許されない愛



「ユーリさまの居間付きのエラが休んでいる理由を知ってる?」
 湯殿の支度をしようとしていたハディに、リュイが声を潜めて話しかけた。
「風邪でも引いたんでしょ?」
 おかげで、今日は朝から忙しい。
 ハディの言葉に、シャラは重々しく頭を振った。
「それが違うのよ、姉さん。エラはね、ダンナが浮気してたんだって」
「それでごたごたしてて出てこられないとか」
「エラの?」
 洗いたての布を積み重ねながら、ハディは眉をひそめた。
 話題に上っている女官は明るくてよく気がつくから、皇妃の居間の仕事を割り当てている。
 直接、女主人の世話を任せられる、信頼できる女官だ。
 その夫は確か、歩兵隊に所属していて、子どもはいないはずだった。
 お互い早く退出する日には、人の良さそうな彼が大きな体を小さくして女官部屋の戸口に顔を見せていたことを思い出す。
「あの人が?まさか」
 とても仲がよさそうだった。
「その、まさか、なのよ」
「酒場で知り合った踊り子を、別の家に住まわせていたんですって」
「そこまでしてると、ほんの出来心ってわけじゃないでしょう?」
 双子は顔を見合わせると、大げさにため息をついた。
「兵舎に泊まることもあるから、帰ってこなくても不思議に思わなかったんだって」
「仕事をしていると思っていたら、ねえ?」
「どうして分かったの?」
 リュイがぐいと顔を寄せた。深刻な表情で、重々しく告げる。
「服」
「は?」
「服が綺麗だったの」
「洗濯してあったんですって」
「そりゃ・・・バレるわ」
 ハディは、納得した。
「浮気ってのは、残り香なんかよりは、痕跡を消しすぎてバレるって言うからねぇ」
「そうなのよね」
 三人はそれぞれ、ため息をつきながらうなずきあった。
「下手な小細工はしないほうがマシよね」
「小細工って誰がするのよ?キックリ」
 長くなりそうな雰囲気に、さあ、この話はもうおしまい、とハディは籠を持って立ち上がる。
 着替えも準備したし、お湯もはったし、あとは女主人が入るのを手伝うだけ。
 滅多に手伝わしてはもらえないけど。
 エラの姿が見えないことを朝から心配しておられたので、説明できるのは良かったのか、悪かったのか。
「そういえば、キックリも泊まりが多いし、ないとは言えないよね?」
「案外、ああいう人の良さそうなのが危なかったり」
 双子はなおも話したそうだ。
「はいはい、じゃあ、キックリが身綺麗にしはじめたら気をつけてね」
 完璧に整えられた浴室を見まわして、ハディは会心の笑みを浮かべた。
 すでに頭の中には、湯上がりに女主人に着せる夜着をどれにしようか、今日こそは薄化粧で装ってもらおう、などとあれこれ思い描いている。
 だから、妹たちにはほとんど軽い気持ちで言ったつもりだった。
「でもキックリなら、浮気相手の髪の毛が付いていてもそのままなんじゃないの?」
 それきり、ユーリさま至上主義の女官長は、居間でくつろぐ女主人のもとに軽やかな足取りで歩み去った。
 残された妹たちは顔を見合わせる。
「髪の毛?」
「そういや、よくくっつけて帰ってくるわね・・・アスランのだけど」
 二人同時に黙り込む。
 キックリは侍従だから、当然王宮に泊まることも多い。
 符丁は合っている・・・気がする。
「・・・この前さ、寝ぼけながら『アスランいい子だ』って言ってた」
「まさか・・・相手は馬よ?」
 シャラは腕組みをした。
 しかし、キックリは絶世の美女に誘われていても、通りがかりの毛並みの良い馬についていきそうだ。
「いくらなんでも、それは、ないかも?」
 一応、否定してみる。
「そうよね、そんな分かりやすいのより、むしろカムフラージュを疑うべきだわ」
「カムフラージュって?」
 シャラは人差し指を一本立てた。
「アスランに見せかけて、誰のことを隠しているのか・・・よ。アスランの毛は、わざと残された目立つ痕跡なの」
「じゃあ、本当の浮気相手の髪の毛はちゃんとはらって?」
「そう・・・いいえ!ここは裏の裏をかいて・・・相手に髪の毛が最初からない、とか?」
 双子はしばし見つめ合った。同時に叫ぶ。
「「ミッタンナムワ!!」」
 ナイスアイデアだった。これで、しばらく楽しめる。



 ハディは、ユーリに従って湯気の立つ湯殿に入った時、両手を取り合って大喜びの双子になんとなくキックリの受難を思いやった。



                        おわり

        

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