彩子さん奥にて58000番のキリ番ゲットのリクエストは「14巻の『カイルお願いがあるの!』から『わたしはユーリを正妃にするぞ』までのカイルの気持ち・・・」です。なにか以前に書いたような書いていないような・・・

これはただの例え話じゃない




――――― なにか、望みはあるか?



 白い背中が月の光を弾いている。なだらかな弧を描く曲線を、ぼんやりと眺める。
 どうしてそれがそこにあるのか、目覚めたばかりでいまだ明瞭には動き始めていない頭で考える。
 こんな光景を以前に目にしたことがあった。
 手を伸ばせばそれと分かるぐらいに小さな肩は緊張し、腕を回せば息をのんだ。
―――― こういうのって……
―――― なんだ? 
―――― 経験ないから
 すぐに慣れるさと、あの時の自分は言ったはずだ。事実、さほど時を置かない間に、その細い身体は自分の腕の中にしっくりとおさまるようになった。
 甘い蜜の芳香を放つ、愛しい身体。腕の中に囲い込むのになんらはばかることもなく。
 背を向けて夜を越すことなど考えもしなかった。
 けれど、いま自分の前に見えるのはユーリの背中だ。
 なぜ?
 甘やかな眠りに落ちる瞬間に、確かに抱きしめたはずなのに。
 衣擦れの音をはばかりながら腕を伸ばす。まるで何かから逃れるかのように手足を縮めた身体を引き寄せようとする。
「ん……」
 抱きしめようとすると、眠りの中にいるはずのユーリがかすかに眉根を寄せた。
 拒絶するようにかぶりを振る。額に、首筋に、柔らかな髪がまとわりつく。
 それを指先で払いながら、頬に唇を寄せる。
 触れた瞬間、ユーリの顔が切なそうにゆがんだ。
 いったい、どんな夢を見ているのか。そんなに辛い顔をするのはなぜなのか。
――――― こうやって腕の中にいても、幸せだと感じてもらえないのか。



 お願いがあるの、と彼女は言った。
 どんな願いでも叶えようと、答えた。
 返されたのは微笑みではなく、何かを堪えるような思い詰めた表情。
 途切れ途切れに言葉にされたのは、与えようとするものより、はるかにささやかな望みだった。
――――― 側室はあたしだけにして
 全部は望まないから。そんなことは望めないから。



――――― なにか、望みはあるか?
 甘い睦言のあいまに、さりげない日常のはざまに、問いかける。
 ユーリは笑う。
――――― なにもいらないよ、こんなに幸せなんだもん。これ以上望めば、バチがあたるって。
 幸せだというユーリは、あまり幸せではなさそうに笑う。いつの間にか屈託のなさを失った笑顔が胸に痛い。



 なにが彼女の周囲で起こっているのかは知っている。そして、それらのことを自分にだけは知られないようにと心を砕いているのも分かっている。
 分かっているからこそ、知らないふりをする。
 気づかれたと知れば、ユーリは傷つくだろう。
 ユーリが口にした望みは、彼女に悪意を持って接するものたちを排除しようとするものだから。だからこそ、側室候補の彼女たちがユーリに辛く当たるのは当然だとでも思っているのだろうか。
 そんなはずがない。
 彼女らにはそんな権利などなく、ユーリこそがすべてを望める立場にあるというのに。
 望めば、それ以上のものを与えることなど、すでに決意している。
 あとは、ユーリ自身がそれを望んでくれること。
 覚悟を決めてくれること。


 腕の中のユーリが身じろぐ。逃れようとするかのように、身体をよじる。
――――― 逃げるな
――――― そむけるな
 ユーリを包んだ腕に力を込める。依然、眠りの中にありながら、ユーリは辛そうに息を吐いた。
 寝乱れた髪に顔を埋めながら、ささやく。
――――― どうか、欲してくれ
――――― 私のすべてを。


 なにもかもを受け入れる覚悟ができた、その時こそ。


      

    








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