「ハディの独白」

                    
 by仁俊さん

私の名はハディ。ハッティ三姉妹の長女です。若輩(?)ながら後宮の女官長を務めております。
目下の悩みは甘い言葉をかけてくれないイル=バーニ様の事です。

あの日は珍しく昼間に、しかも人を介して私室に呼ばれましたので何事かと思いましてユーリ様のお許しを得るとすぐさま駆けつけたのです。
いかにも待ちかねたという感じの、常には見せない慌てたご様子でした。
あの方は私の両の肩を掴み、咳き込むような口調でお尋ねになったのです。
「ハッティの将来は妹達に任せて、私と共に帝国の繁栄に身を捧げる気はないか?」
と。
「は?」
(この方は一体、何を力んでいらっしゃるのだろう)
皆目見当が付きませんでした。
ですが、にらめっこであの方に勝てる者など、オリエント広しと言えども多くは居りません。
子供の頃は『にらめっこのイルりゅん』の名で鳴らした有名人だったそうです。
アリンナで『にらめっこのハデりん』と呼ばれた私がこの人に勝てないのは他に原因があるのですが、それはひとまず置いといて。
ともかくあまりに真剣なお顔で見つめられた私はヘビに睨まれたカエル同然の状態で
「ございます」
と申し上げるのが精一杯でございました。
けれどもドギマギしてあらぬ事を口走ったのではありません。
私達姉妹は皇妃であるユーリ様にすべてを捧げると誓った身。
帝国の繁栄に身を捧げるのは当然の事です。
(でも何故、今になってそんな事を?)
あの方は私の返答に満足そうに頷くと、怪訝な様子の私を尻目に
「あとの事は私に任せるが良い。仕事があるのだろう?」
とだけ仰せになって、足早に立ち去って行かれました。

「「姉さん、どうだった?」」
後宮に戻っても、まだ狐につままれた状態の私を好奇心に満ちた4つの瞳が待ち受けて居りました。
「どうって、何が?」
「「何が、ってイル=バーニ様からの呼・び・だ・し」」
意味ありげな微笑、というよりニマニマしたイヤラシイ笑い方です。
「ああっもう、私にまでユニゾンで話しかけてくるのはやめて!」
そっくりの双子に両側から挟まれ、同じ顔で、同じ声で、同じ表情で、同じトーンで耳元で囁かれてはたまりません。
「「つまんないの〜」」
「あとはキックリに付き合ってもらいなさい。私は忙しいのよ」
彼女達には、まだ「輪唱」という奥の手もあるのですが、私はそこまで付き合う気にはなれませんでした。
それでもなお食い下がろうとする妹達を振り切ってシーツの交換に取り掛かろうとする私の処に皇妃として執務中のはずのユーリ様のお声が掛かりました。

「ハディ、ちょっと来て♪・・・カイル、ううん、陛下がお呼びなのv v」
日頃にも増して弾んだ口調、やや紅に染まった頬の色。これは何か良い事のあった証拠です。
「はい。ですが、皇帝陛下が後宮女官長の私をお呼びになるのにユーリ様がわざわざ・・・」
「いいから、いいからv v 今日はと・く・べ・つ♪」
「ですが・・・」
何やらゴキゲンな后妃様にグイグイ引っ張られ、皇帝執務室はもう目の前です。
「「姉さん、待って。その髪と服・・・」」
後を追うようにして付いてきたリュイが私のほつれた髪を撫で付けるようにして整え、シャラは服に付いた埃を払ってくれました。
上司でもある姉を陛下の前に見苦しい姿で立たせる訳にはいかないという心配りでしょうか。
「ありがとう。細かい事に、よく気が付くこと」
珍しく気の利く妹たち。私は素直に礼を言いました。
「「だって今日は、と・く・べ・つ♪」」
ユニゾンは、もうエエっちゅうねん!
(アラ、いやだワ。ワタクシとした事が・・・ホホホ)
「あなたたちは来なくていいのよ。呼ばれたのは私だけなんだから」
二人を追い払おうとする私に気付いたユーリ様から鶴の一声。
「あ、いいよ。二人ともついてきて」
「「やったあ!」」
(またやっている・・・癖になっているのかしら?)
「お祝い事は人数が多い方がいいからね♪」
(えっ?)
「ユーリ様・・・」
問い返そうとする私を置いて、宮廷史上最も身軽な皇妃は軽やかな足どりで執務室へ。
「ハディ。リュイとシャラもいるのか?入れ」
「「「はい、陛下」」」
やられてしまいました。わざわざ私の声に似せての三重唱。

ともかくも伺候した私たち。目の前には大きな机、その向こうには仲睦まじい皇帝陛下ご夫妻。
居並ぶ側近たち。傍らに立つ、涼やかな物腰のわが想い人・・・。
「よく来たな、ハディ。お前はいつもよくやってくれている」
「は、はい!・・・いいえ、勿体無いお言葉でございます」
「これからも宜しく頼む」
「命懸けてお仕え致します」
こうして公の場へ呼び出され、皇帝御自らのお褒めの言葉を授かるなんて滅多にある事ではありません。
私は涙が出そうな程、感激して居りました。
けれども何か、腑に落ちないモノがございました。
(皆様方、やけに上機嫌でないかい?)
そう思った矢先、陛下の口から思いがけないお言葉が。
「しっかり者のそなたなら、イルを見事に支えてくれよう。うむ、しかし何とめでたい事か!」
「へっ?・・・陛下、今、何と」
(一体いつ、そういう事になったんだ???)
「よかったね、ハディ。幸せになるんだよ♪」
心底嬉しそうな皇后陛下。
「ユーリ様。いえ、あの、その・・・有難うございます」
ひざまづいて両陛下に深々と頭を下げながら、私は必死に記憶の端をたぐって居りました。

いつまで経っても顔を上げようとしない私に代わって周囲の注目は、もう一人の主役(?)の方に移った模様です。
「しかし、イル。堅物のそなたがどうやってハディを口説いたのだ?」
「そうよ、何て言ってプロポーズしたの?」
両陛下の詰め寄る様なご下問に、さすがにあの方もタジタジなご様子。
(そうよ。私もそれが訊きたい!)
追い詰められたあの方の口元から零れる言葉に、私は全身を耳にして聞き入って居りました。
(この間の宴で唄った思わせぶりな恋歌がそうだ、なんて言ったらタダじゃ置かないんだから!)
しん、となった皇帝執務室の中で、ぼそりと呟く唯一人のひと。
「口説くなどと・・・。私はただ、『共に帝国に身を捧げよう』と」
例によって、しれっとした声。私、この声もキライじゃないんです。ですが・・・。
「へっ、帝国???」
一瞬、頭の中が真っ白になりました。
「どうした、ハディ?」
怪訝そうな皇帝陛下。
「い、いいえ何も・・・」
(危ない。こっちに質問の矢が飛んできても答える材料が無いのに)
恥ずかしくて顔を上げられないフリをしながら、私は必死に頭を働かせようとしていました。
(帝国。そう言えばさっき、何かそんな事を、・・・ってまさか、アレがプロポーズ!!!)
「まあ、ロマンチックね♪v v 」
皇妃様は無責任な感想をキラキラした目で語っておられるご様子。
「うむ、まあイルにしては上出来だな」
皇帝陛下もユーリ様につられていい加減な感想を。
(お二人さん、本当に、そう思うか?)
「そうでしょう、そうでしょう。私にとっても自信作でしたから!」
『イルりゅん』の自慢そうな声。滅多に聞けないこの声。悪くはない。でも。
(アレが・・・自信作?)

私には思いもよりませんでした。
アノ様な一言で大事な一生が決まってしまうなんて。
『私と共に帝国の繁栄に身を捧げる気はないか?』なんてセリフ、
兵士の勧誘と一体どこが違うと仰るのでしょうか。
恋歌の方が、まだ良かった。
私の青春・・・終わっちゃったかもしれません(涙)。


      終わり、だと思う・・・。

     

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