きくえさん奥座敷での3900番のキリ番げっとのリクエストは「妊娠中のユーリとカイル」(なんだかカイルも妊娠しているみたいだ・・・)原作でも大騒ぎしていましたが、さて?ちなみに、これは人気シリーズ(笑)でもあります。


スウィート・クッキング



「ひええええ〜〜〜〜っ!!こ、皇帝陛下っ!?」
 叫ぶと料理番は壁際まで飛びのき、床にべたりと貼りついた。なべや野菜がごたごた積んである室内で、器用なやつだ。後ろに目があるのだろうか?
「陛下からお言葉がある」
 キックリが言うと、料理番は床にのめり込まんばかりに頭を下げた。
「そのほうが、毎日皇妃の食事を作っているのか?」
 料理番はがたがた震えている。
「直答を許す!!」
 キックリの声に、妙にひょろひょろした言い方で返事をする。
「へえ・・・いや・・はい、わたくしが調理いたしております」
 ふむ、と私はうなずく。見えていないだろうが。
「その皇妃だが、最近食事に手をつけない」
「も、申し訳ありませんっ!!」
 血の気の引いた料理番は、耳や首筋までもが蒼白だった。
 勘気をこうむったと思いこんだのだろうか。
「仕方があるまい・・あれは・・私の子を懐妊中なのだから」
 私の子を、のところで心持ち胸を張る。
 そう、ユーリの腹の中には待望の赤ん坊がいるのだ。初めてそれを知らされた日の喜びの大きさを、私以外の誰が分かるというのだろう。いや、分かりはしない。
 喜びのあまり、大神殿の中庭に記念碑まで建てようかと思ったくらいだ。
 イル・バーニがなぜそれを阻止したのか、いまだに理解できない。
 この国に皇帝と皇妃の正当な世継ぎが誕生するというのに。
「おめでとうございます、国民一同心よりのお祝いを申し上げます」
 料理番は、今度ははっきりと言った。
「そうか、めでたいか。毎晩がんばった甲斐がある」
「・・・」
 私は目を閉じて、いまごろ後宮の一室にいるユーリを想った。
 皆がおまえの懐妊を喜んでいるぞ、ユーリ。
 ユーリはそれを聞くと大げさだと言って頬を染めるだろう。
 かわいいなあ。
 ところで、かわいいユーリは現在つわりのために食物を受け付けない状態なのだった。
「皇妃の食事のことだが」
 おもむろに、切り出す。
「はい・・・わ、わたくしのお出しするものがお口に合わないと・・」
 血の気の戻っていた料理番が再び青ざめた。
 この男は、つわりのなんたるかを心得ていない。誰にでも、食べられない時期と言うものがあるのだ。大切なのは無理に食べさせようとするのではなく、そういう時もあると心をリラックスさせること。その方が、ユーリにとっても、子供にとっても良いことだ。
 じつは毎日、専門家を執務室に呼んで「父親になるための講議」を受けている。
 いまや私は妊娠出産のエキスパートといってもいいだろう。
「・・・おまえはよくやってくれている。料理も栄養価の高いモノだし、のどを通りやすいように工夫してくれている」
「はっ」
 弾かれたように料理人が顔をあげた。中年男の目に、涙が浮かんだ。
「あ・・ありがとうございます!!」
「陛下から直々のお褒めの言葉だ」
 キックリは言うと、私の合図を見て続けた。
「が、しかし皇妃陛下はお食事を召し上がられない。そこで・・・陛下は皇妃陛下のお食事を御手で作られることにされた」
「ひええええ〜〜〜〜〜っ!!」
 料理人は叫び、またしても飛びのこうとしたが、もうスペースはなかった。無様に壁に貼りつくと、目を白黒させてうめいている。
「では、さっそくとりかかろう」
「陛下は本日のメニューはなにかとお尋ねだ」
 キックリががたがたした古い椅子を引っぱり出したので、私はそこに腰を下ろした。
「さあ、料理人どうした?」
 料理人はよろめきながら壁を離れると、しきりに汗を拭いながら、足下の籠を指した。「そ、そらまめのスープと、つぶした百合根と、鳩の蒸しものと、イチジクの蜜煮と・・」
「どれからとりかかるのだ?」
 足下の籠に入ったものを見下ろしながら訊ねる。
「と、とりあえずそらまめから・・」
 籠を差し出されて、私は驚いた。籠に入っていたモノはそらまめには見えなかったからだ。
「これが・・そらまめだと言うのか?」
「怖れながら、陛下。そらまめというものは莢に入っていてそれを取り除かなくてはなりません」
 キックリが助言する。なるほど、それは知らなかった。
 私は感心すると籠を受け取った。
「これの莢を取り除けばいいのだな?」
「は、はい」
 一つとって、指で皮を剥こうとする。なかなか固い。
 ぱちんと音がした。
 見るとキックリが莢をまっぷたつに割っていた。どうやったのだ?
「莢はこのようにして割れるのです」
「ふむ」
 今度は莢をたてに持って、強く押す。青臭い匂いがして、莢の中からつぶれたそらまめが顔を出した。なぜ、上手くゆかない?
「陛下、莢にはむきがあります。この丸い方を上にして・・」
 私はキックリの手元を見ながら、新しい莢を手に取った。
 ぱちんと音がして、私の手の中から、またごうことなきそらまめが転がり出た。
「キックリ、そらまめだ!!」
「はい、ご立派でございます!!」
 なるほど、これはなかなか楽しい。このそらまめをユーリが口にするかと思うとなお楽しい。
 ぱちんぱちんと音をさせながら、私はそらまめむきに熱中した。
 不意に、いい匂いが鼻をくすぐる。
 いぶかしんで見ると、ちょうど料理人が蒸し上がった鳩を鍋から取りだしているところだった。
「・・おい」
「は、はい」
 私は少し不機嫌になった。ユーリの食事は私が作ろうと思っていたからだ。
「なにをしている?」
「お食事の準備を・・」
 料理人は憎らしいくらいに平然と答えた。こいつ、鍋を持っていると人格が変わるのか?「陛下、料理人が作っているのは陛下のお食事です。ユーリさまの分は陛下がお作りになられるのですから」
 キックリの言葉に、なんとか気をおさめる。
 そうだ、ユーリの食事は私が作る。食欲のないユーリに食べさせることが出来るのは私の愛の力だけなのだから。



 後宮のユーリの寝室に向かう。ここ数日ユーリは後宮を出ていない。
 ユーリが元気なときには、なんとかして飛び出さないようにしようとしたものだが、いざユーリが閉じこもりきりになると心配でたまらなくなる。
 ユーリの妊娠が分かってからは、私の寝所に召すこともやめた。
 もちろん、私がユーリを訪ねるのだ。
 なにしろ、後宮から私のもとに来るには、吹きさらしの階段を7段も降りなくてはならない。足でも滑らせたらたいへんだ。それに、夜風に当たると身体を冷やすことになる。
 手足を出す服を着ることも禁止した。ショックを与えないように、後宮内で、大声も厳禁だ。
 ユーリのために慎重な上にも慎重を期さないといけない。
 女官の捧げ持つ盆を後に、私はユーリの部屋に入る。
 控えていたハディが天幕をかかげると、寝台の上に横たわるユーリがいた。
 ただでさえ細い身体が、ますます細くなったような気がする。寝顔は血の気が引いて恐ろしいほどに白い。
 やつれた横顔を見せたまま、枕にしがみつくようにして眠っている。呼吸が少し苦しそうだ。
 膝をおとすと、そっとまぶたに口づける。
 額にかかる黒髪を払うと、小さくため息がして、ユーリが目を開けた。
「・・カイル?」
 愛しい黒曜石の瞳をのぞき込みながら微笑む。
「起こしてしまったか?」
「・・ううん・・うとうとしてただけ・・」
 起きようとする上体を支え、楽なように枕を背に当てる。
「食事の用意が出来ている・・・食べるか?」
「・・あんまり、食べたくない」
 掛布を膝に引き上げてやりながら、手を握りしめる。
「私が作ったんだ・・・」
 ユーリの瞳が見開かれた。驚いた顔をすると、幼い顔がさらに幼くなる。
「カイルが?ホント・・?」
「生まれて初めてまめを剥いたぞ」
 女官に盆を運ぶように命じながら、片目をつぶる。
 ユーリが笑った。青い顔に生気がよみがえる。
 その笑顔を見ると、一生をまめ剥きで終わっても良いような気がした。
「すごい・・カイルが作ったの?」
「ああ」
 ハディが差し出すスープに匙をさしこむ。が、口元に運びかけてユーリの顔がゆがんだ。
 匙が戻される。
「・・ごめんカイル・・匂いが・・」
「だめか?」
 口元を押さえたユーリの背をハディがさすっている。
「ごめんね、カイル」
 その他の食べ物も受け付けないようだった。
 女官を退かせながら、ユーリの髪を撫でる。
「気にしなくていい、すぐに食べられるようになる・・だけど、飲み物ならどうだ?」
 ピッチャーを運ばせる。目の前でカップに注ぐと、ユーリの手に握らせた。
「おまえの好きなイチゴを潰してミルクに入れて蜂蜜で甘みをつけた・・」
 栄養価は高いはずだった。それに、ユーリはイチゴが好きだ。
「・・イチゴ?」
 季節はずれのイチゴは、朝、兵をやって遠い丘まで採りにやらせた。
 ユーリがカップに口をつける。最初おそるおそる口に含んだようだったが、やがてカップを傾けはじめた。
 やった!!ユーリが飲んでいる!!
 ユーリの白い喉を流れて行くのだろう液体を思って私は歓喜した。
 私の手製の飲み物を飲み干したユーリは、ため息をついた。
「どうだ、美味かったか?」
「・・うん・・おいしかった」
 私はユーリの手を握りしめた。
「・・・これは、おまえのために私が考案した飲み物だ」
 ユーリの目がわずかに見開かれるのと、後ろで三姉妹や女官がえっと声を上げたのは同時だったような。
「・・・なんだ?」
 不審そうな私に、ユーリはまた笑顔を見せてくれた。
「ううん・・・ありがとう、とっても嬉しいよ、カイル!!」
 そのまま、私の胸にもたれる。
 私はユーリの肩に腕をまわすと、もう一方の手をそっと腹部に置いた。
「すぐに、元気になるよ」
「ああ」
「お腹も大きくなるね」
「楽しみだな」
 まだ変化の感じられない腹をそっと撫でる。ここにいるのは私の子だ。



 翌日、調理場でイチゴを潰している私の所にイル・バーニがやって来た。
 目尻がつり上がっている。
「陛下!!」
「なんだ、今忙しい」
 イチゴは鮮度が勝負なのだ。
 イルは大げさにパピルスを拡げると眉間にしわを寄せたまま言った。
「そのようなことは料理人にお任せ下さい」
 料理人ごときが、この飲み物を任せろと?知略のイルにも思い及ばないコトがあるものだ。
「この『ユーリのために潰したイチゴにミルクを加えて蜂蜜で甘みをつけたスペシャルドリンク』は、私にしか作れない」
「その、『イチゴミルク』が、陛下にしか?」
 ・・・『イチゴミルク』か!!
 素晴らしいネーミングだ。私も先ほどの名前は長いと思っていたが、さすがイル・バーニ。短くて、かつ、本質を言い当てた名前を考えついたものだ。
「よし、決めたぞ」
 私はイチゴを潰す手を休めずに、イルに命じる。
「『イチゴミルク』を記念して大神殿に奉納碑を建てよう」



 けしからんことに・・イルはまたしてもそれを却下した。



              おわり        

     

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