『ハディの逆襲』

                                by仁俊さん

私の名はハディ。ハッティ三姉妹の長女です。若輩(?)ながら後宮の女官長を務めております。
何かの間違いでプロポーズの感激もないまま結婚させられてしまいそうな雲行きの今日この頃です。
これは成り行きで婚約させられた、その夜の事。

「何を怒っているのだ、ハディ?」
例によって自室に呼び出した私を立ったまま抱きしめ、髪に顔を埋めて深呼吸する彼。
不機嫌な思いを隠せない私の耳元に、囁きかけるような声。
(いつも、この声で騙されるのよね)
指で髪を梳かすようにして愛でる。
だだをこねている娘をあやすような仕草。
わかっていない。本当にわかっていないみたいです、このヒト。

そのままベッドに倒れこもうとする長身を支えきれずに折り重なる二つの影。
「あいたたた・・・」
こんなんでギックリ腰になったら、悲しすぎます。
「大丈夫か?」
だから耳への攻撃は反則だっつーの。
腰を撫で、胸をまさぐろうとする動きの中で、
「どうして急に婚約なんて・・・」
呟くような私の問い掛けに、意外な言葉が返ってきました。
「タロスからの縁談がまとまりかけていたのに、か?」
「えっ!?」
(何よ、それ。私、そんな話知らない)
「そうはさせぬ。お前は私だけのモノだ!」
乳房を掴む指。そんな風に爪を立てたら痛い。
「くうっ」
思わず洩らした苦痛の声に、あわてて手を離す彼。
(かなりうろたえ気味、かな?)
「私とした事が・・・痕がついたか?」
彼はこういう事に、何故かとても神経質。
「大丈夫です、多分」
いや、実は今のは相当痛かった。けどそれよりも、私には急いで確かめたい事があったのです。
「私に縁談?・・・そんな話、一体何処から」

入り口の壁が軋んだ。だれか、いる。
スッと彼の体重をはずして目配せし、素早く身づくろいをして立ち上がる。
無言で頷く彼の瞳は、まだどこか怪訝そう。
護身用に持ってきた短剣を抜き、気配のした方に無造作に投げる。
「「げっ」」
「うわっ!」
思った通りの悲鳴。いや、予想より一人分多かったような。
「リュイ、シャラ、・・・それにキックリまで!」
「「ひどいよ、姉さん。ナイフ投げるなんて」」
ちょっと涙目の二人。キックリは腰が抜けたみたいです。
さすがに三人とも上手く避けたようですが。
「それが覗きを見つかった人間のセリフ?」
仁王立ちして上から見下ろす私の姿は、妹たちにとって他の何より恐ろしいモノだとの事。
引き攣った愛想笑いを浮かべて後ずさろうとする三人。
(お生憎様。後ろは壁よ)
「成る程、そういう事か!」
「えっ?」
振り向くと、身づくろいを整えた彼がすっかり納得したように頷いていました。
ちょっと冷ややかな声です。
「すべては、お前たちの仕業だな。発案者はユーリ様か?」
「「「ハイ・・・」」」
観念しきったようなキックリの声で三重唱。まだ余裕があるんじゃないのか?

「そう怒るな。三人とも悪気があってした事ではない」
1ラウンド終わったあとになっても話を蒸し返そうとする私を宥める彼。
汗ばんだ肌に夜風が心地良い。
妹たちには、きつく言い聞かせて退去させたので、覗かれてはいないハズ。
おでこと、両のまぶたと鼻のあたま、そしてホッペ。
・・・最後にくちびるにキス。
(ふふん♪)
いつもは最初だけの行為を、コトが終わったあとにしてくれるのはチョット嬉しい。
緩みかかる頬を必死に押さえる。
言うなら、今です。
「プロポーズ、やりなおしていただけませんか?」
「・・・何故だ?」
すでに衣服を整えて、また机に向かうつもりだったらしい彼は急に不機嫌そうな顔になりました。
私の一番見たくない表情です。でももう、これが多分最後のチャンス。
(勇気を出せ、私!)
「わからなかったんです、アレでは」
「では、私と結婚する気はなかったと言うのか?」
険悪なムード。ふるえる私の肩を握り締める両手、迫力のアップ。
今夜の『イルりゅん』、何だかコワイ。
「そうではありません、けど・・・」
「両陛下の祝福も受けて置きながら、破談にするつもりか?」
「そんな言い方、ズルイです!!!」
目をつぶって、ふりしぼるように叫ぶ私。
弾かれたように手を離す彼。
絶望で目の前が真っ暗になっていく。
(ああ、ついに彼を非難してしまった)
『どんな扱いを受けようと、この人を責めるような事だけはするまい』
と心に誓った私なのに。
遅すぎる後悔が胸を埋め尽くす。

両陛下の手前、彼は決して破談にはしないだろう。
けど、今ので心は離れたかもしれない。
ふたりの家庭は冷えたモノになるだろう。
他に女をつくるかもしれない。
その女に子供を産ませるかも。
彼が私以外の女を愛し、私以外の女が彼の子を産む。
幸せそうな彼の姿を横目で見ながら私は人知れず立ち枯れていく。
(そんなの・・・嫌!)
悪夢の無限ループに入り込んだ私の身体を、すっぽりと包み込む長い腕。
そして・・・

私が恋したのはアリンナの戦姫
気丈な姿に愛らしい微笑み
可愛い口を尖らせて
何を不満に思うのか

私が恋したのはアリンナの戦姫
しなやかな肢体は私のみぞ知る
その剣技は戦場の華
その美貌は宮廷の花

私が恋したのはアリンナの戦姫
意外にもわが初恋の君
どうか機嫌を直しておくれ
どうか機嫌を直しておくれ

私が恋したのはアリンナの戦姫
求めるは君ただ一人だけ
わが花嫁、わが永遠のひと
わが花嫁、わが永遠のひと


聞き覚えのない歌詞と旋律。唄自慢の彼にしては、たどたどしい歌い方。
「これ・・・何?」
パニック状態から脱したばかりの私は、かなりマヌケな声を出した様です。
髪を撫で、背中をさすりながら彼は静かに笑いました。
「即興で作った恋歌だが・・・あまり良い出来ではなかったか?」
ちょっと照れ臭そうな顔。すぐにそっぽを向いてしまいました。
(こんな表情もできるのね、このヒト・・・)
「いいえ」
(いいモノ見ちゃった♪)
ちょっと強めに抱き返す。さっき掴まれた両肩と左の乳房が鈍く痛む。
爪の跡は少しのあいだ残るかもしれません。
(それも悪くないかも )
これは刻印。嫉妬の刻印。愛されてる印。
「そうか!・・・いや、私も捨てたもんじゃないな。では、前から書き溜めていたモノを」
嬉しそうな声。私も嬉しい。
けど、彼はさっさと身体を離すと敷物を動かし、床の敷石を一枚持ち上げました。
中から出てきたのは小さな粘土板の山。  
ちょっと待て。
(まさか、これ全部歌詞なんじゃ・・・)
「も、もういいです。1曲で十分。また、次の機会にでも」
幾つも唄われたら、せっかくの感動も醒めてきてしまいます。
「そうか?・・・そうだな、では次の夜にでも」
(毎晩唄う気かいっ!)
腰が引けてる私に対し、わが婚約者は上機嫌のご様子。
私は『歌詞の出来が良かった』なんて、ひとっことも言っていないぞ。
しかしまあ、おやじギャグよりはマシでしょうか。
とにかく、プロポーズの言葉を他人に訊かれたら、私は、こう答える事に致します。
『はっきりとした言葉は無かったんですけど、婚約の夜に恋歌を唄っていただきました』
と。
そうよ、それしかないわ♪
ハディは強い子、めげない子!!!
私『ハデりん』は、この人『イルりゅん』と結婚します。



      今度こそ終わり、だと思う・・・。

       

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