Shining Star



「退役してからどうするつもりだ?」
 そう訊ねられてタハルカは顔をあげる。一兵卒ごときにわざわざねぎらいの言葉をかけようというのは、この国の最有力の将軍職をつとめる男だ。
 もっとも彼を最強の軍を統べるその地位に押し上げたのは、慕う兵が後を絶たない、末端兵でもおろそかにしない人柄だったからだとも。そう噂されるほどに甘い人間ではないと、ともに戦場に立ったタハルカは知っているが。事実、見下ろす男の目つきは鋭い。
「故郷のエレファンティンに帰ります。また石工に戻るつもりです」
 すると目の前の男はふと笑った。
「石切か?―――――きつい仕事だな」
「子供の頃から慣れていますから。それに軍隊よりは性に合っています」
 確かにきつい仕事ではあるが、それでも生活は以前に比べて改善されている。手当の遅配もなくなったし、食料も行き渡るようになった。空腹と疲労のために事故を起こす者もいなくなった。
 それらの変化はみな、この目の前で肘掛け付きの椅子にゆったりと身を預けた男のおかげなのだろう。
 国内視察に随行して、故郷の変化を目の当たりにしたのは最近のこと。
――――― どうだ、ここは?
 呼ばれて傍らに控えた彼に、軍の最高指揮官である将軍はそう問うた。
―――――  はい、みんな幸せに暮らしているようです。
 すれ違う人々の顔に笑顔があったことを思い浮かべながらタハルカは頭を垂れた。
――――― そうか。
 短く一言。けれど、男の声には確かな満足の響きがあった。あの大きな戦の後、王にもっとも近い場所にいて、実際にこの国を動かしはじめたのはこの男だという。だから、この変化をもたらしたのは彼なのだ。
 その時、タハルカは悟った。もう、戦いを選ばなくともいいのだと。
 手負いの獣のように牙を剥きながら、己を守ろうと毛を逆立てる必要はないのだと。
「軍隊より性に合っているか……ま、戦い好きなヤツにはロクでもないのが多いからな」
 そう言って目元にしわを寄せた将軍の顔は、自嘲とも取れる言葉とは裏腹に自信にあふれていた。彼は戦いが好きなのではなく、勝利するのが好きなのだろう。
 勝利は戦でのみ得られるものではない。
「戻って、幼なじみの女と所帯を持つつもりです」
 タハルカはひとつ呼吸をおくと、そう言った。
 最初に故郷を後にしたとき、待てとは言い置かなかった女。先の巡行で再会したとき、頬を染めて待っていたのだと告白した女。
 だから、決めた。それが自分にふさわしいことなのだと。
 将軍は少しばかり目を見開いたようだった。けれど、口の端をもち上げると目を細めた。
「そうか、それはいい。それができるならな」
 それができない人間もいる。言外にそうにじませる。
 自分を待っていてくれる女を振り返ることができない人間。
 ただ天空に焦がれたまなざしを投げ続ける人間。
 あの輝きはそれほどまでに、目を奪う。
 立場は全く違うけれど、同じ星に惹かれた者同士だから。
 だからこそ、自分の決意を知らせたかったのかもしれない。
「私にはちょうどいい女です」
 同じ高みに登ることすら許されないから、一度はこの手で引きずりおろすことすら夢見たのだけれど。
 はなむけだというように、将軍は力強く頷いた。
 タハルカは深々と頭を下げる。
 戦場を忘れよう。
 故郷に帰り、しっかりと大地に根ざそう。惚れてくれる女と一緒に暮らして。
 それでも時々は、天を仰ぎたくなるだろう。
―――― あの、狂おしいほどに心奪われたひとの輝きを探して。
 

    





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