千代子さん奥にて3500番げっとのリクエストは「海でらぶらぶ」。ヒッタイトに海はないんですよね・・。


わくわくサマー


 水平線に真っ白な雲がわき上がっている。まぶたに焼き付くような白さと、敷き詰められたさらさらの砂の輝きの中であたしは目を閉じた。
 照りつける太陽の光が、肌に刺激となって降り注ぐ。
 紫色に踊る残像を見ながら、息を吐く。
 暑い。
 でも、気持ちいい。
 潮の香りがあたしを包み、吹き出した汗が肌をすべる。
 敷かれた布越しに焼けた砂の熱さが伝わってくる。
 こんな風に、海辺で寝そべっていると子供のころに家族で出かけた海水浴を思い出す。
 浜いっぱいにあふれた水浴客の間を縫いながら、波打ち際まで走ったっけ。
 カラフルなレジャーシートやビーチボール。サングラスのお兄さん。プラスティックのバケツを下げた子供。はしゃいだ声、歓声。
 今、あたしのまわりには人の声がしない。
 波が静かに寄せて返すだけ。
 ほんの少しだけ、切なくなる。
 でも、そんな考えはすぐに暑さに溶かされてゆく。
「ユーリ!」
 大きな声があたしを呼んだ。
 頭をめぐらせれば、遠く砂の向こうに立つ姿。
 カイルだ。
 信じられない速さで砂を蹴立ててこちらに走り出す。
 こんなところで、よくあんなに速く走れるものだ。足腰が丈夫なんだろうな・・
 思う暇にカイルは近づき、いきなりマントであたしを覆った。
「・・・っ!!なにすんの!?」
 ついでに大量の砂をかぶってしまったあたしは非難がましく、マントを押しのけた。
「なにって、焼けるだろう?」
 カイルは大まじめに、もう一度あたしをくるもうとする。
「甲羅干ししてるの、焼いてるのよ?」
「焼く、だって?」
 信じられない、という顔をカイルはした。
「この綺麗な象牙色の肌を焼くなんて、お前本気か?」
 そして、おそるおそるマントを開いてさらに目を見張った。
「こんな格好で!!」
「え・・と・・」
 あたしは上半身裸だった。ハディに頼んで縫ってもらった水着はセパレートで、焼き痕が残らないようにトップの部分は外していた。
 なにしろ海岸には人目がなかったので。
「ハディ、リュイ、シャラ!!」
 カイルは後方の天幕で身を寄せ合って座っている三姉妹を振り返った。
 暑さでぐったりとなっていた三人は慌てて控える。
「お前達がついていながら・・」
「やめてよカイル、あたしが焼きたいと言ったんだから!」
 慌ててカイルを押さえる。じつは、砂の上に寝ころぶまでに、三姉妹との間にも悶着があった。それをカイルに叱られては、あんまりだ。
「こんな姿で、誰かに見られたら、どうする?」
 誰が見るというのだろう。
 ゆうに1qはある砂浜は、人払いがされている。おまけに水難防止とかで配された衛兵は、みんなこちらに背中をむけていた。
 カイルの厳命だ。
 海に出たいと言ったあたしに、渋るカイルが出した条件がこれだった。
 公共の場である浜辺は、実はカイルの国ではない。
 藩属しているとはいえ、キッズワトナは立派によその国だった。
 この国をカイルが視察する事になったときに、せがんで連れてきてもらったのはヒッタイトにはない海に入りたかったからだ。
 道中のあたしは、熱心におねだりを続けた。
 昼となく、夜となく。
 しぶしぶ海水浴を認めたカイルがキッズワトナの王宮について最初にしたことは、海岸の封鎖と、衛兵の手配だった。
 ついでに、衛兵には皇帝自らの申し渡し。
『水浴中の妃の姿を見ることはまかりならぬ』
 横暴だった。
 キッズワトナの王はどう思っただろう。
「・・・見ないよ、誰も。それよりカイルはどうしてここにいるの?」
 今頃は、国政に関しての査察とやらをしているはずだった。
 こんなところで、あたしと話していて、おまけにマントの中に手を突っ込んであたしの胸を撫で回していていいのだろうか?
「お前が気になってな」
 偉そうに言うことか?
 あたしはカイルを押しのけると、水着をつけ直して立ち上がった。
「ユーリ、どこへ行く?」
「海!泳ぐの!!」
 裸足だと火傷しそうな砂の上に踏み出す。
「ユーリ、海はしょっぱいぞ!?」
 気の抜けるようなことをカイルは言った。まあ、ヒッタイトには海はないからね。
「・・カイルも泳がない?」
 塩水が好きではないと知っていて、ちょっとイジワルをする。
 カイルは一瞬黙ったけれど、すぐに立ち上がった。
「ああ、泳ごう」
 言うとさっさと服を脱ぎ始める。古代の人は、泳ぐときは裸だ。
 でも、太陽の下で全部脱がれてもね、目のやり場に困る。
 カイルの態度に多少不審さはあったけれど、海に入りたかった。
 あたしはカイルに背を向けると、波打ち際に向かって駆けだした。
 すぐに、膝まで水に浸かる。泡だった波が砕けて気持ちよかった。足の裏で、波にさらわれた砂が崩れてゆく。
 水を蹴立てる音がすぐ後ろまでせまってきた。
 カイルだ。
 あたしは笑いをかみ殺して、頭から水に滑り込んだ。
 地中海の青く澄んだ水が、あたしの上で揺れた。泡がきらきらと踊り、まとわりついた。
 潜ったまましばらく泳ぐと、浮かび上がってカイルを振り返った。
 でも、カイルはいなかった。
 嫌な予感を感じる間もなく、後ろから抱きすくめられる。
「・・つかまえた」
 前髪から滴をしたたらせたカイルが、嬉しそうに笑う。一見微笑ましい恋人同士のようだけれど、あたしの身体は押しつけられた腰にカイルの変化を読みとった。
「・・・カイル・・」
「見ないさ、誰も・・」
 三姉妹が背を向けたのが見えた。ため息をつくしかない。
 それでも、降りてくる唇に、抵抗の意を示してみる。
「・・・しょっぱいよ?」
「そうかな?」
 確かに、最初は塩辛かった。でも、だんだん気にならなくなる。
 水着のトップが波間に漂うのを見たとき、一瞬拾おうかと思ったけれど思いっきり抱き寄せられたので出来なかった。
「安定、悪い・・」
「しっかり腕をまわして・・」
 抵抗するには熱くなりすぎたので、カイルの言葉に従うことにする。
 ボトムも流れていく・・。拾った人はなんだと思うだろう?
 そういえば、浜から少し離れた沖には小舟を浮かべて警備員がいるんだった。こちらに背を向けて。
「やだなあ・・」
 思わずつぶやいてしまったあたしに、カイルが動きを止めた。
「・・・いやなのか?」
 この体勢でそれを訊くのは卑怯だ。
「いやじゃないけど・・いや」
 カイルは難しい顔をした。けれど、都合のいい解釈をすることにしたらしい。
 すぐに世界がぐるぐる回り始める。
 真っ青な空と真っ白な雲と、きらきらひかる海の中で、あたしはカイルの首に腕をまわしながら体をそらせる。
 気持ちいい、のかなこれ?



「あ〜カイル」
「なんだ?」
「しょっぱいよ」
「口を閉じてろ」
 ・・・無理だよ。



                  おわり       

         

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