焦ガレル




 
焦がれる瞳を知っているか?


 ふつりふつりと胸の奥底からわき上がる昏い情念が、身内に収まりきらずに双眸から熱を放つ。
 ひたすらに屈辱の時が過ぎ去るのを願いながら、煌々と照らされた広間の隅で、さんざめく者どもを睨みつけていたあのころ。
 見上げれば、玉座にはあの女の姿があって、追従やら幇間の振る舞いが習い性のはずの者たちがほとんど驚嘆ともとれる賛辞のまなざしを注いでいた。
 私はそれを歯がみしたいほどの悔しさで見つめ続けた。
 あそこにあるのは私のはずなのに。あそこに座るのは私こそがふさわしいはずなのに。
 たかが新興国の皇族出身の妃よりも、オリエント一の家格と血統を誇る王室の出自である私の方が他者を睥睨するにふさわしい身分のはずだ。
 必ずや、あの地位にまで登りつめてみせる。
 その思いと熱が、数ある妃の一人としての扱いしか受けることのない私を支え続けた。


 焦がれる瞳を知っているか?


 幼い頃よりなに不自由なく育てられ、ぬくぬくとおのれの環境に浸りきった者たちが、欲しいものなどすぐに手にはいるのだと、執着すら知らずに生きていくのを見てきた。
 地位も名誉も、財産も女も。
 手を伸ばしさえすれば、すぐに届く。
 伸ばした指が空をつかみ、焼けつく焦燥感が呼吸を困難にする。
 そんな身体がねじ切られるような苦しい思いをしたことなどないのだろう。
 彼らは、いつも穏やかに笑い、時には軽口をたたきながら、与えられただけの地位の上に安穏と足場を固めようとする。
 そんなことはさせるものか。
 そんなに易々と手に入れさせるものか。
 私が、どれほどの苦しい思いを経て今の地位にあるのか。
 言葉の上つらだけで頭を垂れ、面を伏せながら私を見下そうとしているあいつらになど、分かるはずはない。


 焦がれる瞳を知っているか?


 身体の内に燃え上がる炎は、やがて人を突き動かすのだ。
 分別や思慮など一瞬に灰燼にして、ただひたすらにのばした両の手で、それを是非につかみ取りたいと願う。
 焦がれるとは、そういったもの。


 ちらりと、片鱗が煌めいたのを私は見逃さない。見逃すはずはない。
 その瞳は、するりと自分の手から抜けた娘の背を追う。
 仲の良い、むしろ絶対無比の忠誠を捧げているのだろうと噂される兄皇子の新しい妃を、彼ならではの親しさの表れのように出迎えて、それを兄に引き渡す。
 そんな芝居がかった演出に、かすかに狂いが生じる。
 彼は立ち止まったまま、まだ宙にのべられていた自分の手を眺める。
 なにが起こったのかすら、まだ分かっていないのだ。
 握りしめた拳から、意を決したように顔をあげる。
 その瞳の奥に、ちかりと輝きを放つものがある。


 なにを迷うことがある?
 おまえは、本来なら満たされることなどないはずだった者。


 あの瞳の奥の小さな炎が、やがては大きく燃え上がり彼を苦しめることになるだろう。
 ほんのひとしずく、ふたしずくとそそがれる淡い水は、ただそれを早めるだけに過ぎないのだ。
 ほうっておいても、燃え上がる。
 けれど、私は一時も早くそれが見たい。
 私を見下した女が、そのたいそうな慈悲心とやらで思い上がらせた彼の自滅するさま。あの女が慈しんだ、最愛の息子に離反して、それとともに滅ぼうとするさまを。



「……皇子に」
 私は控える侍女を呼ぶ。
「ワインをお勧めして。お一人でいらっしゃるから」
 頭を下げる侍女を見ながらほくそ笑む。



 焦がれる瞳を知っているか?

――――― 満たされることなど、許さない。


     

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