あかねさん奥にて2900番のキリ番げっとのリクエストは「ケンカ」。二人のケンカって犬も喰わないはずです。


もやもやサマー


 けんかした。
 きっかけは、キッズワトナへと向かう戦車の中の会話だった。
 あたしは、視察に連れていってもらうことにうきうきしていて、やっぱり上機嫌なカイルの暑苦しいマントにくるまっていることも気にならなかった。
「嬉しいな〜」
「ああ、私もだ」
 天気も良いし、カイルもそばにいるし、なにより海があたしを待っている。
「行ってみたかったんだよね」
「そうか、私はおまえと過ごすのならどこでもいいぞ」
 カイルは言うと、あたしの砂だらけの髪に唇を押し当てた。
「もう、楽しみで楽しみで!!」
 ああ、声が弾んじゃう。
「何がそんなに楽しみなんだ?」
 今度は汗でべとべとになった首筋に口づけしている。
「うん、だってハディに作ってもらったの!!」
「そうか、良かったな」
 今年は、ちょっと大胆にセパレートでいこうかと思うんだよね。
 デザインを言ったとき、ハディはちょっと渋ったけど、それでも注文通りの水着を縫ってくれた。
「はやく着て・・泳ぎたいなあ」
 聞くところによると、キッズワトナには真っ白なビーチがあるらしい。
 青い空と白い波と・・考えるだけでうっとりしてしまう。
「・・・ダメだ」
 いつの間にか、カイルが怖い顔をしていた。
「・・ダメって?」
「泳ぐなんて、もってのほかだ」
 どういうことよ。
「いいか、おまえは一切水にはいってはいけない」
 カイルは真剣な顔のままあたしに指を突きつけた。
「これは、皇帝命令だ」
「なんですって・・!?」
 横暴だった。理由も何も言わずに命令なんて横暴すぎる。
「理由も分からないのにそんな命令聞けないわよ!」
 カイルはますます怖い顔をした。
「分からないのか?誰かに見られたらどうするんだ?水にはいると衣装が透ける!」
「透けないわよ、水着だもん」
 あたしは嬉しくて持ち歩いていた水着を足下の袋から引っぱり出した。
「ほら!!ちゃんと濡れても透けない布!」
 カイルは水着を手に取った。しげしげと見る。
 そして、いきなりかっと眼を剥いた。
「なんだ、この服は!?」
「・・水着」
「これが服だと呼べるのか?ほとんど裸に近いじゃないか!!」
 そして、トップの部分をあたしの胸に押し当てながらなおも続けた。
「肌が露出する。こんな格好で昼日中に歩くなんて嘆かわしい!!」
 まるっきり、オヤジの意見だった。
 あたしはオヤジカイルの手から水着を奪った。
「ユーリ!!」
「ぜったい、泳ぐからね。でないとなんのためにキッズワトナまで行くのか分かんないじゃない」
「キッズワトナについてきたのは、私のそばにいたいからじゃなかったのか?」
 ・・そういうことにしていたかも知れないけど。
 でも、あたしは腹が立っていた。
「違うわよ、泳ぐため!!」
「許さんぞ!」
「ふ〜んだ!!」
 戦車の横を走っていたアスランに合図すると、アスランが寄ってくる。
 手綱を掴むとひらりと飛び移った。
「ユーリ!!」
 あたしは、カイルに向かって特大のあっかんべーをした。



「と、言うわけで泊めてね」
 言うと、三姉妹はいっせいに顔を覆った。
 なにしろ行軍中だから、カイルは自由に行動できるわけではない。あたしは一人でアスランを駆り、野営地につくと三姉妹の天幕に転がり込むことにした。
「ユーリさま・・」
「こちらはユーリさまがお休みになるところでは・・」
 あたしは天幕を見まわした。カイルと休む天幕は、ちょっとした部屋くらいの広さがあるんだけど、これはキャンプで使うテントぐらいの広さしかなかった。
「・・ごめんね、あたしが来ると狭いね・・」
 双子がぱっと明るい顔をした。
「そうですわ、やはり陛下の元に戻られた方が・・」
「陛下も心配しておられますわ!」
 なんだか出て行けって言われているみたい。
「仕方ないな・・アスランのそばで野宿する」
「ひえぇぇ」
 三姉妹が叫んだ。
「なりません、ユーリさま!!」
「それなら、こちらでお休みを!!」
「私たちが外で寝ます」
「だめよ、一緒に寝ないと」
 あたしは慌てふためいている三人を見まわした。
「一人で寝ていたら、カイルが襲いに来る」
 冗談じゃなくて、本当に。
「はあ・・・」
 納得したのかどうなのか、三姉妹は気の抜けた返事をした。



 真っ暗なテントで身を寄せ合って寝ていると、修学旅行みたいな気分になる。
「ねえねえハディ。・・・好きな人、いる?」
「な・・なんなんですか急に?」
「お約束じゃない」
 真っ暗の中での告白タイム。
「私に聞かないでください」
「だって、他はみんなカレシ持ちで・・」
 ハディが黙り込んだ。どうも・・・まずかったみたい。
「ユーリさま、陛下といつまでケンカされているおつもりですの?」
 リュイが、話題を逸らすように訊いた。
 こんどはあたしがむっとする番だ。
「カイルが横暴じゃなくなるまで」
「水着がお気に召さなかったようですわね」
「泳ぐこと自体、気に入らないみたい」
 闇のなかでくすくす笑いがおこった。
「陛下はご執心ですから」
「お幸せですわよ?」
 行動を制限されて幸せなもんですか。
「他人事だと思って・・」
 それにしても、カイルは怒っているし、キッズワトナは近づくし、このままでは泳げなくなってしまう。
「どうしよう・・・」
「作戦を練りましょう」
「いっそ方法を変えるとか」
「方法?」
 あたしは身体を起こした。
 リュイのいるあたりに顔を突きだす。
「どんな?」
「・・・泳いでいいか、と仰られたら陛下は許可なさらないでしょう?泳ぎたいからどうすればいいかお尋ねになればいいのです」
「なるほど・・」
 でも、カイル怒ってるし・・。
 考えているあたしの手が両方からぎゅっと掴まれる。
「あとは、色仕掛けで」
「夜這いをかけるんです」
 握っている手が燃えている。さすが二人がかりでキックリを陥れた(?)だけのことはある。
「・・・どうするの?」



 衛兵の前で人差し指を唇に当てると、だまってうなずいて通してくれた。
 カイルの天幕の入り口で振り返ると、三姉妹が力強くうなずくのが見えた。
 入り口に踏み込む前に、ふと浮かんだ考え。
 なにか体よく追い払われてない?
 でも、あたしは作戦を成功させることにする。
「カイル・・?」
 寝台の上でカイルは動かない。気がついているくせに。
 あたしは足音を忍ばせて近寄ると、そっと肩に手をかけた。
「・・・怒ってる?」
 ま、怒っててもいいけど。上掛をまくると、ごそごそ潜り込む。
 カイルは眠ったふりをしているけれど、あたしが定位置に納まると腕をまわしてきた。
「ごめんなさい・・」
 とにかく、さきにあやまること。納得行かないけど。
「あたし、我が儘だよね」
 ちょっと涙声なら効果的。涙は出ないけれど、暗いから見えないだろう。
「でもね・・・本当に泳ぎたかったの・・・カイルがだめだっていうなら、仕方ないけど」
 ここで、ため息。思いっきり悲しそうに。
「ああ・・人目につかずに泳ぐ方法があればいいのに・・・カイルと一緒に」
 カイルがいない方がいいと言ったあたしに、双子は、政務があるからどうせ泳げませんよと太鼓判を押してくれた。
「こんなこと言っても仕方ないよね・・・おやすみなさい」
 カイルの唇にかすめるようにキスをする。
 ここで接触時間が短ければ短いほど効果的なんだと双子は言った。
 ハディは終始、あきれていた。
「ユーリ・・」
 おお、早くも効果が?
 カイルがあたしを抱く腕に力を込めた。
「私も・・・悪かった」
「ううん、カイルは悪くないよ」
 ここで、一回否定して上げましょう。双子って・・・天才?
「あたしが、カイルと泳ぎたいといったのが悪いの」
 くどいぐらいに強調すること。でも、ケンカの時、そんなこと一度も言ってないけど。
「ごめんなさい」
「謝るな・・私が頭ごなしだったのがいけない」
 ・・・凄い。双子が予想したとおりの言葉だ。簡単に行動を見透かされるなんて、カイル、やばくない?
「私も、おまえと泳ぎたい・・・方法を考えよう」
 なんとなく、双子を相手にしているキックリがかわいそうになった。
「・・嬉しい・・」
 これは、演技じゃなくて心から言えた。カイルの首に腕をまわす。
「ああ、ユーリ愛しているよ」


 ケンカは負けて勝て。三姉妹が出陣(?)するあたしに贈ってくれた言葉だった。


                      おわり            

      

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