どんと たっち みー 


「あ、母上すみません」
 そう言うとデイルはあたしの腰のあたりをつかみ、高々と持ち上げた。
「!!!」



「カイル、ちょっといい?」
 執務室をのぞくと、カイルが振り返った。
「ああ、いいよユーリ入っておいで」
 カイルが目線で合図すると、室内の行政官や書記官が会釈をして退出した。
「ごめん、お仕事中に」
「丁度いいところだった。そろそろ休憩にしようと思っていた・・こっちへおいで」
 あたしはカイルの椅子のそばに寄った。カイルの腕が伸びて、あたしを抱き上げる。
 膝の上に座ったあたしをカイルがぎゅっと後ろから抱きしめる。
「どうした?なにか話があるのだろう?」
「う・・ん」
 カイルの息が髪にかかるのを感じながら、どう言ったものか迷う。
「ユーリ?」
「うんあのね・・・さっきデイルに・・持ち上げられたの」
「デイルがお前を?・・・あいつも随分たくましくなったものだな」
 カイルが面白そうに言ったので、あたしはかちんときた。
「あのね、あたしはあの子の母親なのよ。それが子供みたいに高い高いされて嬉しいと思う?」
「嬉しくはないだろうな。デイルに注意しておくよ」
 言いながらカイルは、あたしの首筋に顔を埋める。ぜんぜん真剣に聞いていないのね。
「だいたい、カイルがいけないのよ」
「なにが?」
 カイルの手のひらがあたしの手に被さってそのまま、指をからめた。その手が引き寄せられて、手のひらに口づけがほどこされた。
「カイルがあたしのこと子供扱いするから、子供もそうしちゃうのよ。・・・マリエには抱っこなんてしないくせに」
「マリエはもう12歳・・・年頃だ」
 それって、どういう意味?12歳のマリエは年頃扱いで、その母親のあたしは子供扱い?
 むっとしたあたしは、カイルの胸を押した。
「分かったわ。あたしはもうオトナなんだから、カイルには抱っこされない。スキンシップも禁止よ!!」
 カイルの膝から飛び降りる。だいたいカイルがしょっちゅうベタベタするもんだから、あたしもそれが普通かと思っちゃうんだよね。でもよく考えれば、あたしのまわりに、もう結婚年齢の子供がいて夫婦でベタベタしている人なんていない。
「スキンシップも禁止なのか?」
 カイルは、やっぱり面白そうに言った。なんか、気にくわないな・・
「そうか、分かった」
 意外にあっさり言う。なんか、拍子抜け。
「分かったのなら、いいの」
 あたしは思いっきり澄まして、部屋から出ようとする。
「どこに行く?」
「後宮!!ピアとマリエとシンの勉強見て上げなきゃ」
「私も行こう」
 立ち上がったカイルを見て、驚く。
「なんでっ?仕事中でしょ?」
「後宮で軽食を採るつもりだ。お前も食べるだろう?」
「・・・うん」
 


 後宮へと一緒に歩いてゆくあいだじゅう、あたしはカイルをちらちら見ていた。だって、あんまり簡単にスキンシップ禁止を承諾したから。カイルは普段、触りすぎるくらいに触る。そんなにあっさり、やめられるものなの?
「あっ!母さま!!」
 にぎやかな声がして、子供達が手を振っているのが見えた。勉強は終わったのかな?
「どうやら、あちらも休憩時間だな」
 カイルは言う。末っ子のシンが走り寄ってくるのを抱き上げた。
 シンはもう7歳だけど、いつもあたしを抱き上げているカイルだもの、軽々と肩の上に乗せる。
「父さま、もうお仕事おわり?」
 足をばたつかせながら、シンが言った。
「いや、ちょっと休憩だ。お前たちの顔を見に来たんだよ。今日は何を勉強したんだ?」
「マリエ姉さまは、お歌の先生に誉められたんだよ!!」
 得意げに報告されると、マリエは小首をかしげてはにかんだ。
「ほう、マリエ。父さまにも歌ってくれないか?お前の声は母さま譲りだな」
 そう言うとカイルはそばにいるあたしの肩を抱き寄せ・・・なかった。代わりにカイルの手は、マリエの頭にぽんと置かれた。・・・むむっ。
「それからね、昔の話。お祖父さまの父さまのお話まで聞いたよ」
「ハットウシリ二世のことか?」
「うん!!」
 シンはいつもよりはしゃいでいる。大好きなカイルが構ってくれるからだ。カイルは普段忙しいから、あまり子供達をのぞきには来ない。
 はしゃいだシンはカイルに食事の間、まとわりつくだろう。
「さあ、シンこっちだ」
 カイルは左側のクッションをたたいた。あたしは右に座ろうとして、カイルがマリエを手招いたのを見た。
「マリエはこっちにおいで」
 そこは、ふだんあたしの指定席だった。奇跡的におしとやかに生まれついたマリエは(これは凄いことだと、カイルは言う)うなずくと、腰をおろした。
「母さま、どうしたんですか?」
 ピアが、無言でパンをちぎったあたしに話しかけた。ピアとあたしは、カイルの向かい側に食べ物をはさんで座っていた。カイルは、楽しそうにシンに相づちを打ち、ときどきマリエのふわふわの髪のはしっこを引っ張っては笑いかけた。
「母さま、今日は兄さまの宮に泊まってきます」
 ピアが話しかけてくる。返事が上の空になってしまう。
 カイルの企みは分かった。わざとあたしを無視して、それであたしが折れるのを待とうという魂胆だ。腹が立つことに、あたしはもう折れる気になっている。
 つまり、べたべたしてくるカイルの手がないと、なんだか物足りないのだ。
「やっぱり、兄さまには、おられると思います?」
 兄さま。デイル。もともとの元凶はデイルだった。デイルがあたしを持ち上げたりなんかするから・・・
「デイルが?」
「・・・だから。聞いてなかったんですか?」
 最大限の不思議マークをつけたあたしの顔を、ピアはあきれて見返した。
 こくこくうなずく。デイルがどうしたって?
 ピアはため息をついた。    「最近、ヘンなんですよ。どうやら、ボクの睨んだところでは、想う女性がいるのではないかと・・・」
「想う女性!?デイルに!?」
 大声をあげてしまった。考えたら、デイルはもう結婚していてもいい歳なんだよね。カイルの息子にしては奇跡的に(あたしたちの子供には奇跡が多い)浮いた噂のひとつもない堅物だけど。
「デイルがどうしたんだ?」
 カイルがきいてくる。あの甲高い声のシンの傍で、こちらの会話にまで耳を傾けていたんだろうか?
「さあね」
 つんと無視するつもりだったけど、気の利かないピアがさっさと説明を始めていた。
 曰く、遠乗りに誘っても一緒に行かないこと、時々ぼおっとしていること、ため息をついていることもあること。
 間違いない、それは恋だ。あたしだって、そんな時があったもの。
「ほう、あいつがねえ」
 カイルは、面白そうだった。



 残念ながら、今の段階では親としてはなにもしてやれることがない。相手の女性の名前を聞き出して話を進めるには、デイルの身分は高すぎた。
 完全なデイルの片想いだとしても、一旦話が持ち込まれれば、相手は断れないだろうし、それに今の段階で後宮に入れてデイルの心変わりがないとは言えないし。
「やっぱり、デイルが言い出すのを待つしかないのね」
 なんだか、しょんぼりしてしまう。
「だろうな」
 カイルは言う。二人きりで部屋にいるのに、あたしたちは離れたままだ。これも、問題。
 あたしは、恨めしげな目をしていたんだと思う。カイルの手が広げられた。
「おいで、ユーリ」
 誘ったのはカイルだからね。これは多分あたしから折れたことにならないんじゃないかな。カイルの腕の中におさまりながら、そう考える。負け惜しみだとは分かっているけど。
 おあずけ分のキスをすませると、あたしたちはどちらともなくため息をついた。
「デイルを叱ってやらなきゃな、皇帝以外の男が皇妃を抱き上げるなんて許されないと」
「あんまりきつく叱らないで。あの子にも悩みがあるのよきっと」
 多少行動がおかしくても仕方がないわ。そりゃね、持ち上げられるのはしゃくにさわるけど。
 カイルが二回目のキスをしようとしたとき、デイルが入ってきた。
 さっきカイルが使いを出していたからだ。
 いちゃついている両親を見たせいか、デイルは入り口で突っ立っていた。
 カイルはかまわずキスを続け、あたしは抵抗できなかった。ぐったりして解放されると、カイルがデイルに話しかけたのが聞こえた。
「なぜ呼び出されたか、わかっているか?」
「・・・母上のことですか?」
 なんだ、分かってたんだ。これじゃいけないと思いつつも、カイルの胸に頭を預けながらあたしは思った。
「そのことでは、謝らなくてはならないと思っていました。母上、どうも申し訳ありません」
「あ、うん・・・なんであんなことしたの?」
 なんとか威厳を取り戻すべく、頭を立て直しながら訊ねる。
 デイルの顔がぱっと赤らんだ。
「・・・その、どんな感じなのかな、と」
「母親で、試すな」
 カイルが不機嫌そうに言った。いちいち試されてたんじゃ、たまらないよね。
「ねえ、デイル・・」
 本当は誰のことを抱き上げたかったの?口にする前に、カイルが身振りで制した。
「お前もはやく、本当の相手を見つけることだな」



「男の子って、つまんないな」
 寝台に腰掛けながら、言う。
 あのあと、カイルとデイルは共犯者のように目と目で会話をしたようだった。女親には出る幕がないのかな。
「すぐに、大人になっちゃうもの。ピアやシンだって、今は母さま母さまだけど、そのうち男の会話に女は入ってくるな、になるのよ」
「ヤキモチか、ユーリ」
 カイルが余裕の表情で言った。今はそんな顔しているけどね、もしマリエが誰かに恋でもしてごらんなさい、きっとカイルだって大騒ぎよ。
 想像してしまう。大変だろうな・・・
「なんだユーリ、にやにやして」
 言うとカイルはあたしの横に腰を下ろし、肩に腕をまわした。
「う・・ん。子供はみんな離れて行っちゃうんだよね」
「淋しいか?」
 肩にこつんと頭をぶつけた。
「淋しいけど、大丈夫。あたしにはカイルがいるし。すぐに子供扱いするけどね」
 くすくす笑い。あたしより、ホントはずっと淋しがり屋なカイルのために、子供代わりになってあげてもいいかな。
 とたんに世界がくるりと回った。カイルの顔が真上にあった。
「不満なら、いまから大人扱いだ・・・」
 返事の代わりにまぶたを閉じる。
 今日は一日、いろんなことがあった。デイルに抱き上げられたり、カイルにからかわれたり。でも、一日の終わりはいつもと同じ。
 やがてはいろいろなトラブルもやってくるだろうけど、今日のところは、これでいいか。


                おわり        

     

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