バビロニアより愛をこめて・・・バビロニア必勝法
by千代子さん
うららかな昼下がり。
王宮の中庭でユーリは息子二人を遊ばせていた。そこへ、ハディがやってきて、
「皇妃さま、ナディアさまより、例のモノが届きました」
と耳打ちをした。
「そう、届いたのね」
ユーリはにんまりと笑って、子供たちをリュイに任せると、ハディを連れて自室へ戻った。
部屋の中は、バビロニアから着いたばかりの贈り物で足の踏み場もないほど散らかっていた。
幾人かの侍女たちが一生懸命に手分けして片しているが、ユーリはハディが抱えてきた包みを確認すると扉ひとつ隔てた納戸へ二人して入り、そこにしゃがみこんだ。
納戸の中はユーリの服やら宝石やらでごたごたしていたが、女二人しゃがみこんで密談するだけの余裕はある。
ハディはそっと、抱いていた包みを開けた。
「これが…」
ユーリは感嘆のため息をついた。
「なんでもバビロニアの方法はオリエント一とか…。きっと成功なさいますよ」
「バビロニアの医学はエジプトよりも進んでるんでしょ? 特に…こっちは…」
ユーリはハディの持つ木箱から巻物になっているパピルスを開いた。
「…なるほどね。これなら成功するかも…」
にんまり笑って、ユーリはパピルスをもとに戻し、ゆっくり立ち上がった。
「ハディ、このことは内緒よ。それからナディアさんにお礼状を書かなくちゃ。 …もちろん内密にね…」
「おまかせくださいませ、ユーリさま。けして外部には漏らしませんとも」
女二人、薄暗がりの納戸で声を潜めて笑う姿は一種異様でもあった。
バビロニアの王女で、ミタンニ王太子・マッティワザの側室、さらにはヒッタイトの先の皇妃であったナキアの妹ナディアは、いま、新ミタンニ王国の王、つまりかってのミタンニ王太子の正室となっていた。
そのナディアとユーリはこのところ密書を交換し合っていたのだ。
それはカイルも預かり知らぬことであった。
ハディだけがユーリのたくらみを承知し、さらに手伝っていたのだが、カイルもさすがに知らぬままではいかなくなる。
「おまえ、今度は何をたくらみだしたんだ?」
そう聞いたところで、ユーリは易々と口を割る女ではなかった。
寝所で口を割らせるのはカイルの十八番だったが、こればかりは思い通りには行かなかった。
「変なことはしてないよ、心配しないでカイル」
ただナディアさんと文通してるだけ、とユーリは言う。
「あたしのこと信じられないの? あたしたちってそんなに薄っぺらな夫婦だったの?」
上目使いで黒い瞳をうるうるさせて見つめられると、たちまちカイルは理性を失い、すべてお構いなくなってしまう。
結局、カイルはユーリにかなわないのだ。
そのユーリが子供を寝かしつけた後、突然言い出した。
「あたし、今度は絶対に女の子が欲しいの」
草木も眠る夜、寝所、妻のおねだり言葉ときたら、カイルがする事は一つだけだった。
いざ、とユーリを押し倒した時、ユーリはすさまじい勢いでカイルを拒んだ。
「なによ、突然!!」
「なにって、子供作るんならすることは決まってるだろう」
「もう、なんにも判ってないんだから…」
ユーリは寝台の上に座り直して、これをみて、と昼間の例のパピルスを取り出して開いた。
「なんだ、これは?」
「バビロニアから取り寄せた子供の産み分けの方法が書かれたものよ。
見て、女の子を望むときは牡牛座、蟹座、乙女座、蠍座、山羊座、魚座のどれかに月がかかった時にすると出来やすいんだって。
いまはちょうど山羊座ね。
で、月が星座の中に正確に入るちょっと前(十分まえくらい)から四半日弱(五〜六時間)の間にするのがいいらしいの。
ね? カイル、お願い。あたしどうしても女の子が欲しいの」
ユーリのお願いに弱いカイルは、しばらくうなったふりをした末にこれを承諾しのだが、次に出されたユーリの条件というのが信じられなかった。
「じゃあ、三日後までナシね」
「三日も禁欲か!?」
「だって、月が星座の中に入るのって三日後なんだもん。しかたないじゃない。
…それともカイル、女の子欲しくないの?」
ユーリの、目を潤ませて唇を軽く尖らせた表情に、あやうくカイルは理性を手放しかけたが、ユーリの言う通りにするしかなかった。
さて、禁欲生活も今日で終わりだと思うと、カイルの理性はそろそろ限界に達しようとしていた。
なにしろユーリは、
「一緒に寝たらカイル、きっと我慢できなくなるでしょ」
と言って自室へ下がってしまっていたのだから、カイルとすればたまったものではない。
それも今日で終わるのだから、朝から政務もろくすっぽ手につかず、イルのこめかみが何度もひく付いている事にすら気が付かなかった。
ユーリは、いたって涼しい顔をして子供たちの相手をしていた。
しかし内心は、カイルも我慢の限界がいつ来るか、少しばかりハラハラしていたのだが。
そして夜、というよりも夕方、天文博士に月と星座の時間を割り出させた予定時刻(もちろん理由は話していない)よりもいくらか早めだったが、カイルは早々と仕事を切り上げ、ユーリの部屋にやって来た。
「まって、カイル、まだだってば。まだ月も登ってないのよ?」
ベッドの影に隠れようとするユーリを引き寄せ、そのままなだれ込み、そのあとは…
「まって…まだ…まだ早…い…」
ユーリの呼吸がだんだん荒くなる。こうなってしまえば主導権はカイルのもの。
ユーリはされるがままに大人しくするしかなかった。
そして月満ちて、見事生まれたのは第一皇女であった。
「やはりわたしの処置≠ェ正しかったからだろう」
産褥のユーリの傍らで得意満面の不敵な笑いで娘を抱いていたカイルは、何気なくユーリに訊ねた。
「おまえ、なんであんなに女の子にこだわったんだ?」
ユーリはカイルから、まだくしゃくしゃな顔をした赤ん坊を受け取り、母乳をあてがいながら言った。
「だってデイルもピアも、あたしが産んだのに悔しいくらいカイルそっくりな顔なんだもん。女の子ならあたしに似てくれるかなって思ったから」
「…………」
――これ以上我が家にじゃじゃ馬はいらん。
カイルは、容貌が父親似でも性格が母親似の二人の息子に、さらに娘までが加わるのかと思うと、胃が痛む思いだったという。
(おわり)
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