テリブル・クッキング


 ユーリが泣いていた。
 執務室の入り口で、両の目に涙をいっぱいに溜めて。
 私は胸がつぶれたような気持ちになった。
「ユーリ、いったいどうした・・」
 そこで、私の視線はユーリの握りしめているものに止まった。
 ・・・・・・パンだ。(認めたくはないが)
「・・カイル・・・」
 しゃくり上げながらユーリが、手をつきだした。
「・・・ごめんなさい・・・」
 指の間から、パン(しつこいが、そのようなものではない)がぽろりと落ちた。
 そのままユーリは自分の顔をおおった。
「あ・・たし・・こんな・・もの・・カイルに・・」
 まさにこんなものだったが、そう言う方をしてしまうと身も蓋もない。
 私はユーリに駆け寄った。
 細い肩を腕の中に抱き込む。
「泣くな、ユーリ」
 お前が泣くのを見ると心臓が止まりそうになる。ああ、私の馬鹿。
 こんなものを無防備にユーリのもとに置き去りにするなんて・・。
「確かに・・・今日のパンは硬かった・・」
 の、を強調してみる。格助詞で、連体修飾の役割を負う。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 私はユーリをかきいだきながら、繰り返した。
「今日のパンは硬かったが、いつもそうとは限らない」
 いつもに、未来のことが含まれるならば・・・多分。
 咳払いが聞こえた。イルだ。私の掘りつつある墓穴を指摘しているのだろうか?
「・・・パンが硬かったの・・・今日だけ?」
 ユーリが私を見上げた。
 涙で潤んだ黒い瞳が・・・かわいい・・。
「ああ、今日だけだとも」
 私は大うそつきだ。しかし、ユーリを慰めるための嘘が罪になるだろうか?
「でも、カイル最近・・あたしがパンを焼くようになってから食欲がない・・」
 まったくユーリにかかると、隠し事はできないな。いつも、私のことを見ているのだから。
「それは・・お前が私のためにパンを焼いてくれたと思うと胸がいっぱいになるからだよ」
 小さな手のひらを握りこむと、そっと白い甲を愛撫する。すべすべだ。
「・・・ほんとう?」
「ああ、本当だとも」
 キックリが激しくせき込んでいる。困ったヤツだ。今度、もったいないがユーリのパンを食べさせてやろう。
「・・良かった・・」
 ユーリのほっとしたような表情に、私もほっとする。
「じゃあ、またパンを焼くね?」
 ・・ああ、それはイヤだ・・。
「嬉しいよ」
 私の口は、心とは裏腹の言葉を発する。
 だめだ、このままでは。めまぐるしく頭を回転させながら、ユーリを抱きしめる。
「・・・ユーリ、お願いがあるんだ」
「なあに、カイル?」
 涙声が鼻にかかっていて、ものすごくかわいい。
 潤んだままの黒い瞳のすぐそばに口づける。
「私にとってお前のパンは特別だ。だから、その特別をさらに特別にするために・・パンは週末だけにしないか?」
 かって父上から誉められた「まるめこみの才能」が今回も発揮されることを祈る。
「特別・・?」
 疑念がかすかに口調に紛れ込んでいる。
 だめだ!誤魔化さなくては!!
「私が毎日食べたいのは・・お前だけだよ・・」
 こうなったら仕方がない。この手で行くしか・・。
 ユーリを抱き上げる。室内に向きを変えると、非難がましいイルの視線と出会った。
 済まない、イル。この埋め合わせは・・もったいないがユーリのパンはどうだ?
「カイル・・お仕事中じゃ・・」
 言葉をふさぐ。非難がましいままのイルが扉を閉めた。
 執務机の上にユーリを下ろしながら、ささやきつづける。
「仕事中でもなんでも、お前が愛しいよ・・本当にかわいいなあ・・」
 手もせっせと誤魔化し作業をする。
 かってないほどの熱心さで、ユーリにおおいかぶさる。
「もう、泣いてないな」
 またしても、口が滑ってしまった。
「泣かないよ・・だって、カイルあたしのパン食べてくれるんでしょ?」
 そう言って、涙を浮かべたまま笑うユーリは天使のようで。
 胃だけがきりきり痛み出した。

               おわり      

     

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