Oversleep  お題:And that's all ...? (それでおしまい)



 小鳥の鳴き声がする。
 頬を暖かい風がかすめるのを感じて、ユーリはゆるゆると瞳を開いた。
 すぐそばに、長いまつげを伏せた横顔。
「うわぁ」
 思わず声に出る。
「……なんて、ありがちな朝」
 賑やかなさえずりに起こされると、朝日の差し込むシーツがまぶしくて、ついでに男の腕の中。小さく身じろぎするとまわる腕に力が込められ男はささやくのだ、『もう起きたのかい?』と。
「もう、起きたのか?」
 頭の中の声とシンクロしたカイルに、つい吹き出してしまった。
 カイルはと言えば、急に腕の中で笑い出したユーリに少なからずむっとしている。
「なぜ笑う?」
 今朝は、記念すべき朝なのに。あいかわらず体を震わせて笑っているユーリをもういちど強く抱きしめる。
「新婚第一日目の朝を、もう少し甘いムードで過ごしたいと思わないのか?」
 笑いすぎて涙ぐみながら、ユーリはあわててうなずいた。
「そうだよ、新婚なんだよね・・・なんか今さらって気がして」
 ほとんど半月にも及んだ結婚式や立后式やもろもろの行事をようやく終えたのが昨日。
 その間なんども同じように朝を迎えたが、目覚めて最初に思うことは『今日の予定はなんだっけ?』だった。
 のびをすると同時に段取りや手順を頭の中で復唱し、おはようの挨拶の後は確認事項をチェックする日々。今朝はどこに行って、誰にあって、ついでになにを着るんだっけか。
 とりあえず、諸々のことは全部終わった。
 鼻先をカイルにすりつけながら訊ねる。こうすればすぐにご機嫌はなおるのだ───新婚だから。
「今日の予定は?」
 ユーリの言葉に、カイルはほほえみ、おもむろにあくびをかみ殺した。
「夕方から諸侯の拝謁。それまではなにもなし」
 ごそごそと上掛けを引き上げると、ユーリの肩口に顔を埋めた。
「明日から、たまりにたまった仕事を片づけなくちゃいけないんだ、今日ぐらいはゆっくりさせてもらおう」
 背中に腕をまわせば、いつもとは反対にユーリがカイルを抱え込む形になる。
 寝乱れて絡んだ淡い色の髪に指を通しながら、ユーリは首をかしげた。
「どれだけ溜まってるだろうね、ここんところずっと神殿がよいだったもんね。それより、あたしも政務を執ることになるんだよね、大丈夫かな」
「おまえはしばらく休むといい。身体のこともあるから」
 目を閉じたまま答えるカイルに、ユーリは口元をとがらせた。
「そうゆうわけにはいかないよ、タワナアンナになったんだから。カイル一人に押しつけてるだけじゃ意味がないって」
「分かった分かった、その話も明日からだ」
 言うと、カイルはすでに寝息を立て始める。
 無防備な寝顔をのぞき込んでいたユーリは、やがて目覚める様子がないのを知るとため息をついた。
「ま、今日だけは仕方ないか。いっぱい頑張ったもんね」
 皇太后のことや、継承権のことや、外国使節のことや・・・それから葬儀のことまで。
 やっとすべてが終わった。がむしゃらに無我夢中で解決しようとしてきたいろいろなことが、ようやく収まるべきところに収まったのだから。
 今朝からは新しい一歩が踏み出せるはずだった。お互いにかけがいのない半身に名実ともになった今は。
 純粋な喜びがわき上がってくる。頑張ったから、この瞬間がある。
 だから、こんな朝は誰にもじゃまされずに二人だけでいたい。
「なんて言ったっけ、こんなの?」
 規則正しいカイルの寝息に、眠気に誘われながら考える。
「……ええっと」
 あれは子供の頃に聞いたお話の締めくくり。『そしてお姫様は王子様と結婚して幸せに暮らしましたとさ』。
「めでたし、めでたし、か……」
 重くなったまぶたに、もう一度カイルの頭を抱え直すとユーリは身体を丸めた。
 これがすべての終わりでないことは分かっているけれど、たまにはこんな時間に浸るのもいい。
 ありがちなハッピーエンドかもしれないけれど、ここに至るまでの道のりは十分に誇らしいものだから。



 ユーリがまぶたを閉じる。やがて、朝の空気の中で静かに二つの呼吸が二重奏を奏で始めた。
 

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