MADE IN HEAVEN
「先ほどまで起きていらしたんですけど」
ハディの言葉に、カイルは笑みを漏らした。
煌々と明かりの灯った室内には、ユーリが苦労して睡魔と戦ったのだろう残骸が散らされていた。
短い言葉が書き連ねられた粘土板、少しだけ手をつけたのだろう菓子皿、編みかけの毛糸玉。
「かまわない、私もここまで遅くなるとは思っていなかったから」
言いながら片膝をつく。
敷物の上には、クッションを抱きしめ丸くなってユーリが眠っていた。
冷やさないようにと、床に毛皮で裏打ちした敷物を敷き詰めさせたのは正解だった。
高原で採れる極上の羊の毛で編んだ毛布は、すっぽりとユーリの身体を包んでいる。
「今日こそは、どうしても起きてお待ちするのだと仰っていたんです」
主人を床の上で寝入らせてしまったことを恥じるように、ハディは顔を伏せた。
「言い出したら聞かないからな」
言葉では呆れてみせるが、実際にはそこが可愛くてたまらないのだという声色も隠そうとせずにカイルはうなずいた。
「起きている間に戻ってやれなかったのは私が悪い」
「悪いだなんて・・・」
ハディを目先でとどめると、すやすやと寝息をたてている身体の下に腕を差し込む。
子どものように熱い体温が感じられる。
「ここしばらく、これとは話していないな。私を恋しがってくれているのだろう」
腕に心地の良い重みを収めると、カイルは微笑んだ。
朝、目覚めた時はまだ眠っている。
起こすのはかわいそうで、そっと寝台を抜け出す。
後ろ髪を引かれる思いがないと言えば嘘になるが、仕事に向かうのは苦ではない。
裁可を待つ仕事の山は、ほんの少し前までは己の生まれついた時から負わされた義務のように感じていたが、今は違う。
手にする書類には確かな重みがある。
書かれた文字のひとつひとつが、カイルの決定を待っている。
あいつぐ戦乱と、それらに終わりを告げる祝典のあとでようやく国は平常を取り戻しつつある。
だからこそ、やらねばならぬことがある。
交易路を整備し、荒れた街を復興し、災害に備えて整備する。
外国との連絡も密にとらねばならない。
皆が幸せに暮らせる国を作ること。
そんな国を作れば、ユーリは喜ぶ。
それに、飢えと戦いのない平和な国を見せてやりたい―――――生まれてくる我が子にも。
大事に抱え込んだクッションは、ふくよかになった腹部を守るようにあてられている。
毎朝、起こさないように気遣いながら、眠るユーリの頬に触れ丸みを持つ腹部をなぞる。
行ってくるよ、ユーリ。
そっと唇をかすめると、寝所をあとにする。
頭では分かっていても、こうして手にするまでは知らなかったこと。
愛する家族を守るというのは、こういうことなのだ。
「ユーリさまは」
すでに産休に入ってしまった一方のために、片割れになってしまった双子がこっそりと伝える。
「陛下に起こしていただきたいんだそうです」
「妊婦とは眠いものなんだろう? 無理に起こす必要はない」
連日の吐き気と頭痛が治まったあとのユーリは、昼間でもうつらうつらとするようになった。
目を離すとなにをしでかすか分からないくらいのお転婆だったのが、日だまりに静かに腰を下ろしてうっとりと夢想にふける表情をする。
よくできたものだ、とカイルは思う。
はらはらと身を案じ続ける必要もなく、自然の摂理はユーリに安静を命じるものらしい。
だから、毎朝抜け出すベッドの中で、日没後たどり着いた寝所の内で、目にするのがあどけないほど安らかに眠るユーリの寝顔だけだったとしても、カイルには我慢が出来た。
腕の中のユーリが、小さくみじろいだ。
「では・・・」
こっそりと笑いながら、素早くあたりのものをまとめてハディが頭を下げた。
「私たちはこれで」
うなずくと、整えられた寝台に向かう。
丸くなったユーリを腕の中に囲い込んで、幸せな夜を過ごすために。
「カイル・・・」
小さなつぶやき。
「うん?起こしてしまったか?」
ささやきには答えず、夢の中にいるユーリがまぶたを閉じたまま笑った。
「大好きよ、カイル」
どんな夢を見ているのだろう、薔薇色の頬がほころぶ。
「私も・・・愛しているよ」
今、この瞬間に腕にしているものが、なにより愛しい。
ふわりと表情を輝かせたユーリは、そのままカイルの胸に顔を埋めた。
すやすやと規則正しく寝息がもれる。
カイルは静かにユーリの身体を寝台に横たえた。
寄り添いながら、掛布を引き上げる。
「明日は・・・一度顔を見せに戻ってくるよ」
囁きながら、愛しい者を腕に抱き寄せ――――まぶたを閉じた。
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