make me cool      お題:携帯電話



「ねぇねぇ、ケータイ貸してよ!」
 答えるひまもなく、胸ポケットから銀色のボディが抜き取られる。
「おいっ……」
「わたしの番号入れとくからねっ!」
 言った彼女はぱちんと二つ折りの電話を開いてのぞき込み……一瞬黙った。
「この待ち受けって、趣味?」
 どこか疑うような顔に、氷室は取り戻そうとのばしかけていた手を頭に持っていって頭を掻いた。
「あ、まあね」
 待ち受け画面は時計にしていたはずだった。けれど、時計ではこういう反応はしないだろう。考えられるのは、一つ。今日のお昼に会った時、彼女が携帯を触っていた。
『いいねえ、これ。あたしのカメラついてないんだよ』
 はしゃいであちこちにシャッターを切りながら羨ましそうだった。氷室はその手から携帯を取り上げる。
『こっち向いて。撮ってあげるから』
 そう言った時、あわてて前髪を直した。
「へぇ、これがね」
「うん、かわいいだろ?」
 そのまま照れ笑いを浮かべる。きっとそこには詠美の笑顔があるはず。夕方、友達に誘われていると言うと、随分ご機嫌なナナメだったっけ。
「……好きなんだ?」
「そりゃ……ま、年の差はあるんだけど」
「ふぅん?」
 彼女の両脇の女子大生も頭を寄せて携帯電話をのぞき込む。一人は大げさに驚いてみせ、もうひとりは鼻先で笑ったような気がした。
 彼女の写真を待ち受けにしているなんて、ベタすぎる。相手は化粧っけのない高校生だし。
「お幸せにね」
 言うと、彼女は二つ折りにした携帯を氷室の胸に押しつけた。
 その後は、見向きもされなかった。


「なんだよ、おまえ!」
 ツーショットにもお持ち帰りにもならずに、しらけたまま終わったコンパの後、コーヒーの缶を蹴飛ばしながら友人Aはぼやいた。
「ぜんぜん盛り上がらないじゃんかよ?せっかくのセッティングだってのに」
「だから合コンは他のヤツを誘えって」
 氷室はあきれてため息をついた。メンツが揃わないとかなんとか、嫌がる彼を引っ張り出したのは高校時代の友人だ。
 ずいぶん手広くやっているわりに、いまだに彼女がいない。思うに、余裕のないがっつく態度がいけないのではないだろうか?
「途中までは良かったのによ、なんか盛り下がっちゃって。おまえの前の子、あの子ノリが良かったのに途中で怒って黙りこんだろ?そうだ、おまえが悪い!なにか気に障ることを言ったんだろ?」
「別になにってほどでもないけど」
 氷室はしゃあしゃあと答えてみせる。
「彼女の写真見せただけだよ」
「うぉぉぉぉっ!?」
 友人Aは頭を抱えて叫んだ。
「なんつー掟破りなことをっ!?」
「ほざけ。オレは来たくなかったんだ」
 今夜『合コン』なるものに参加すると知って、彼女が頬をふくらませたのを思い出す。
 ホントは行きたくないんだけど、つきあいで。勝手に人のメールを見るなよと注意するのはやめた。
 火に油をそそぐことになるから。氷室だってそれなりに女心は学んでいるのだ。
 無言で詠美は携帯を取り上げると、ぱちぱちと操作した。
『これ』
 ポケットに押し込む。
『浮気防止だからね』
『なにを入れたの?』
『秘密!終わったら電話ちょうだいね、それまで見たらだめだよ?』
 つんと顔を背けながらも、電話をねだるあたり。
 まったく、かわいいったら。
 顔がゆるむのがとめられない。氷室は友人Aににやけた顔を向けながら、ポケットから携帯を取りだした。
「忘れてた、彼女に電話しなきゃ」
 友人Aは恨めしげだった。
「彼女持ちって性格悪いよな」
「羨ましがってろ」
 パチンと開く。液晶が明るくなり、やがてはそこにはにかんだ詠美が……映らなかった。
 かわりに、『大きいお友達に大人気の美少女アニメのヒロイン』が笑っていた。



「効果あったでしょ?女よけ!」
 電話の向こうで詠美がけたけたと笑った。
「だからってなあ、性格疑われるだろ?」
 氷室はため息をつく。誤解されても構わない相手だが、氷室の『趣味』はひろく周囲に知れ渡ることだろう。
「あ〜あ、へんなこと言っちゃったよ」
「え?なになに?なんて言ったの?」
 そりゃ、かわいいとか、好きだとか・・・
 携帯を握りしめたまま、氷室は赤くなった。今日の氷室クンはちょっぴり大胆だった。反省しよう。お酒のせいだ。
「なんでもいいだろ、それよりメモリの写真消すぞ?」
 おもしろがってあちこちを写していたせいか、半端な風景写真が多い。
「ええっ?あたしのは残しててよ〜」
「そっちは待ち受けに使うから」
 言いながらまた照れてみる。やっぱり今日は大胆だよな。意味もなく、横にいる友人Aに笑いかける。Aは笑ってはいないが。
「だいたい、詠美ちゃんの写真で良かったのに」
 『なにが”詠美ちゃん”だよっ』Aが隣で吐き捨てた。
 それを知ってか知らずか、詠美は声に似合わぬ雄々しい口調で言い切った。
「イマドキ、彼女の写真ぐらいじゃ女よけにならないって。彼女持ちの方が燃えるっていうタチの悪い女もいるし。つば付けたからって気ぃ抜いてたら泣きを見るからね」
 女ってこわい。
 しつこく聞き耳を立てようとする友人Aを牽制しつつ、氷室はそう思うのだった。

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