向けた。
「ケイロウノヒが『いつまでも元気でいてね』だと? まったく小娘めが」
 おばあちゃんの声は、風邪をひいたみたいだった。
「おまえのおやつはないから、もうお帰り」
「ええっ!?」
 そんなぁ、せっかく来たのに。
 やっぱり「ケイロウノヒ」で怒らせちゃったんだね。おばあちゃんが腹を立てると、あとはどうしようもない。
 ボクはとぼとぼと中庭を出て行こうとした。
 そうしたら、おばあちゃんが小さい声で言った。
「ウルヒ、ありがとう」
 一つだけ咳払い。
「それと小娘たちにもそう言っておけ」
 小娘たちって・・・もしかして、かあさまと皇后陛下?
 もしかして、おばあちゃんは、首飾りを誰が持ってきたのか知ってるの?
「早く行け」
 怒って、ないよね?
 嬉しいんだよね?
 ボクも嬉しくなった。
「うん!」
 今日は皇后陛下からのプレゼントだったけど、明日はボクからのプレゼントを持ってこよう。
 おばあちゃんに「いつまでも元気でいてね」って。


         おわり

     

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