降臨 お題:境界
閉ざされた扉の向こうには静寂があった。
さまよい歩くうちに、また同じ場所に来ていることに気づいて、ルサファはため息をついた。人払いがしてあるのだろう、しんと静まりかえった回廊には衛兵の姿すらない。
そうと意識しないうちに扉の向こうの気配を窺っている。
「なにをしているんだ、オレは」
独りごちたはずの声は、思うよりも大きく響いた。
咄嗟に口元を覆うと、目前の扉が開かれるのではないかと息を止める。
なんの動きも見られないと分かって、ようやくそろそろと息を吐いた。
部屋の主たちはまだ眠っているのだろう。
そう考えると、胸が締め付けられた。
そのことを耳にしたのは偶然だった。疑問にすら思ったことがなかったのだ。
────これでユーリさまもようやく……
彼女は感極まったのか、涙ぐんでいるようだった。
────ああ、陛下もやっと。
応えたのは、たがいに気の置けないつき合いをしていると考えていた男だった。
まさか、そんな。
幼い頃から仕える主人のためなら命など躊躇なく投げだしてしまえるほど忠誠心の強いキックリのことだ。彼が今までにそのことについて一切語らなかったからこそ、真実だと分かった。
何を確かめたかったのか、今となってはよく分からない。ただ、カッシュの姿を探して問いただした。彼なら、なにか知っているのだと直感したからだ。
────じつは、陛下とユーリさまは。
カッシュは額飾りにしている黒髪を見つめながら言った。
────あいつも……ウルスラも喜ぶだろう。
返す言葉を失ってから、やっとルサファは自分が酷く衝撃を受けているのだと感じた。
初めて拝謁した時から、疑ったことなどなかった。それが当たり前のことだと思っていた。
曰く『カイル殿下のご側室は泉から現れたイシュタルさまだ』『この得がたい女神への御寵愛は並ならぬ』
初めてお会いした時から、陛下のものだった。けれど、女神の姿を目にするたびに感嘆した。
どうしてこう清々しいのだろう。真っ直ぐで無垢で純真で、身体の内から輝きを放っているようだ。
まるで、一度も誰にも汚されたことなどないように。
そこまで考えて身震いをする。
汚された、などと。
お相手は陛下なのに。
女神を手に入れるのに、陛下ほどふさわしい方がいるはずがない。
誰もが幸せに暮らせる国を作ろうと語りかけて下さる方だからこそ、天は女神を使わされたのだ。
小さな身体と幼い容貌に似合わぬ、知略と勇気を備えた女神。
雌雄を決することになった戦場で、暁の嚆矢を受けて象牙の肌を金に輝かせていた女神。
これから流される血や失われるかも知れない命を一瞬忘れて、見惚れてしまった姿。
女神が共にあるのだと、身体の底から震えた。この方のそばにいたいと、願った。
ユーリさまと、共にありたいと。
目を上げると、相変わらず静まりかえる扉がそびえている。
この扉は閉ざされてから、すでに二日が経っている。
お二人はまだ夢の中なのだろうか。それとも……。
ルサファは頭を振った。
なにを考えている。これは帝国の将来にとって、喜ばしいことだ。
それを……。
唇を噛むと、扉に背を向ける。
あの扉の向こうのことなど、気にするな。
女神がこの国に完全に降りたまわられたのだ。
もうどこへ去るということもなく、陛下の腕の中に居場所を見つけて。
拳を握りしめる。
─────あの扉の向こうに。
クリア
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