ひねもすさんの奥での2300番キリ番げっとのリクエストは「ユーリとカイルの我慢くらべ」さて、一体ふたりは何を我慢するのでしょうか


 勝ったのは


 ぴくりとカイルの手が止まった。みるみるあいだに眉間にしわが寄る。
 それから、咳払いをひとつ。
「ここの、穀物倉庫のことだが・・・」
 書記官がうなずき資料を読み上げる。
「皇后陛下」
 耳元で呼ばれて、びっくりする。
「え?」
 皇后付き秘書官が、おおげさにため息をつく。
 手元の資料を慌てて見返す。
「安息の家、だっけ?」
「ええ、各地の安息の家に送る衣料品のことです」
 王宮衣装庫のリストを乱雑な机の上から探そうとすると、タブレットが、がらがら崩れる。
「リストならこちらに」
 大慌てで机の上を押さえたあたしに、秘書官は落ち着き払って粘土板を示した。
「持ってるならそう言ってよ」
「さきほど、申し上げましたが」
 そ、そうだったかな?
 皇帝用執務机の向こうから、カイルが疑うような視線で見ている。
 あたしはなるべく平然とした表情を作りつつ、秘書官のリストを受け取る。
「西の倉庫の衣料品を」
「あちらですと、皇帝陛下の決裁が必要ですね」
「カイルの?」
 そうだった。東の倉庫のものはこのあいだ、水害地に送ってしまったし。
「カイル!!」
 少し大きめな声で呼ぶ。
「なんだ!?」
 もっと大きな声で返ってきたのは、先ほどから執務室の扉の前で聞こえていた騒音がなおいっそう大きくなったからだ。
「西の倉庫の衣料品を・・・ああ、うるさい!!」
 耳をふさぎいでしまう。
「ユーリ!」
 いつの間にかやって来たカイルがあたしの腕をひっぱった。
「あいつ、泣き過ぎじゃないのか?」
 閉ざされた扉の向こうをあごで示す。
「・・・泣き落としは通用させないって言ったの、カイルじゃない」
 断固とした態度が必要だと。
「確かに言ったが・・もう二刻は泣いている」
「うん・・」
 息子の泣き声を聞いて平然としていられる母親はいないだろう。
 扉の向こうで座り込んで顔を真っ赤にして泣いているピアを想像すると、あたしまで泣きそうになる。
「しかし、あいつに戦車競争はまだ早い」
「デイルのする事はなんでもしたいのよ」
 カイルは眉間のしわをますます深くした。
「あいつはようやく7歳だぞ、振り落とされるのがオチだ」
 朝食時に、あたしたちの次男坊ピアは兄の出場する戦車競争に自分も出たいと言いだした。長男で皇太子のデイルは、他の貴族の子弟達と一緒に初めて戦車競走に出ることを許されていた。
「そうだけど・・」
 あたしたちの話し声が聞こえたのか、ピアの泣き声はますます大きくなった。
 あたしだって、危ないことはさせたくない。
 でも、あの泣き声をいつまでも聞いていられない。
「なんとかならない、カイル?」
 涙がにじんでくる。泣き落とせばなんでも叶うと思わせるのは、いちばんまずい教育なんだろうけど。
 カイルは困った顔をした。
「・・・それは、良くないぞユーリ」
「なにが?」
 泣き落としに負けること?
 カイルは少し顔を背けながらあたしを抱き寄せた。
「ピアもだが、おまえの涙に私は一番弱い・・」
 あたしの後ろにいる秘書官に牽制をかける。
「西の倉庫の衣料品のことは許可する。必要な書類を作成しておけ」
 そして、ようやくあたしにキスをした。
「・・・なんとかしよう」
 要するに、ピアが戦車競争を諦めれば良いんだから。
 あたしの肩を抱え込むと、執務室の扉を開ける。
 もたれていたピアが、ころんと倒れる。
 仰向けになりながらもピアは泣いている。
「・・・いいぞ、戦車競走に出て」
 唐突に泣き声がやんだ。ピアは目のまわりを涙だらけにしてドングリみたいな瞳でカイルを見上げた。
「・・ホント?」
「ああ、本当だとも」
 言うとカイルはしゃがみ込んだ。当然あたしもしゃがみこむことになる。
 膝にすがりついてきたピアの、カイルとそっくりの色の髪を撫でる。
「父さまがお許しになるのよ?」
 どういうつもりかは知らないけれど。
「ただし、ピアおまえは操縦法をまだ習っていないからな」
 カイルが涙でごわごわになった次男坊のほっぺたをつついた。
「特別に、戦車隊長から習わないといけない、いいな?」
 カッシュから?王宮には操縦法の先生もいるのに。
「わかったよ!!」
 鼻をぐずぐずいわせながら、ピアは笑った。
 どうにも手に負えないいたずらっ子なのに、こんな風に笑うからつい我が儘を許してしまうのね。
「わかったら、顔を洗ってこい」
 カイルは言った。
 廊下をぴょんぴょん跳ねて遠ざかるピアを見ながらため息をつく。
「甘いなあ・・」
「全くだ」
 カッシュを呼ぶように命じるカイルの声を聴きながら、あたしは甘い自分を反省した。
 ピアってカイルに似ているから・・甘くなっちゃうのよ。
 
 
 
 カイルの考えた策はこうだ。
「カッシュ、戦車でピアを平原に連れていってほしい」
「殿下を?」
「そこで、ピアをおまえにくくりつけて・・」
「く、くくりつけるって?」
「全力疾走しろ」
 真面目な顔だった。あたしは、カイルの頭の良さを誉めたくなった。
「あいつは泣くだろうが、かまわん」
「は、はあ」
 きっと、泣きながらピアは戦車はイヤだと言い出すだろう。
 でも、これから先も戦車を嫌ったらどうするのだろう?
「あいつには、時期を見て私が一から教える」
 まるであたしの考えを見透かしたようにカイルは言った。
「我慢比べは負けたがな、そうそう簡単には親には勝てないさ」

 今回の勝負は・・カイルの勝ち?

                  おわり

 

     

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