Anomalocaris



「では、この子には王位につく可能性はないのだね?」
 占い師の言葉に、母は落胆したようだった。
 粗末な衣に身を包んだ占い師は、侍女の手から褒美の宝石をとると、へりくだった笑みを浮かべた。
「しかし、御子が優れた方であるのには変わりありません。きっと将来優秀な補佐官になられることでしょう」
「補佐だと」
 美しい金の髪を結い上げた冷たい美貌を持つ妃は鼻先で笑った。
「ほかの王子のうちの誰かに仕えて名誉だと思えと?」
 怒りを秘めた口調に占い師は平伏し、懐に占いの代価をねじ込むと這いずるように退出する。



 王である父から破格の寵を受けていても、母に心安らぐときはない。
 唯一の息子はまだ幼い。
 王宮には「王子」と呼ばれる者は数多くいた。
 彼より年長の王子もいる中で、王の寵を得ているはずの母はまだ幼い息子に確たる将来の約束を取り付けられずにいた。
 街で評判になっている流れ者の占い師を招いたのはいくらかの希望を得たかったためか。
「なんとか王のお心を動かしてみせないと」
 まだ幼さの残る息子を抱き寄せる。
「お前もこころして父上に気に入られるようにするのだよ。お前はこの国の王になるはずなのだから」


 占い師がのぞき込んでいる。
 熱に滲む視界の中で、薄ら笑いを浮かべながら。
「運がいいな、お前は」
 激しく傷つけられた部分をのぞき込む。
「どうやら、生き残りそうだ」



 あの時の占い師は特徴のある風貌をしていた。
 突きだした鼻と、落ちくぼんだ眼窩。
 顔色が悪くて、土気色をしていた。
 尊大な顔で反り返る敵国の王のそばに、当然といった顔で控えるのを見たとき。
 どうやら母国を滅ぼす原因を作ったのは、間者を王宮に引き込んだ母だったと知った。


「ワシの占いも外れたようだな」
 王の信頼を得ている者らしい尊大さで占い師は見下ろした。
「ワシはお前を王の器とは見なかったが、お前は王になれたようだ」
 耳障りの悪いかすれ声で笑う。
「お前の一族はみんな死んでしまったからな」
 占い師はその冗談が気に入ったようだった。




 母は美しかったが、愚かな女だった。
 宮中では王の歓心を買うことだけを思い、耳障りのよい言葉を述べる者しかそばに置かなかった。
 着飾るために毎日何人もの商人を呼びつけた。
 そうした商人の中に、幾人の心悪しき者が入り込んでいたのだろう。


 占い師に従う兵士が乱暴に身体を引き起こす。
 粗末な椀に盛った緑色の液体が喉に流し込まれる。
「化膿を止める薬だ」
 占い師は言うと、尖った指先で少年の胸を引っ掻いた。
 薄い胸板に、赤く線が残る。
「我が王はどうやらお前をそばに置くおつもりらしい」
 占い師の目はいまだ疼く傷口が盛り上がった下腹部を見下ろした。
「数日で熱も下がろう」
 王のそばに置かれると言うことが、何を意味するのか知っている。
 慰み者として、すべての尊厳と自由を奪われることだ。




「私はただの妃で一緒を終えるつもりはないわ」
 苦しがる息子を抱く腕の力を強めながら母は言う。
「このまま、後宮のなかの一人でいるわけにはいかないの」
 白くなるまで引き結ばれた横顔が綺麗だと、息子は思う。
 遠い何かをにらんだまま、母は少年の声には気付かない。
「私はお前を王にする」
 母は愚かではあったけど、強者であろうとしたのだろう。



「せいぜい、王をお楽しませするのだな」
 占い師が背を向ける。
 敷き藁の中に横たわりながら、もう一度熱の見せる幻の中に身を沈める。
 美しい母の姿。




「邪魔なのは年長の王子たち、あれをなんとかしなければ」
 父王も、他の兄弟達ももういない。
 母の望んだとおりに。


 少年は、無冠の王となり黴びた薄暗い部屋で傷ついた身体を投げだしている。
 やがて待ち受けているのは、他者に弄ばれるだけの日々。
 母が縋った逃げ場すら与えられない運命。



 他に生きる道を見いだせぬまま、母が口元だけで微笑む。
「私がお前を王にしてみせるから」
 愚かで、悲しい。
 他の何かから目をそらすように、一つ所を見続ける瞳。
「母上」
 母を振り向かせれば、何かが変わったのかもしれない。
 少年は熱の中で美しい母に手を伸ばす。


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