大阪風雲禄B



 ラムセスの狙ったとおり、ヒッタイト屋の新商品スイカみたらしはまったくと言っていいほど売れなかった。
 どぎつい色と、甘ったるいスイカの水っぽさと、唐突な納豆の塩辛さが一度食べた者を果てしなく嫌な気分にしたからだ。
「天神団子は良かったけど、これはいまひとつやな」
「なんか、この店ひいきにしとったん、阿呆みたいや」
 店に近寄るだけでスイカみたらしの味を思い出すのかきびすを返す者も多かった。
「こんなはずやないのに!!」
 帳場で腕組みしながら、この店の女将ナキアは歯がみした。
「どうやら、エジプト屋にしてやられましたな」
 大福帳をめくるフリをして大番頭のウルヒはささやいた。
「・・・ウチとしたことが、ガセを掴まされたようやわ・・エジプト屋の新製品は味噌みたらしやないの」
「しかし、ナキアさまえらいことになりました。ご隠居さんが店の評判落としたって、かんかんでっせ」
 前回の天神団子のアイデアで、隠居の気持ちもだいぶと次男に店を継がせる方向に傾いていたはずだった。
「なんとか、せな。このままやったら、カイルが女中のユーリと夫婦になって、その子供に店とられてしまう・・ご隠居が認めへんうちは、跡取りがおらんさかいウチのジュダが跡取りになれるのに」
 身分のなんのと大騒ぎして、首尾良くユーリを追い出した後も、ナキアは地盤固めに余念がなかった。
「・・・こうなったら、脚引っ張るしかありまへんな・・若旦那にはえらい失敗してもろて、隠居してもらうしかあらしまへんで」
 ウルヒはきらりと目を光らせた。
 そっと手招きする。ナキアは耳を寄せた。
「今度の天神祭の献茶式に、ウチの出す御菓子・・・あれに細工するんです」
「細工・・て、なんや?」
「多少古典的やけど・・・饅頭に・・・画鋲を入れるんですわ」
 すっとナキアの目が細められた。
「・・・ふふふ、そらええわ。トゥシューズやなくて、饅頭に画鋲か・・・ウルヒ、あんた・・・あくどいなあ」
「ナキアさまこそ・・・悪いお人や・・」
 ふふふ・・へへへ・・・はあっはっは・・
 二人の笑い声が帳場に響き渡った。



「そんで、兄さん・・スパイは誰やと思ってるん?」
 串に団子を刺しながらネフェルトが訊ねる。
「いとはん(お嬢さん)、こっち上がりましたで!!」
 蒸し上がった団子を横目で見ながら、串団子の木箱を押しやる。
 新発売の味噌みたらしのヒットのおかげでエジプト屋は家内総出の量産体制に入っていた。
「ヒッタイト屋は窮地に立たされている・・・まあ、見てなって」
 生地をすり鉢ですりながら、ラムセスはにやりと笑った。
「あの・・・若旦那さん・・」
 紺色の前掛けで濡れた手を拭きながら話しかけてきたのは、ユーリだった。
「・・・ヒッタイト屋が・・窮地って・・」
 まずいところを聞かれたと、ラムセスは助けを求めるようにネフェルトを見た。
 ネフェルトが視線を逸らしたので、仕方なしにユーリに答える。
「ああ・・新しく売り出したみたらしが不評でな」
「・・・・みたらし?」
 ユーリの顔に驚愕が浮かんだ。
「・・そんな・・ヒッタイト屋の新製品は・・みたらしじゃないはず・・」
「・・・もしかして、ムルシリのヤツ・・他になにか考えていたのか?」
 そう言えば、いつぞやの出歯亀をしていた逢い引きで「新製品がどうの」という会話が交わされていた。
 ユーリはこっくりとうなずいた。
「カイル・・若旦那さんは、もうずっと前から新しい味を探していたんです。でも、御寮さんが、新しいアイデアを持って来られるので先送りになって・・」
 やはり、エジプト屋にスパイを放っているのは御寮ナキアのようだった。
「御寮さんは・・新製品を自分で考えているのか?」
「いえ、多分大番頭のウルヒさんが」
 ラムセスの頭にひらめくものがあった。
「ネフェルト」
 忙しそうにしている妹に声をかける。
「オレは・・出かけてくる」
 


「隣の大番頭はんに気ぃつけえって?」
 しぎり屋のこいさんは声を潜めた。天満宮の境内の、物置の裏で二人は落ち合っていた。
「なんでまた・・」
「どうやら、あの男・・あんたに興味があるらしい」
 ラムセスもまた声を潜める。物置の前では子供が大勢遊んでいるので、潜める必要もないほど騒々しかったのだが。
「・・興味やなんて、いややわ・・・ラムセスはん・・あんた、ヤキモチ焼きやなあ」
 太い身体をよじってこいさんはけらけらと笑った。すでに顔は赤くなっている。
「ヤキモチを焼かせるような女と知り合ったのが運のつき、かな」
「んまぁぁっ!!ゆうてくれるわ!!」
 こいさんは、でかい手でラムセスの背中をばんばん叩いた。
「ウルヒはんがいくら言い寄ったところで、ウチは軽い女やないで」
 どう見ても重い女にしか見えないこいさんはしなをつくる。
「・・・あんたが軽い女じゃないことは知っている・・だが、ウルヒのことが心配だ」
「ウルヒはんが、ウチになんかするって言うの?・・・ウチのカンやけど、ウルヒはんには・・おるでぇ?」
「おるって・・誰が?」
 ラムセスは、ぶよぶよした頬を両の手で包み込んだ。
「・・知らんけど・・」
「その、相手ってのを知りたいな・・でないと・・安心できない」
 口を半開きにしてラムセスの顔をうっとりと見上げながらこいさんはうなずいた。
「分かったわ・・そやったら、ウルヒはんの相手・・調べたる」



「きゃあああっ!?」
 店先で悲鳴が上がった。
「どうした!?」
 飛び出したラムセスの前、ネフェルトが震えながら足下を指さした。紙にくるまれた大きな石が転がっている。
「これが・・飛び込んできたの。営業妨害やろか?」
 開きかけた紙包みを取り上げながら、ラムセスは頭を振った。
「いや、違う。どうやら、投げ文だ」
「投げ文って、決闘状!?」
 くしゃくしゃの紙には、のたうち回るような文字で『ラムセスさま参る』と書かれてある。
「いや・・どうやら、恋文らしい」
「恋文って、兄さん?」
 ネフェルトに片手を振ると、奥に引き返す。内容を見られたくはなかった。
 後ろ手に自室の襖を閉めると、急いで文を拡げた。
「・・・そうか!!」
 差出人は、しぎり屋のこいさん。
『恋しい恋しいラムセスさまへ いまごろどうされていますか?貴男に会えない日は辛くて辛くて、貴男を思わせるみたらしを、つい17本も食べてしまいました。さすがに、のどにつかえたので、口直しにおはぎを食べましたが、決して貴男への愛が薄れた訳ではありませんので、許してね。さて、ヒッタイト屋の大番頭はんのことですが、貴男の心配はまったくの杞憂です・・・』
 ラムセスのオッドアイがすうっと細められた。やはり、店の中に情報を流している者がいたのだ。予想していた名前を発見し、次の手に頭をめぐらせる。
 手紙の中には、一カ所引っかかる所があった。
「・・・文房具屋で、画鋲だと?」
 こいさんが後をつけたところ、ウルヒは文房具屋に行って画鋲を買ったというのだ。
「いったい・・何をする気なんだ?」
 まさか、店の前にお知らせ掲示板でも作るつもりなんだろうか?『本日のお買い得は栗もなか』と貼りだして販売促進にでも努める気なのか。
「・・・画鋲やったら、嫌がらせやな」
 襖越しに声がした。
「!!」
 慌てて開くと、ネフェルトが立っていた。独り言を聞かれたらしかった。
「・・・いたのか・・」
「そら、気になるさかい」
 にっこり笑うと、ネフェルトは手元の文を指し示した。
「恋文やって言うし・・でも、色っぽい話やなさそう」
 口元に笑みを貼りつかせたまま、油断のない瞳で兄を見上げる。
「画鋲がどうの、言うてるし」
「嫌がらせって、なんだ?」
 咎めるよりも先に聞き正したかった。
 ラムセスの真剣な顔にネフェルトは肩を竦めた。
「あんまり本気にとらんとって欲しいねんけど、女の子の間では『トゥシューズに画鋲を入れて嫌がらせ』は、スタンダードやで?」
 それで、嫌いなコのステージを失敗するようにさせるんや、とネフェルトは続けた。
「ステージ・・ムルシリが・・トゥシューズを穿くとでも?」
 クラシック・チュチュを着てオデット姫を踊るカイルの姿を想像して、ラムセスは唸った。ライバルの自分は、オディールだろうか?果たして自分に32回のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンが出来るのだろうか?(片足を軸に、もう片足を90°上げて回転する踊り)
「多分・・穿かへんと思うけど・・まあ、バリエーションはいろいろやけど、華々しい席で失敗させるための古典的な嫌がらせやね」
 ネフェルトの言葉に、ラムセスはますます唸った。
 饅頭や団子を売っている菓子屋の華々しい席とは、なんだろうか。
 眉間にしわを寄せたままの兄の顔を見て、ネフェルトは吹っ切るように明るく言った。
「まあ、華々しい席なんてないわな。お祭りでもウチらは裏方やもんな」
「・・・お祭り・・そうか!!」
 いきなり窓を開け放つと、逆光の中に立ち、言い放つ。
「謎は、すべて解けた!!」



「ちょっと、その練りきり、献茶式に出すもんか?」
 慌ただしく通り過ぎようとする女中を、ナキアは呼び止めた。
「へえ、御寮さん。急いで社務所に納めなあかんのですわ」
 女中は素直に答える。腕には幾重にも重そうな木箱を抱えていた。
「ふ・・ん、急ぐんやったら、手の空いてる者に手伝わせたらええ。誰かおらんか?」
「はい・・」
 のれんの陰から、ウルヒが顔を出した。
「ああ、ウルヒはんか。丁度ええ、この御菓子一緒に社務所の方へ持って行って」
「はい、御寮さん」
 言うと、恐縮する女中の腕から木箱を取り上げた。
「急いだ方がええから、一緒に行こか?」
「は、はいっ」
 バタバタと遠ざかる二人の足音を聞きながら、ナキアはほくそ笑んだ。
 若旦那であるカイルは、朝から献茶式の手伝いにかり出されていた。
「これで・・・カイルの顔も丸つぶれやわ・・・」
 ウルヒは首尾良く練りきりに画鋲を忍び込ませることだろう。茶席の客が、黒文字(和菓子を切る楊枝)で御菓子を割って中に画鋲を発見したときの騒ぎが見物だった。



「なんで、あんたと行かな、あかんのん?」
 エジプト屋の御寮さん、ネフェルティティは不満そうに番頭のホレムヘブを振り返った。
「へえ、若旦那さんが急に行けんようになったからですわ」
 腰の低いまま、ホレムヘブは答えた。『不審人物を紹介したネフェルティティの実家の口入れ屋発言』の後、ふたりの間はしっくりと行っていない。
「なんや、あんたと行ったら、御利益がなさそうやわ」
「すんません・・」
「それに、大旦那さん逝ってしもてから、献茶式の御菓子はヒッタイト屋のんばっかりで、おもしろないわ」
「すんません・・」
「行けへんのも、またナキアはんにいろいろ言われそうやしな・・」
「すんません・・」
「おもしろないったら」
「すんません・・」
 そうこうしている間に、二人は境内に入った。立ち並ぶ露店をぬって、社務所に向かう。 拝殿の横に幔幕が張られ、臨時の茶席がしつられていた。
「水屋見舞いは後で行こ・・・なんや、もう席があらへんのか?」
 町内の有力者でごったがえす立礼席を見ながら、ネフェルティティがつぶやく。
「御寮さん、手ぇ振ってはる人がおりますで・・・あれは・・しぎり屋のこいさんか?」 見れば、中腰になって体格の良い娘が手を振り回していた。
「お義母さん、こっち席とってありますで」
 顔を知っている程度のネフェルティティに、親しげに呼びかけている。
「・・お義母さん?」
「御寮さん、空いてるみたいやし、とにかく行きまひょ」
 ホレムヘブにうながされ、ネフェルティティは人混みをかき分けて前に進んだ。
 胡散臭そうに、こいさんに挨拶する。こいさんは、満月のような満面の笑顔で、未来の姑だと信じ込んでいる相手に会釈した。
「もうすぐ、始まりますよって・・あ、御菓子が来た」
 お敷きに載った練りきりを嬉しそうに受け取る。
「ウチ、この御菓子が毎年楽しみで・・今年はヒッタイト屋やけど、来年はエジプト屋のがええな」
「当たり前や、いつまでもヒッタイト屋にええ思いばっかりさせへんで!!」
 ネフェルティティは憎々しげに机を叩いた。
「あ、なにしますねん御寮さん・・楊枝が落ちてしもたがな」
 ホレムヘブが気弱に注意する。
「どないしますねん・・・御菓子が切られへんがな」
「あの・・切らんと一口で食べたらどやろ?ウチ、いっつもそうしてますねん」
 こいさんが頬を赤らめながら控えめにアドバイスした。
「そやな・・もう一回楊枝もらうのも癪やし・・番頭はん、そうしよ」
「ええっ?人に見られたらどないしますねん?」
「一気に食べれば分かりませんわ・・さ、行きまっせ!」
「いっち、にの、さん!!」
 三人が直径6pの練りきりを口に投げ入れようとした時だった。
「やめるんだ!!」
 幔幕を掲げるようにして飛び込んでくる姿があった。
「ラ、ラムセスはん!!」
 こいさんが、ぽろりと練りきりを取り落として恥じらった。
「いややわぁ、とんでもないところ見られてしもた」
 大股に人々の前を横切りながら、ラムセスは三人に近づいた。
「その練きりを食べるんじゃないっ!!」
 不意にホレムヘブが胸をかきむしった。
「ふぐっぐぐぐ・・」
「な、なんやのん!?」
 人々は騒然となった。
「どないしたんや!?」
「落ち着け!!」
 ラムセスは仁王立ちになって叫んだ。
「この菓子には・・画鋲が入っている!!」
 どよめきが広がった。
 いっせいに、手元の菓子を割ってみたり、つついてみたりする。
「あ、ほんまや!!」
「ワシのに、入ってる!!」
「ウチのもや」
「ええ、ワシのには入ってへんで?」
「あんた、そらハズレや」
 ネフェルティティは手元の菓子を引きちぎった。ぽろりと画鋲が落ちる。
「ナキアはんやな?こういう嫌がらせするんは、ナキアはんやな!!」
 震えながら、周囲を見まわす。
「あの人は昔からこうやった。ウチのスクール水着に画鋲入れたんも、ナキアはんやった!!」
 その横で、ホレムヘブが蒼白な顔をして転がっている。
 しぎり屋のこいさんは、状況が掴めずに、うろたえている。
「兄さん、ウルヒ掴まえたで!!」
 幔幕がはね上げられると、縛り上げられたウルヒがエジプト屋の奉公人達に突きだされた。
 こいさんが、はっとなった。
「そやわ、ウルヒはんが画鋲買ってるとこ、ウチ見たわ!!ウルヒはんは・・」
 のたうち回っているホレムヘブをちらりと見る。
「・・ここにいるエジプト屋の番頭ホレムヘブはんと出来てて、痴情のもつれから画鋲で毒殺しようとしはったんやわ!!」
 画鋲で毒殺は出来ないが、ラムセスは黙ってホレムヘブの背中をしばいた。
「ごぼっ!!」
 音とともに、丸のままの練りきりが飛び出す。
「番頭、ウルヒと出来ているってのは・・・本当か?」
「本当や、だって二人でこそこそ逢い引きしてたで?ウチ、後つけたから知ってるんや!!」
 こいさんの声は、すでに金切り声だった。
「こそこそって・・ホレムヘブ、あんたか、店の情報ヒッタイト屋に流してたんわっ!?」
 ネフェルティティの声も裏返る。
 ぜいぜいと肩で息をしていたホレムヘブは半泣きの目で、縛られたままのウルヒを見上げた。
「ウルヒはん・・・非道いでっせ、協力したワシを毒殺するやなんて」
 そのまま、ずるずると這いずって、ウルヒの足を掴んだ。
「新製品の情報、持ってくる代わりに、ワシに新しい店まかしてくれるって・・」
「知らんな・・」
 ふいとウルヒは視線を逸らした。ホレムヘブの顔が紅潮した。
「知らんやて?ようそんなこと言えるな、あんたとそっちの御寮さんのナキアはんがグルで、新製品で店乗っ取ろうとしてたん、知ってるで?」
「新製品って、スイカみたらしか?」
 遠巻きの人混みから声が上がった。
「ええっ?スイカみたらし?あの、まずいのんか?」
「あれは、ほんまに不味かった」
「アレやったら、乗っ取る前に店潰れんでえ」
 ラムセスは両手を上げて、それを制した。振り返ると、ウルヒとホレムヘブを見た。
「どうやら、年貢の納めどきのようだな・・ホレムヘブ、おまえは店から情報を盗んだ・・・ウルヒ、おまえはムルシリを陥れるために、菓子に画鋲を仕込んだ・・どっちも極悪人だ」
 そのまま、姿をあらわした人物にあごをしゃくった。
「オレは、番頭を首にする・・おまえはウルヒをどうする、ムルシリ?」
 カイルが口を開こうとしたとき、茶席に駆け込んでくる姿があった。
「ど・どっ・・ど・ど・・どないしたんや、いったい!?」
 神職姿のその男は天神宮の宮司だった。
「茶席はどうなったんや?献茶はどうするねん!?」
 ラムセスは宮司に、口の端だけを吊り上げる笑みを見せた。
「安心しろ。菓子に問題があったが、すぐに解決される・・・用意してきたな?」
 カイルが、うなずいた。従うユーリに合図する。
 ユーリの腕には。巨大な木箱があった。
「ユーリから聞いた。菓子は・・作ってある」
「ようし」
 言うとラムセスは総立ちのままの聴衆を振り返った。
「みんな、席につけ。今から、ヒッタイト屋の若旦那考案の菓子がふるまわれる。それと・・・」
 さっと、手を振ると、今度はタハルカが木箱を持って現れた。
「特別サービスで、今日は菓子が二つだ。ヒッタイト屋の天神団子がウチの猿まねにしか過ぎないってことを・・教えてやろう」
 タハルカの木箱には、先代考案の元祖天神団子が並んでいた」



「・・・ラムセス・・これは・・」
 団子をほおばって、カイルはうつむいた。
「・・・おまえの所のが、マネにしか過ぎないって事がよくわかっただろう?」
 にやりと笑いながら。ヒッタイト屋新製品『天神金つば』を食いちぎる。
「餡に・・自然薯を使ったな・・」
 粘りのある中味を味わいながらうなずく。
「なかなか、いい仕事してるじゃねぇか」
「ヒッタイト屋では、『天神団子』を売るのは止めようと思う」
 カイルが、渋茶をすすりながら言った。
「これは、義母が不当な手段で売り出したものだから」
「オレはかまわないぜ?」
 ユーリの勧める湯飲みを受け取りながら、ラムセスは片目をつぶって見せた。
「おまえの店がこれを売っていても・・・勝負にならないからな。それより、ユーリ。オレに惚れなかったか?」
「若旦那さん、しぎり屋のこいさんと祝言が決まっているくせに」
 盆を抱きしめたまま、ユーリが笑った。
「・・・祝言?」
「みんな、言ってるぞ?」
 おかわりの渋茶を注いでもらいながら、カイルが愉快そうに続ける。
「どうやら、同じ時期になりそうだな」
「え”?」



「ほんまに兄さん、しぎり屋のこいさん、もらう気なんかな?」
 ネフェルトが、不思議そうに廊下を見る。
「知らんけど・・まあ、団子屋の女房が団子みたいでもいいやろ?」
 ネフェルティティも廊下を見た。
 廊下では、たすき掛けの押し掛け女房、しぎり屋のこいさんが真っ赤な顔で嬉しげに雑巾掛けをしていた。
「そやけど、兄さん・・遅いなあ・・いつ帰って来るんやろ?」



              おわり        

      

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