プラナリア



 いつものように、引きだされる。
 王の気まぐれな宴の余興として。
 首に縄をつけられて、円座の中央に突き飛ばされる。
「どうだ、これが生き残りだ」
 這いつくばる背中に下卑た嘲笑が浴びせられる。
 服を引き剥がされ、さらし者になることもあれば、そのまま床に押しつけられて慰みものになることもある。
 殺せと、叫ぶのをやめたのはいつからだろう。
 叫びは王を喜ばせる。
 王が喜ぶ限り、この苦役から逃れることは出来ない。
 痛みに歯を食いしばりながら、野獣の蹂躙に耐える。
 なま暖かい血が下半身を染めるのを感じながら、苦役のうちに生き絶えればと願う。
 どこかの部族の少女が同じように引き立てられ、途切れることなく悲鳴を上げ続けるのを聞くこともある。
 王の振る舞いに、戦続きで飢えた男達は次々に自分の娘より若い少女にのしかかる。
 少女の叫びが尽きたとき、ようやく自分も解放される。
 また、生き延びた。
 また、死ねずにいる。
 どちらともつかない疲れた身体。



 どうせ部隊が移動する時に捨て置かれるのだろうと、それだけに望みをつなぐ。
 路上にうち捨てられるのが骸だとしても、この責め苦が続くよりはましだから。
「今日は功労のあった者をねぎらおうと思う」
 王が言う。
 首かせのせいで、視界は天井に巣くう闇だけ。
「先の戦で、主君を見限って我らに味方した者だ」
 突き飛ばされ、ざらついた床に頬が押しつけられる。
 視界にはいるのはかっての父の家臣。
「おかげで、我らは貴重な戦力を失うことはなかった」
 国境の警備を任されていたはずの男は、顔を背ける。
 あの日、なんの先触れもなく城が攻め入られた理由はそのためだったのか。
「殿下を・・・ご存じかな?」
 髪が鷲掴みにされ、むりやり顔をねじ向けられる。
 男は試されている。
 かっての主君を裏切った者がまた裏切らないと、どうして言えるのだろう。
 男は、すり切れた身体を見下ろした。
 長年、父に使えた者だった。
 幼いときに、抱き上げられた記憶もある。
「どうだ?」
「・・・私には分かりかねます」
 まるで獣のように首かせと縄で戒められた姿から目をそらす。
「そうか・・これは私の戦利品だ」
 王はそう言うと嗤う。
「なかなか気に入っていてな。お前にも、味わわせてやろう」
 男の肩が震える。
 拒めば、男の命がないのだろう。
 いつものように痛みを待ちかまえる。
 誰が相手でも、変わりはない。
 いくつかの裏切りと失策が、かって崇められた者をこの境遇に落とした。
 そして、失ったものは何ひとつとして取り戻せはしないのだ。


 のしかかる男の重みに押し潰されそうになりながら、背中に落ちた滴に気がついた。
 汗ではない。
 降りかかるそれの意味を思い出す。
 自分のうちから枯れてしまったと思ったもの。
 まだ、すべてを裏切れたわけではなかったのか。
 男はうなり声を上げながら、流れる滴を止めない。
 この男は、裁かれたのだろうか。
 今受け続けるこの痛みは男を裁いているのだろうか。
 王の口角が引き上げられる。
 男の涙の意味に気付かぬはずがない。
「よかろう」
 許しの言葉に男が荒い息のまま、平伏する。
「こたびの功績に報いねばと常日頃から思っていたが」
「それでございましたら」
 男がくぐもった声で言う。
「この者を、御下賜ください」




「生きて下さい」
 男が言う。
 生暖かな手で傷ついた手のひらを握りしめながら。
 握りしめ続けた拳の中は爪が醜く痕を残す。
「この商人達は南の方まで向かうようです」
 いくばくかの金で取引して、男は言う。
「この中にいれば、追っ手も気付かないでしょう」
 朝にならないうちに、男の屋敷は焼き払われるかも知れない。
 覚悟の上だったのか。
 男がどうするつもりなのかは知らない。
 ただ顔を見ようとはせずに、男は闇に走り去る。


 商人達の鞭がしなる。
 家畜のように売られた人々を乗せた荷車は軋みながら動き出す。
 振動に身をまかせて横たわる。
 身体の奥に生まれたときからあったかのように居座る痛み。
 また、生き延びてしまった。
 生きて下さい、と男は言った。
 それは男の罪の意識を少しだけ払拭するだけの言葉なのか。
 分からないまま、揺られ続ける。


 生き延びる意味が、やがて分かるときが来るのだろうか。


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