※ご注意――以下はかなりどうしようもないお話です。純粋なラムファンの方には、これより先に進まれないことをお奨めいたします。



光華の肌

                             by 千代子さん

 ヒッタイト王宮にその報がもたらされたのは、うららかな昼下がりのことであった。
 血相を変えて謁見の間にやってきたイルバーニは、まずは人払いをし、皇帝の前に進み出て、ひとつ息を整えてから言上した。
「ただいま、表よりエジプトよりの使者が参りました」
「エジプトから?」
「はい、それが…その使者というのが、ラムセス将軍なのです」
「ラムセス!?」
 カイルは思いもよらなかった男の名を聞いて、反射的に椅子から立ち上がった。
「ラムセスがどうしていまさらハットゥサに?」
 ユーリもまったく訳が判らないといった表情で、カイルの顔を見返した。
「お目通りの前に、まずはこれなる者の話をお聞きくださいませ」
 言ってイルは、背後に控えていたエジプト人に目配せし、半歩前に歩み寄らせた。
「わたくしはラムセス将軍の部下、ワセトと申します。皇帝陛下には以前一度お目にかかっておりますが…この度はお願いの儀があって参り越しました」
 と挨拶があって、その口からでた言葉は、到底カイルもユーリもにわかに信じられないものだった。

 ラムセスはエジプト屈指の軍人として名を広く知られていたが、その分、敵も多かったのは周知のことだった。
 彼を最も煙たがっていたのは王太后ネフェルティティであったが、いまはすでに失脚している王太后こそが今回の事件の最もな原因だと、ワセトは言う。
 「以前、イシュタルさまがわが国にご滞在になられた折、ネフェルティティ王太后陛下はラムセス将軍を暗殺しようと屋敷のうちに閉じ込めになられました。
秘密裏に抹殺、というとき、王太后陛下はラムセス将軍の乱れた前髪、滴り落ちる汗、色っぽい乱れ姿に心を奪われてしまわれたのです。そして暗殺をとりやめ、生涯自分の側に置こうと企まれ……」
 そこまで一気に話すと、ワセトは鼻をすすり上げて泣き始めた。
「だけど、ラムセスは助かったわよね?」
 ユーリの機転でラムセスは解放されたはずだった。
「いえ、実はあのとき、すでに将軍は王太后陛下によって……サイボーグにされてしまわれていたのです!」
「えええ!?」
「王太后陛下はいつまでも若いままの将軍を、側においておきたかったのです。そこでちょうど、王宮に滞在していた死神博士とかいう者に密かにサイボーグにするよう命じて…イシュタルさまがお助けになった将軍は、あれは具象気体だったのです!」
「…では、わたしが戦ったラムセスも…?」
 カイルは、河のほとりで素っ裸で戦ったときの、ラムセスの精悍な肉体を思い出した。
「はい…あのときの将軍は…サイボーグです。本来なら折れた剣の代わりに爪からレーザーを出すことだって出来たんです」
 ラムセスの鍛えた肉体は、エジプトの娘たちの間で話題だった。
 割れた腹、盛り上がった腕、締まった尻……。抱かれてみたい男アンケート≠ナ常にトップを独占していたラムセスならば、百戦錬磨の女傑であるネフェルティティが欲しがるのも当然だった。
「それで、今日はその…サイボーグラムセスがどうしたのだ?」
「はい、王太后陛下が失脚されたいま、ラムセス将軍を守るものは居なくなりました。ご実家もほとほと手を焼かれて…かくなる上は、ムルシリ2世陛下におすがりするよりないと思って、まかりこしました次第で…」
「なにゆえ、わたしなのだ?」
「それはもう! なにしろ陛下と将軍は裸の付き合いじゃないですか!!」
「はだか……」
 そう聞いて、ユーリの目が鋭くカイルを睨んだ。
「ユ、ユーリ…なにを誤解しているんだ…」
「…別に…」
「そ、それよりも、ラムセスがサイボーグだろうとなんだろうと、わが国に留めおくのはまかりならぬ。仮にも敵国の将軍を無条件で引き取るわけにはいかん」
 ユーリの冷ややかな視線から顔を背けながら、カイルは威厳を保つための咳払いひとつしてワセトに堂々と言い張った。
「それでは、わたしはこれで失礼する。申し訳ないが、ラムセスは連れ帰るように」
「お待ちください、陛下!!」
 玉座から立ち上がったカイルの脛に、ワセトは涙を流しながらかじりついた。
「ご無礼は重々承知しております。ですがせめて、せめて、一目、どうぞラムセス将軍にお目通りを……」
「…ここまで言うんだから、ちょっとくらい会ってあげれば、カイル?」
 鼻水だらだらのワセトを不憫がって、ユーリはカイルの袖を引いてそっと耳打ちした。
 ユーリに言われれば逆らえないカイルは、しかたなし、といった表情を隠そうともせず、椅子に座りなおした。

 しばらくしてやって来たラムセスは、はちみつ色だった肌がより一層濃くなり、心なしか顔つきも精悍になったようで、これが並の乙女ならばイチコロだな、とその場にいる誰しもが思った。
 がしかし、カイルの前に歩み出たラムセスは以前のような野心に満ちた鋭さもなく、大きな猫さながらに愛くるしい顔をあげた。
「ほ、ほんとにラムセスなの? なんか雰囲気が違う…」
 驚きを隠せないユーリに、ラムセスは歩み寄って、
「皇妃陛下、お久しゅうございます」
 と、ネメスの中から大輪のバラの花束を取り出した。
 あまりにもなめらかな物腰に、警戒していたカイルも出鼻をくじかれた感があって、とまどいながら、
「そなた…サイボーグになったと聞いたが、本当のところはどうなのだ」
 まさかコンポスト機能がついたわけではないだろうに、と聞くと、ラムセスはバラの花弁をとめどなく撒き散らしつつその場に正座した。
「ムルシリ2世陛下、わたしの今の姿、全て受け止めてくださいますか?」
 なんとも色っぽい目つきのラムセスは、返事を待たずにすっと立ち上がって、広間の照明を落とし、窓にも暗幕を引くように頼んだ。
 場が真っ暗になり、一同固唾を飲んで見守る中、ラムセスの全身はぼうっと光り始め、馥郁たる香りがあたりを満たし始めた。
「これは、バラの匂い?」
 鼻をくんくんさせてユーリが呟くと、ラムセスは我が意得たりとばかりにうなずき、
「いかにもバラです。わたしは暗闇に入ると自家発電により身体が光るのです。そしてアロマテラピー効果のあるバラの匂いと花弁を振りまきます」
 これは寝所で使うといかにもムードたっぷりで、新婚さんにはオススメなのですよ、と自信満々に語るラムセスは、ネメスに腰巻といった姿で艶かしいポーズを代わる代わる取り続けるのだった。
「おわかりいただけましたか、陛下」
 そばに控えていたワセトは鼻水を啜り上げながら、
「将軍がこのようになってしまったのは全てネフェルティティ陛下のせいなのです。寝所にラムセス将軍を侍らせるのではなく、照明代わりの機能を取り付けたばかりか、ヴィーナス誕生≠竍コマネチ≠フポーズまで覚えさせて…あれでは将軍がおかわいそうだとお思いになられませんか!?」
「かわいそうと言うよりも…これは…」
 死神博士はまたしても意味不明の機能を取り付けたのだな、とこめかみが疼き始めたカイルとユーリの目の前で、発光しながらバラを振りまくラムセスなど寝所にいたら迷惑だと誰しもが思う中、人の変わったラムセスは艶かしい流し目で踊りつづけるのだった。


                            …ごめんなさい。

      

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