byハマジさん


         ちりり・・・ちりりと音がする。




その名前は知らない




 カイルがそれに気づいたのは緊張のためかアルコールを呑んでいないにも関わらず赤く火照った顔をしたユーリが風に当たるために自分の傍を離れた時。
 物心ついた頃から常に見に纏っていた人々から寄せられる視線。
 あまりにも当たり前に自分に付きまとっていたものなのでその存在すら意識していなかった。

 しかし今夜に限ってそれを感じたのは皮肉にも注目の的が自分から他の存在に移った所為。

 カイル自身も驚きを隠せなかった。
 普段の少年のような姿を見慣れすぎていたせいか、羽化したかのような艶やかなユーリの姿に思わず魅入ってしまっていた。

 カシュガ討伐に同行したとは言え、ユーリがカイルの宮から離れることは極稀であり、多くのものは今夜初めてユーリの姿を見たと言える。
 ハットゥサ中、いやヒッタイト帝国中、いや近隣諸国にまでその浮名が通っているカイルが初めて娶った側室というだけで充分注目されるに足るものである。
 実際最初にユーリを伴って宴に出た時から、ユーリには不躾な視線が浴びせられていた。
「おまえらしくしていればいい」
 そう言ったものの下賎の者を見るような目でユーリが見られていることに対してカイルとて何も思うところがないわけでもなかった。
 だから皇妃の策略が何であれ、美しく着飾ったユーリが人々から先ほどまでとは違った熱い視線を受けている。
 老いも若きも男も女も、今まで自分に視線を向けていた者たちが一斉にユーリの背中を追う。
 その瞳に侮蔑の色がまったくないとは言わない。どんな姿をしてどんな行動をとろうがそれを認めず自分より格下だと見下す輩は必ずいるものであるから。
 しかしそれだけではなく、先ほどにはなかった感歎の眼を向けられていることにカイルは少なからず満足感を覚えていた。



 しかしその満足感もそう長くは続きはしなかった。



              ちりり・・・ちりりと音がする。


 恰幅の良い初老の大臣は豪快に笑いながらユーリに話し掛ける。
「どうですかな。こちらのでの暮らしには慣れましたかな?」
 ユーリは小さなてでカイルのマントを握りながら「ええ、まあ」と曖昧に答える。
 緊張に震えている肩を抱いてカイルがユーリに代わって言う。
「宮での生活にはずいぶん慣れたのですが、なにぶん宮の外のほとんど出たことがないので。このような席も初めてですしね」
 にっこりと笑って答えるとそれにつられてユーリも少し柔らかに笑う。
 それだけでこの大臣は満足げに笑い返す。
「本当にお美しい方ですな。殿下が宮からお出しにならない理由もわかるというものです」
 それを聞いて褒められているというのにユーリはますますカイルの影で小さくなってしまう。

「先のカシュガ討伐ではご活躍なさったとお聞きしましたが、いやはや」
 皇帝陛下直属の軍を指揮している将軍が感歎の声をあげる。
 カシュガ軍を総崩れにさせた女神とはいったいどんな姿だと思っていたことやら。
 目を白黒させながら華奢で小柄なユーリを見つめている。

「私にもご紹介して頂きたいものですな」
 そう言って話し掛けてきたのは皇帝陛下の弟殿下の息子。つまり従兄弟である。
「こんな可愛らしい方を隠していらっしゃるなんてお人が悪いですよ」
 カイルとは家族ぐるみで付き合いのある彼はユーリの手を取り、その甲に口付ける。

 ユーリは真っ赤になって手を引っ込めるがその姿がまた初々しく可憐である。
 彼が調子のいい男だと知っているカイルはその行為自体に意味のないことを知っている。
 むしろ彼と共にいた若い貴族がずっとユーリに熱い視線を送り、ユーリのしぐさの一つ一つを見て頬を染めていることの方が気になっていた。

 いや、それは彼だけではない。
 先ほどから何かと話し掛けてくる者たちも、視線がちらちらとユーリを追っている。

 遠巻きに見ているものの中にもユーリの一挙手一投足に息を呑んでいるものもいる。

 それはもちろんユーリに対して蔑みの目を向けているわけではなく。
 むしろカイルが望んでいたもののはずだった。



 しかしちりちりと焦げるような思いを感じると、カイルは自分のマントですっぽりとユーリを包み込んでしまいたい衝動に駆られるのであった。


       その初めて感じる胸の炎の正体をカイルが知るのはそう遠い日ではなかった。


    

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