愛していると言ってくれ 前編

                            by ハマジさん


 私が不満に思っていることが一つある。
 私が皇帝として築き上げた我が帝国はようやく他国との関係も安定し、経済的にも繁栄を極めているといっても過言ではない。
 デイル、ピアという心身ともに健康な皇子にも恵まれ、皇統も安泰といえるであろう。
 何より先日最愛の皇妃が現在第3子を懐妊したと判明し、帝国を上げての祝賀が行われたばかりである。
 いつもは脱走癖のある皇妃であるが、妊娠中である現在は後宮にて休養中で、さすがに脱走の心配はないであろう。
 いや、あるか?あるかもしれない。
 警備は最大限に厳重にし、公務の隙をぬって見張りに来ねば。
 それでは生ぬるいか?
 やはりあれが妊娠中は私がつきっきりで世話をしてやるべきではないか・・・?
 そうすべきだな!
 ・・・いや、前回も前々回もそうしようとして、イル・バーニとユーリ本人に止められてしまったのだった・・・。
 この時期は公務より当然ユーリの体を気にかけねばならないのに・・・。なぜだ?
 私は夫として良かれと思って・・・。
 しかしユーリが「お仕事をしっかりやってくれなきゃ、あたし、心配になって余計に体調悪くなっちゃうよ!」と抗議するので政務に勤めるしかなかったのだが。
 ・・・・・・話がそれたようだな。

 それは先日の天気のよい昼下がり、中庭で久しぶりに家族4人で昼食を取っていたときにふとピアが発した言葉がきっかけであった。
「ねぇ、かあたまはあにうえとピアとどっちがちゅき?」
 ユーリは微笑み、ピアのつるつるの頬を指先で撫でながら答える。
「もちろんどっちも愛してるわ。デイルもピアもどっちも大事だから比べることもできないわよ。」
 ピアは釈然としないようだがとりあえず、
「ピアはかあたまがだいちゅき!あかちゃんたのしみだね!」
と、脈絡がない会話になりながら、ユーリの頬にキスをした。
 ピアの話に脈略がないのは今に始まった話ではないのでこの際どうでもよい。
 問題はそのあとだ。
 私がユーリの腰に手を回し、体を寄せて、まだ膨らみをみせていない腹をなでながら耳元にささやくように聞いてみた。
「では、私のことはどうなんだ?ん?」
 ユーリは子供たちに見られているのが恥ずかしいらしく、顔を赤らめて、私から体を離そうと少しもがきながら答えた。
「もちろんカイルのこともよ!もう!子供たちが見てるんだから!」
 私の腕をすり抜け、立ち上がるとすでに食事を終えていたデイルとピアの手を取って食卓を離れた。
 私といえば、ショックで動きが止まってしまい、目の前が真っ暗になってしまった。

「も」?

 思い返せば、私はユーリの口から一度も聞いたことがないのではないか・・・?
 そう、私を「愛している」という言葉を・・・。
 それどころか、「好き」という言葉も皇子時代と皇帝になってからと合わせても2度聞いただけだ。
 先ほどピアとデイルにははっきりと「愛している」と告げていたのに、私には「も」だけだ。しかも怒って立ち去ってしまった・・・。
 ユーリから「愛している」と告白されたことがないとはいわない。
 書簡という形ではあるが、はっきりと「愛しています」と書いてあった。
 しかしあれは何年前の話だ?
 しかもあの書簡は割れてしまった。
 ハレブから戻ってから何とか糊で修復し、特別に作らせた宝物入れにしまい、自室の寝台の脇に保管してあるのだが。
 そういえば、寝所でも私はことあるごとにユーリに「愛している」と告げている。
 あれのすんなりとした太ももと撫で回しながら耳元にささやきかけると、ますますあれの鎖骨は桃色に染まる。
 あれはことの最中はまともに話すことができないから、「あたしも・・・」とか返事をしてくれることも珍しいぐらいだ。
 しかし、その場合でも『あたしも・・・』だけだ!
 いや、わかっている。
 あれが私を愛していることは。「あたしも・・・」のあとは「愛している」という言葉が続くことは百も承知だ。
 おそらくそうだろう。たぶん。そう願う。そうでないと許さん・・・。


「と、いうわけで、ユーリから告白させるにはどういうやり方でいけばいいだろうか?」
 ここのところ10日以上政務に身が入っていないことをイル・バーニに指摘され、何かお悩みでも?と問われたので言ってみた。
 ここのところ政務が捗らないのでそのしわ寄せがイルに行っていることは知っていた。
 しかし、自分から悩みを聞いておいて、聞いた途端に額に青筋を浮かべるのはどうかと思うぞ。
 青筋を立てたままため息混じりにイル・バーニが提案する。
「何かプレゼントなどなさってはどうですか?」
「いや、3日に1度はあれに似合いそうなドレスや宝石を贈っているが…。
ありがとうとしか言われないな。」
「では、直接聞かれては?」
「それでは『ユーリから告白』ということの趣旨から外れてしまうではないか。」
 イル・バーニは投げやりだった。
 けしからん。この問題は国家の存続にもかかわる問題だというのに。
 ユーリに愛されなくなってしまっては国家も何もあったものではないからな。
「ではお聞きいたしますが、その、以前2度だけではございますがユーリ様から頂いた告白とはどのような状況でなされたのでしょうか?」
 『2度だけ』というところが嫌に強調されているように聞こえるのは気のせいだろうか?
 どのような状況といっても、あれはたしか……。
 腕を組み、眉間にしわを寄せ、神妙な顔をして考えていると、イルが言った。
「………同じような状況をお作りすれば自然とユーリ様から陛下にユーリ様のお気持ちを仰るのでは?」
 おお!ナイスアイデアだ!さすがこのヒッタイト帝国の知恵袋と言われるだけあるな!
 確か、ユーリが「好きだ」と告げたのはユーリを皇妃にするつもりだと言ったときにナ
キア皇太后から近衛長官を勤め上げれば認めると言われた晩、「カイルのことは好きだけど荷が重過ぎるよ!」と抗議された時だった。
 ・・・ムードも何もないな。
 私としてはプロポーズのつもりだったのに、あんなに必死に抗議されるなんて・・・。
 しかも、いざ結婚式本番となる前夜に改めてプロポーズをしたにもかかわらず、ユーリからは返事をもらえなかった。
 かわいい涙を浮かべて抱きついてきたので、その場はなし崩しになってしまったが。
 後は、皇子時代に二人で湯浴みをしている際に言われたんだったな。
 私が背中の矢傷を見るという名目でユーリのしなやかな背中に触れ、矢傷から肩甲骨、背骨、うなじにそって唇を這わせ、ユーリの濡れた衣装を剥いでゆき、唇に口付け、あの小さめだが形のよい胸をまさぐって…。
 特別なことなど何もない。
 今はユーリが妊娠中なのであまり長湯できないが、そうでないときはよくユーリを湯殿に連れて行くと必然的にそのようなことになるぞ。
「これといって特別なことをしていた時というわけではないのだが…」
「いいえ、必ずその時特別なことをなさったのです!
間違いございません!陛下が普段なさらないことをなさったのでしょう!」
 イル・バーニは引き下がらない。
 まるでこの会話をさっさと終わらせたいかのようだ。
 しかし、言われて考えてみた。
 何か普段と違うところ…。
 愛撫の仕方か?いや…特に変わったことはしていない。
 湯殿であっても寝所であっても全身全霊を傾けてあれを愛撫することにはかわりないしな。
 ユーリに出会う前に付き合ってた女性とは適当に愛撫し、われを忘れると言うことはなかったが、ユーリとことに及ぶと、つい無我夢中になってしまう。
 しかし、ふと思ったのだった。
「ま、まさか…。」
「思い当たることがおありで?やはりそれしかないでしょう。
陛下が思い当たることをなさればきっとユーリ様もお心を陛下に素直に仰られることでしょう。
…さて、次の書簡に目をお通しくださいませ」
 畳み掛けるように話を打ち切るとイル・バーニは書簡の山を差し出した。
 もはや青筋というよりも、浮き出すぎた血管が今にも切れそうになっている額を隠しもしない。
 しかし、青い額をしているのは何もイルだけではない。
 私も自らの考えによって額が青いを通り越して土色になっている。
 書簡どころではない。


 まさかそんなことで…。それにあれはユーリから「好き」と告げられた後のことだし…。
 しかし、それ以外で普段の愛撫と異なることはないしな・・・。
 だが、今の私にそんな真似ができるか・・・?ユーリを前にして・・・?


 わずかな可能性でも、それにかけてみるしか方法はないと思われた。
 妊娠が発覚してからユーリは「赤ちゃんがびっくりしちゃうから」とあからさまな愛撫を拒んでいた。
 しかし私は「子供の音が聞きたい」と言ってユーリの腹に耳を当てる振りをして抱きしめた。
(本当は先の2人の子供の時からこの時期には何も腹から聞こえないということは知っていた)
 そのまま手のひらで腹をさすり、次第に指で腹の周りをさするように愛撫を始めた。
 ゆっくりゆっくりと夜着の上から指と手のひら全体で、触れるか触れないかの愛撫を繰り返す。
 腹から腰、腰から背中、背中から腕、腕から肩、肩から胸へと徐々に徐々に滑らすように指を這わす。
 次第にユーリから甘い吐息が漏れ始める。嫌がるそぶりは見えない。
 腕をユーリの背中に回し、そっと寝台に寝かせる。
 そのままユーリの甘い果実のような上唇と下唇それぞれに軽く口付ける。
 ユーリの唇が次の口付けをねだって舌を見せるが私はそのまま耳朶を甘噛みする。
 そして唇の代わりに耳とうなじに舌を這わせる。
 手のひらは相変わらず夜着の上から触れるか触れないかの愛撫を続け、小振りな胸の頂きを薄布越しに刺激する。
 指先でその頂きを軽く弾くとピクッと跳ねるようにユーリの腰が動く。
 緩く結われた帯を解き、初めて直にその胸元に舌を這わす。
 右手でしなやかな内太腿を撫で、舌先で胸の頂きを転がし、左手の指でもう片方の頂きを摘む。
 ユーリは絶えず甘やかな喘ぎ声を出しながら、徐々に腰を浮かし始める。
 私は舌を胸の頂きから下に下に移動させ、脇腹、ヘソと通過させ、まさに下腹部に到達しようとした時・・・。


 止めた。



 ユーリの体を撫で回していた腕を休め、そのままユーリに元通り夜着を着せた。
 ユーリは何が起こったのかわからないという顔をしている。
「・・・カイル・・・なんで?」

 私だってわけがわからない。
 なぜこんな状態で私は愛撫を止めているのだ?
 それはひとえにユーリからの告白を聞きたいがためだ。
 そう、皇子時代にユーリが私に「好きだ」と告げたとき、いつもの愛撫と何が違うのかというと・・・・・・寸止めだったのだ。
 正確には「好きだ」と言われてから寸止めになったので、寸止めにすることが直接の原因だとは到底思えないのだが、私にはそれしか思いあたらなかった。
 ユーリ!言ってくれ!「愛している」と!

 両肩をつかみまっすぐ見つめるようにユーリを座らせ、じっと見つめていると、ユーリが口を開いた。さあ、言ってくれ!

「やっぱり、出産してお母さんになっちゃうと男の人って興味湧かなくなっちゃうって本当なんだね・・・。
・・・もういいよ!おなかの赤ちゃんのことも心配だから、当分の間あたしに触らないでよね!」
 ユーリはそばにあった枕を私に思いっきりぶつけ一目散に部屋を出て行ってしまった。
 ・・・・・・せっかく久しぶりにユーリがその気になってくれていたのに・・・。
 ありったけの自制心で寸止めにしたというのに結果は最悪だ。
 おまけにユーリに触れることまで禁止されてしまった・・・。

              つづく

      

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