丘はみどり



 明るい笑い声が弾ける。
 ひらひらと舞う蝶をつかもうとして、小さな手のひらが差し出され、そのまま転がった。
「まあ、殿下!?」
 慌てた侍女が駆け寄る。
 群生する花の中にちょこんと座り込んだ子どもはきょとんと血相を変えた侍女を見上げた。
「ジュダ、あんまりはしゃぐと怪我をするわよ?」
 忍び笑いでナキアさまは侍女が拡げかけた敷物の上に腰をおろす。
 私は拾い上げた小石で敷物の四隅を押さえる。
「滅多に外に出られることがないのですから、殿下には珍しいものばかりなんでしょう」
 侍女の腕の中に収まって、ジュダ殿下がやってくる。
「ジュダ、いらっしゃい。ごはんにしましょうね」
 ナキアさまが柔らかく微笑んで、籠から果物をとりだした。
 金色の頭を揺らして、ジュダ殿下はナキアさまの膝によじ登る。
「かあさま、はい」
 こぶしには摘んだばかりの野の花が握られている。
「あら、ありがとうジュダ」
 背伸びをする殿下に届くように、ナキアさまは身体をかがめる。
 結われた髪のなかに花を挿そうとして、殿下は小さな腕を伸ばす。
「綺麗な花ですね」
 私は殿下の指からこぼれた花を拾い、ナキアさまの髪にそれを飾る。
 淡い色の髪が指先に触れる。
「ありがとう、ウルヒ!」
 真っ青な瞳が私を見て輝く。
「かあさま、きれいだね?」
「そうですね、とても」
 膝にすがる小さな殿下の頬を包み込みながら、ナキアさまが微笑まれる。
 美しい絵のような親子の姿。
 空は青く澄み、緑の丘には爽やかな風が吹き抜けて咲き乱れる花を揺らす。

 のどかで幸福な情景。

「とおさまのおうち!」
 ジュダ殿下が立ち上がり、遠くハットウサの王宮を指さした。
「大きいね」
 ナキアさまは微笑んだまま、ジュダ殿下の肩を抱かれる。
「そうね、あれはやがてあなたのものになるのよ」
 まるで敵方を睨むように、眼光は鋭くなる。
「そうなの?」
 幼い殿下はその意味も知らずにあどけなく聞き返す。
「かあさまがそうしてあげるから」
 ナキアさまは私を振り返る。
「そうでしょう、ウルヒ?」
「はい、必ず」

 丘の上を風が通ってゆく。
 子どもを抱いた母親の姿。
 髪に飾られた花が、ぽとりと落ちる。

 微笑みもなく、王宮を凝視する横顔。

 私はそれを美しいと思う。


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