マリリンさん奥座敷にて2600番のキリ番。リクエストは「ラヴ・クッキング」の続きだそうです。


ダブル・クッキング


「カイル、具合悪いの?」
 心配そうにユーリが訊いた。
「いや、どうして?」
「うん・・食欲なかったみたいだし」
 食欲はあったのだが、ユーリ手製のパン(誰がなんと言おうと、ユーリがパンと言い張る以上あの物体はパンだった)のせいで食が進まなかった。
「いや、そんなことは全くないよ」
 言いながら、抱き寄せる。夕食も終わり、寝所に引き上げた二人だけの時間。
 扉が背後で閉まると同時に、ユーリの心配そうな顔が見上げてきた。
「本当に?もしかしたら・・あたしのパン・・」
「お前が私のために焼いてくれたのだから、それを思うと胸がいっぱいになってね」
 一体、ユーリはあれを試食したのだろうか?
 ・・・多分、またしても唯一焼け残ったものを出したんだろうな。
「・・美味しかった?」
「ああ・・あれ以上に美味いものは・・あと一つしか知らない・・・」
「・・・なに?」
「お前だよ・・」
 言って、口づける。あのパンより美味いものは、あまたあるだろうが(あれより不味いものが存在するのか不明)、ユーリより食欲のそそるものは他にはなかった。
「ん・・・」
 素直に身体を預けてくるのを抱き上げる。
 パンは不味かったが、口直しには最高のものだった。



 まだ肩で荒く息継ぎをしているユーリの髪を撫でながら考える。
 明日パンを焼かせない手はないだろうか。
 真実を口にするのが怖いばかりに、ユーリはまた嬉々としてパン焼きがまに向かうだろう。
 パンが不味いのはまだ許せる。問題は、ユーリの身体に明らかにパン作りが原因と思われる傷があったことだ。
 まず、手首のやけど。(かまどに手を入れたときにひっつけたの、とユーリは言った)
 次に、肘の内側の打撲傷。(こねているときにめん棒でぶつけたの)
 鼻の上の擦り傷。(粉をふるうときに転んで)
 こんな危険なことは止めさせなければならない。
 お前の身体が心配なんだよ、と言えば。
 大げさだよカイル。
 こう笑うに決まっている。
 確かにパン焼き自体は大げさなことではないが、ユーリはそれを大げさにしてのける。
 思いに沈んでいるうちに、手が無意識にユーリの身体を撫で回していたらしい。
「・・だめ・・カイル・・」
 ユーリが、甘い声でささやく。
「今夜は、もうダメ。明日早いから・・」
「早くなくてもいいだろう?たまにはゆっくり眠っていよう・・」
 抱え直すと、耳たぶに口づける。そのまま舌を這わせようとして、押し戻される。
「明日もパンを焼くのよ・・朝ご飯に・・」
 ・・・朝ご飯?すると、私は三食アレを食べるのか?
 待てよ・・・。
 そうか、そうだな。
 私は、ユーリの耳朶に歯をたてた。
「・・あっ・・」
「朝ご飯より、お前が食べたい・・」
 さっさと手首を捉えると、身体の下に引き込む。
 なんだ、今晩たっぷり疲れさせて明日目が覚めないようにすれば、アレを食べずに済むわけだ。
「やだっ・・カイル・・」
 と、言いつつもユーリはかなりその気になって来ている。
 崇高な(?)目標を手に入れた私は、ユーリの身体に専念することにした。



 案の定、ユーリは寝坊した。
 昨夜、激しかったせいか、起きた後もぼんやりとしている。
 私は気分爽快だ。
 ハディの焼いた美味しいパン(パンとはこうあるべきだ)を口に運びながら、ときどきぼうっとしているユーリの口にも入れてやる。
「どうした、ユーリ食欲がないのか?」
 それとも、夜のことを思い出しているのか?
 耳元でささやく。
 ユーリの顔が、首筋まで赤く染まった。恥ずかしくなったらしい、昨夜はあんなに大胆だったのに。
「・・・馬鹿っ・・」
 真っ赤になったのを、抱え込む。
 むき出しの膝頭を手のひらで愛でつつ語りかける。
「良かったよ、とても。今夜も・・・いいだろう?」
「良くないよ・・だってパンが・・」
 ほとんど抵抗しない身体の重みを感じながら、気分の良くなった私はなおもささやいた。
「パンなんかいつでも焼けるさ」
 ああ、なんてことを・・・!
「そっか・・いつでも焼けるよね・・」
 急にユーリが身体を離した。瞳がきらきら輝いている。
「ハディ、決めたよ、あたし朝のパンは寝る前に焼く!!」
 なんだって!?
 雰囲気を見て立ち去ろうとしていたハディはびっくりして振り返った。
「寝る前って・・ユーリさま!?」
「夕食が終わった後、そうしたらカイル、あたしのパン、朝に食べられるよ!!」
 ユーリの瞳はなんて綺麗なんだろう。喜びに、磨き抜かれた黒曜石のようだ。
 その宝石に魅せられて、私の口が勝手に言葉を紡ぎ出す。
「・・・ああ、嬉しいよ」


 私は・・・時々、自分が嫌いになる。


                  おわり
      

      

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